人はどうしようもないことを受け止めて生きていかねばならない。
「どうしようもないこと」ってのはやっぱりあるようだ。
だけれど、それを否定したいと思うのです。
だけど、やっぱり現実は変わらないのですね。
人は何故死ぬのだろう?
そんなことを考えて、答えが出るはずがない。 確証のある答えがない。
人は何故生まれてくるのだろう?
死ぬために生まれてくるともいえるじゃないか。
人の「悲しみ」なんて知らないままにDNAは種の保存を 補完するのだろうか?
人を失うということは、 死を通していなくても悲しいことだよ。
俺は遠い死を目の辺りにして、 何も感じはしないけれど。
俺は今悲しいわ。 自分のことのように悲しい。
キミの言葉の一つ一つが、 数珠球のようにキレイにつながって、 人の最も美しく、悲しい感情が見えた。
人が死んで、悲しむ。
死んだ人が、もし、その悲しんでる様子を見たら、どう思うのだろう。
年若き人なら、泣いている人を不憫に思うだろう。 自分の過ちの中、死んだ人なら、後悔するだろう。 年老いた人ならば、 僕なら、嬉しいと思うんじゃないだろうか。
自分という、老いぼれが、 何もできない、できなかった人間が、 僕が死んだということで、泣いてくれる人がいるんだ。
僕もココにいてよかったのかもしれないと、 自分を再確認して、死んでいけるだろう。
人が死んで、悲しむという感情は、 美しいな。
だけど、途方もなく、 悲しい気持ちで、
その気持ちの全てを理解するのは、
今の俺には難しい。
だけれど、
キミの力になれるのならば、 いつでも、何処にいても、 キミの元に行くよ。と、
僕は思います。
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