2003年02月07日(金) ちょっと真面目に書いてみた。

朝起きて、7時過ぎの電車に乗りました。
落合さんがボランティアがあったそうなのです。

僕は僕で、1時から、
子育て支援センターってトコロで
親が講演を聴いている間、
子どもを預かるというボラがあったので、
8時過ぎに家について、
その後は12時くらいまで寝てました。

その後ボランティア☆

このボランティアは今までの保育園ボランティアとは少し違いました。
その違う点。

まず、子育て支援センターという場所は
どういった場所か説明すると、



保育園や幼稚園といった施設に通わない親や子が、
子どもをその支援センターに預けて、
子どもとどういった交流を図ればいいか相談するところ、
また、子どもとゲームをして遊ぶなどといった
定例会を行っている所で、
基本的には保育園や幼稚園に通っている子や親が、
このセンターを利用することはできません。

松阪の場合は、コノ施設は保育園内部にあります。
また、そういったケースが多いみたい。
隣接してるとかね。

また、手続き等は、市が主催者なので、
市役所の保育所係まで届ければいいと思います。



でですね、
上にも書いたとおり、
保育園や幼稚園にいった子じゃないから、
すごく「人見知り」するんですよ。
基本的に3歳から子どもは他人と自分というものを認識し、
人見知りをするといわれています。
その通りで・・・もう凄まじかった。

だってまぁ、ある意味では楽よ。
突撃してきたり、いきなりのっかってきたりってのはないからね。

ただね・・・
静かで、泣くし、逃げ回るし、怖がるってのはすごいのよ。


まぁ。。だけど、なぜか俺嫌われない性格っていうか、
容姿?なんで、結構俺にはなついてきました。
まぁ生まれて8ヶ月の赤ちゃんを抱くのをいきなり任されたんですが、
それだけはマジで参りました。

「う、うおあおあれががげfrがfが」

首はおそらく据わっているというものの、
とても柔らかく抱きしめたら潰れてしまいそうな赤ちゃんです。
俺に子ども生まれたら神棚に祭るしかありません。

でも、暖かくて、可愛かったナァ。
社会的微笑って言う、筋肉の自然な動きででる
笑顔も初めて生で見れた。
ああ、コレなんだろうなぁって思った。

まぁよだれを服にごしごし顔で拭かれたのは、
かなり痛かったですが(笑
でも、可愛かった。


皆大人しくて、でも、段々なれてきて、
可愛かった。



関係ないけど、親が皆美人でした(何



最後の30分親の前で子どもの面倒を見ていたんですが、
すごく緊張するね!!!!!
アレはびびる!

って言うか、ある親に、


「3歳児の女の子くらいにはどんなおもちゃ買ってあげれば
 いいんでしょうか?」

って質問されました(あせ


「あ、いや、、、その、、、俺はボランティアで来てるんですよ(あせ」


て、言うたら、

「え、あ、え?あ、そうなんですか」

と、言われ、その後近くにいた保育士さんがフォローしてくれました(笑


その人にとっては俺も保育士さんに見えたのでしょう。
嬉しかったです。えへへ。



俺は子どもをあまり誉めることはありません。
スキンシップもいきなりは計りません。


それというのは、やっぱり俺だったらいやかなって思うのです。

いきなり知らない人に触られるのは子どもも嫌なんじゃないかなぁ。

俺は少しづつ近づいて、

「何してるんですか?」

と、尋ね、うまく文字が書けたり
「『せんせい』って言う磁石で砂の文字が書けるボード知ってますよね?」
アレとかで、うまく書けたら、
少し手をポンポンってして、

「うまくかけたね。すごいですね。」


それくらいを言うだけです(なぜか全て丁寧語になってしまう(あせ
抱いたり、おんぶしたりってのは、その後です。
少しづつ慣れてきてからすればいいと思う。


この子はどんな遊びが好きで、何に今興味を持っているかを見極める
コトが大事なんですね。
すぐに興味が移りやすいのが子どもの特性です。

隣で電車のおもちゃで遊んでいたら、それを取り上げようとする。
また横でお手玉してたら、それを見てる。


好奇心がとてもあるんですね。

そういう子どもに1つのことを集中させようとするには、
横でじっと彼彼女の行動を見てあげて、
本当に彼彼女が満足そうな顔を浮かべている時に、
誉めてあげる。
結構保育士さんはすぐに誉めてあげます。笑顔です。
だけど、
僕は知ってるんです。

おもちゃのハンバーグとかを子どもが
「食べて」って持ってくるじゃないですが。

「あむあむあむ。美味しかったぁ♪」


って、行って、子どもが振り返った瞬間に、
それを横において、
他の子を見ているところを。


それはもし、見てしまったら、悲しいことだと思います。

今の保育園の体制上、それは難しいことなのかもしれません。
だって一人で5人。
下手したら、何十人って見なきゃいけないのだから。


俺みたいにかまってはられないのかもしれない。


だけど、俺はそんな一人一人に対処できる先生に、
なれたらいいなぁと思う。

夏に保育園に行って貰った
なんて書いてあるかわからないけど、
ぐちゃぐちゃな手紙は(笑)今もまだ机に置いてある。










子どもは、無邪気です。
何も考えていない様で、考えているようですが、
考えていません。
でも、とても敏感で、目は透き通るように純粋な目です。

あの目にみつめられたら、
僕は何故かそのまま見つづけることができない。

何かどこか、僕に背徳的な心があるのだろうか。



子どもは下を見て歩かない。
だからすぐにつまづく。
そして、すぐに起き上がり、また目標を目指す。
または、泣き叫び、
誰かの救いを請いで、誰かに起こしてもらってる。


ああ・・・
大人だって同じじゃないか。
ただ、少し形が変わっただけじゃないか。


目標を目指していたのに、こけてしまったり、
目標がいつの間にか視界のハズレに見えていた、
今まで何でもなかったことに気付いたり、
しちゃダメって言われていることをしちゃったり、
そして、泣いて、後悔して、またやって、泣いて、
誰かの助けなしには生きていけないじゃないか。

なのに、馬鹿だなんて思えない。


あの純粋に目的を目指しているアノ眼差しを
きっと大人も持っている。
だから怖かったり、焦ったり、するんだろう。


人は誰しも子どものころがあった、
あの透き通る眼差しはなくとも、

目標を遠くに持てる視野を持った。

自分を支えてくれるのは今は親や兄弟だけじゃない。
友だちや恩師、彼女、彼氏、夫、妻。

たくさんがいるんだ。


昔の目標はとても近い場所だった。

わずか5メートルの目標だったのかもしれない。


だけれど、
その子にとっては、何度もつまづいて、
転びそうになって、
色んなものに目がうつって、

やっとその場についても、
本当にそれが自分にとって必要だったものなのか、
また考えなきゃいけない。



子どもは、
とても愛しい。


その5メートルの目標に全力で体当たりして、
こけて、泣いて、助けを請いている。


俺は社会的に別に認められなくてもいい。
俺の中で親に顔を向けられて、
満足できる生き方ができればそれでいい。

あの最初むすっとしていた子の、
ちょっとしたことでの笑顔を見た瞬間に、
何か、幸せを感じる。

戦争が何処かで起こりかけてるなんてホント信じられない。



俺は、
やっぱり自分の目標を目指すと思う。


目指したいんだなぁ。


 past    will


sk6 [手紙] [Ai to U]

My追加