風邪をひきました。 おそらく、事故をした日に、 外で待っていたからでしょう。
声はガラガラ。 鼻はズーズー 咳くしゃみの連続です。
熱はある。 腹筋痛い。
しかし、
この日は、知人から頼まれていた 臨時家庭教師があったのです・・・・。
コレには正直参りましたが、
まぁ行きました。
教える子はなんと小学4年生。
しかも、目標は英検5級。
中1なら楽勝ですけど、 小4ですからね。
何年か前から小学校でも英語教育が始まったらしいですが、
その具体的までは知りませんが、、、
しかし、どの道、小4。
驚いたのは、その子の知り合いが小2で英検5とってるとこでしたね。
まさにサイボーグのような子じゃないでしょうかねぇ・・・。
勉強ばっかしとってもおもんないよ。
本当に子どもがしたいと思ってそれはしているのだろうか。
俺が今回教えた子も、く〇ん塾の先生に取りなさいといわれたからだって。 うーむ。 現実そんなもんかもね。
やらされてるのかも。
実際、子どもには発育段階があって、 勉強だって同じです。
この歳にならなければ理解しがたいものってのはあるんですね。
詰め込み式って言う日本の勉強を別に悪いと思いません。
それは、アル意味で勤勉な日本人の象徴とも言えるべきものだし、 それで今までの日本人は勉強ができたわけだから。 (まぁ英語のリスニングなりの話は別として)
近年学力低下なり何なりが叫ばれているのは、 やっぱり競争になったからでしょう。
その1つの理由を僕なりに推測してみるに、 (何人かの理論家の推測も勿論含めて)
戦後、核家族化が進み、 1つの親と子という家族(核家族)で1つの家を持つようになりました。
コレは所得の向上からも入るんですけどね。
親は子に「こども部屋」を与えるようになりました。
それは自分が小さい頃、ゆっくり勉強できる時間や、 一人だけの部屋が欲しかったという願望を 子どもに叶えさせてあげたいという親心だと僕は思ってます。
少子化というのは
第一次産業から第二次、三次産業が増えたこと。 つまり、農業から工業へと一家を支える主が仕事を変え、 それに伴う労働力の不足を子どもで充足させなくなってもよくなったから。
コンドームなりの避妊具の普及もあるかも(笑
あと、乳児の死亡率の低下もその1つかもしれない。 今、最も生まれてすぐの乳児の死亡率が低い国が ドイツを抑えて1位の国が日本ですから。
上のことは生態系にもいえますが、
やっぱり生存率が低いから子どもを生む人数が多いってのはあると思う。 魚とかはたくさん産むよね。あとカメとかね。 でも実際大人になれるのは一握りにも値しない数。 落ち着いた生活のできるようになった日本では、 本能的に(経済的な意味が一番だろうけど)ってのもあるかもしれない。
まぁ他にもあるけれど、一応ここらへんで。
少子化が進んだわけです。
しかし、進めば進むほど、 アル意味で大学には入りやすくなる。
しかし、また別の考えでいけば、
2流、3流の大学に行く人はよっぽどの馬鹿という話になる。
そんなところから今日のなーんか変な雰囲気は生まれたんじゃないかね。
ちょっと前までの時代ってのは、 もう無我夢中だったから。
だから、とにかく人手が足りなかった。 中学卒業の人が、金の卵って言われてた。
しかし、今の世の中見てみると、 とにかく結果だけ。
「より〇〇でありたい」 「より〇〇であってほしい」
と、願うばかりに何かを亡くしている。
言葉にはできがたいが、何かもっと素晴らしいものがあった。
僕は勉強を教えるなら、楽しく教えてあげたい。
勉強ってのは楽しい。 しかし、それだけで通らないのが現代である。
保育理論という教科が大学にあって、 僕はそれをとても好んで聴講している。
教授も言っていたが、
児童の深層心理だの、行動学だの、 そんなことを学ぶよか、 実践で鍛える方がとても大事なことだと僕も思う。
アル意味で知的な遊びであって、 それが本当に役に立つのかと言われたら答え難いし、 保育園の先生がいちいち、 ずっと昔のえらい人の言葉や実験結果を元にしたことを、 考えて子どもと接しているとは思えない。
保育園の先生は言っていた、
「こどもは、自分を好きって思ってくれる人と思ってくれない人が、 大人よりとても分かるみたいね」
と、言っていた。 つまり、
保育園の先生は逆に言えば、こどもが好きでなければいけない仕事だ。
好き。
好きであること。
これが何よりもの知的追求心をくすぐる。
それは本当は意味のないものなのかもしれない。 しかし、そうは思えない部分も確かにある。
確かに実践では使えないことが多いと僕も思う。
しかし、 何かそこに大切なものを感じる。
漢字は僕は好きだ。 それは象形文字だったり、 その漢字自体に意味があったりするからだ。
英語はただのアルファベットの羅列?
実はそうではない。
実は英語のスペルにも全てとはいえないが、 意味があるのだ。
ただ、英語を覚えるだけでは確かに面白くないだろう。
面白くないものをするという勤勉さと根気の強さが 今の若い日本人には必要かもしれない。
しかし、 過労で死ぬなんてことは近年起こり始めたことで、
もう、それは今はとりあえずはいいのかもしれない。
何事も愉しむことから始めたい。
僕はそう思う。
英語1つ教えるにしろ、覚えるにしろ、
工夫と想像できる教え方をしたい。
好きになってほしい。
自分の好きである教科を教えるのであれば、 自分が好きなものは相手も好きになってくれると、
とても嬉しい。
朝方に書いているので、本気で雑記にはなっているだろうが、
俺は俺なりに一生懸命勉強して、
好きになってほしいと願う。
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