Desert Beyond
ひさ



 碁盤

とても静かな夜だ。
出したメールは一つも返ってこない。

先週借りてきたDVDは全て見終ってしまったので僕はGONTITIのGUITARSというアルバムを大きめの音で流した。東と北の窓を開けると部屋を斜めに渡る涼風の道ができた。生ギターの音と黄色い灯かりが安らぐなぁ、と思っていたらぽつぽつと雨が降り始めたものだ。少しの間雨の音を聴いてから軒下の洗濯ものを部屋の中に移したよ。渡る風にも天からの恵みの水の音もこの音楽に音もなくとけこんで、まるで一つの作品かのようだ。

昨夜、近所は午前一時半になっても賑やかな声があちこちから流れてきたのに今宵ときたら夜十時になる前から静かだ。少し雨足が強くなったよう。

僕の父は囲碁が好きだった。日曜日の教育テレビは、午前は将棋、午後は囲碁、と相場が決まっていたので、日曜日午後のリビングは父が煙草をくゆらせながら囲碁を見ていたものだ。そのせいで日曜日午後は囲碁が終わるまで退屈なリビングルームだった。父は幼少の僕に囲碁を学ばせようとしたので、僕は何度も何度も父と囲碁を打たなくてはならなかったが結局のところ僕の身にはならなかった。身になる以前の問題でもあった。黒と白の石が入り乱れてごちゃごちゃになる碁盤上の世界は僕にとってあまりに抽象的で魅力を感じなかったのだ。

現在。ちょっと囲碁に興味が湧いてきて勉強してみた。相手の石に追い込まれたりする瞬間に、全く忘れていた幼少の記憶がいきなり蘇ってきてしばしばハッとする。同じ追い込まれ方をされた記憶。本を読んで色々勉強するとあの頃シチョウも覚えてたのか、と思った。いつだか、子供の頃の誕生日に父が碁盤を贈ってくれた。九路盤と十三路盤で裏表になっている碁盤。あの頃興味を持ってたら今頃強い碁打ちになってたのかもなあ。あの碁盤、どこにしまってたかなあ。



2006年06月14日(水)
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