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■ コントロールドラマ 私の場合
今年は肉体改造だ〜なんて言って、 大して変わりない生活を送っちゃってます。 せめて食事くらいもう少し気をつけよう。 冬は鍋を食べ過ぎる。。。
年末からノニジュースを飲んでみてます。 どうかなぁ。効果は・・・わからん。しばらく続けてみよ。 それから冬は身体が冷えるからなるべくコーヒーを避けることに。 あんなに毎日飲んでたけど、 いざ避けてみると別に飲むものがいっぱいあるもんだね。 しかもそれで満足してるから不思議。
瞑想の時間がなかなか取れない。 呼吸を落ち着かせる時間とゆう意味でも大切だから、頑張って毎日やろう。 でもリチュアルはかかさず出来てる。
あとはね〜、五感を鍛えるってアデプトでもアダカモでも言われたけど、 すっかり忘れてます。コレもっかい思い出そう。
私は感覚的だと思ってきたけど、どうもそうじゃないようだ。 ずいぶんと思考が働いているみたい。 いい悪いってことじゃないけど、厄介な時もあるかな。 あぁでもこれは、思考と感情が結びついちゃった場合か。 でも確かに思考的であることで、作品を生み出せるんだろうな。 インスピレーションと情熱だけでは、形にはならない。 イメージを物質として仕上げる作業は知的だもんね。 感覚を磨きつつ、思考もフルに働かせて、 感情を静かにかき乱さないようにすれば、 スムーズにいくんじゃないかな。
そうそう、 両親との関係において形成されるパターンって大きいと思うのだけど、 私は母親との関係について思い出した。 亡くなった時にひとつの勉強を終えたと思って、 その後の落ち着いた気持ちでその問題を見ると、 どうしたら良かったのか分かったんだよね。 だから「終えた」と思ったんだけど、 ぜんぜんそうじゃなくて、誰との関係の中にもその問題は根付いていた。
つまり実際、同じようなパターンに遭遇した時、 母親が生きていた時にしたのと同じ行動を気づかずに取っているし、 感情に巻き込まれて、抜け出ることが出来ないんだよね。
私の場合、母親が亡くなったことで終わったと勘違いしてたから、 「どうしたら良かったのか」を頭だけで理解しただけで、 実践するに至っていなかったわけだ。 その後、実は同じようなパターンに出くわしても、 私の方にその自覚がないもんだから、別の問題だと思って、 また同じような対処で解決しようとしてしまっていた。 これじゃ一生終わらない。
何か文章がややこしいけど、これに気づいたのはとっても良かったな。 「聖なる予言」とゆう本に、 自分のコントロールドラマを見つけることが大切だって書いてあったけど、 これが私のコントロールドラマのひとつなのかもしれない。
2006年01月12日(木)
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