女房様とお呼びっ!
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イリコがくれた感激に身を捩りつつ、しかし、奴には背を向けたままにいた。 このだらしなく相好の崩れた顔を見せるのが、なんだか恥ずかしかったのだ。 だいいち、この感激を伝えたところで、奴にわかろうはずもない。 それは、私の位置で、私の位置から奴に対峙してこそ得る褒美のようなものだ。 そう思えば一層愉快な気持ちになり、感激を独り占めしては枕の下に押し隠し、悦に入った。
「買い物といえば、ここんとこ、バリエーションが増えたねぇ?」 「あ、はい、最近のコンビニ弁当って色々あるんですね…」 「今更ナニ言ってるの。前から色々あったよう。買ってこなかっただけじゃん?」 「はぁ…」 「ちっとは頭使うようになったの?(笑」 「はい、考えながら買うのは楽しいですね…」 「そりゃよかった。頭使うのがイヤなのかと思ってた(笑」
嫌味っぽく〆てみたが、実のところ、そう思わなくもなかった。 それは、コンビニでの買い物に限らず、奴と過ごす折々に感じてきたことだ。
事実、もっと頭を使えと叱ったことは再々だし、 それが度重なれば、木偶のような奴隷は要らないと苦言を呈してきた。 殊に臨機応変さとか応用力に関しては、ナンデソウナルノ?と頭を抱えることも多く、 本気で足りないんじゃないか?と疑ったことさえある。
とはいえ、私との関係を離れれば、社会的にも充分立派に役を果たしているわけで、 やはり奴隷という特殊な立場がそうさせるのかなぁと無理やり自分を納得させるこれまでだった。
◇
さて、律儀な奴は、嫌味にすらまっとうに応答する。
「いえ、イヤというわけではないのですが…」 「なら、なんで頭を使わない?」 「奴隷の立場では、頭を使うのが難しいというか…考えちゃいけないというか…」 「はぁ?なんだそれ?」
もしこの時、私の機嫌が悪かったら、ここで一喝して会話が終わってしまったことだろう。 が、先の一件でいつになく鷹揚になっていた私は、返す言葉を飲み込んで、奴の言い分を待った。
ややあって、背中に奴の声を聞く。 私の鷹揚さに感応したのか、穏やかな口調だ。
「私のM性の発露って、ロボットになりたいだったんですよねぇ。SFとか好きでしたし…」 「うん、それで?」 「ロボットって命令には絶対服従ですが、自発的に考えるって要素はないわけで…」 「それで、考えることに抵抗があるってか?」
思わず上体をひねり、振り返りざまに質す。 奴が明かした「考えない理由」が、あまりにも意外だったのだ。 冗談かと思ってその顔を見つめてしまったが、いつも通りに至極真面目な表情だ。 だいたい、冗談を言えるような男ではない。
もっとも奴には、いきなり私の視線に捉えられては幾分たじろいだようで、 咎められた子のようにおずおずと頷いた。
◇
その様子を見届けて、またバッタリと床に伏す。 驚きのあまり、次の言葉が出てこない。
ロボットになりたかったですってぇ? そんな話聞いてないよぅ。 ぐるぐると記憶を辿る。 確かに、昔からSFが好きで、子どもの頃にはアニメの改造人間とかに憧れたって話は聞いたけど…。
「…てことは、少なくともコンビニの買い物に関してはロボットぽかったってことだね?」 「あ、はい…そうなりますね…」 「で、最近はちっとは人間ぽくなったから、色々買ってくるってわけだ?」 「えぇ、そういうことになります…」
ここで話にオチはついたのだが、なおも疑問が残る。 M性のきっかけはともかく、私と出会った以降も、奴はその理想を抱き続けていたのだろうか。 …いや、私の理解の範囲では、それは考えられない。
「でもさぁ、キミ、ずぅっと執事みたいになりたいって言ってたじゃない?」 「えぇ、今でもそう思っております…」 「考えない執事ってあり得なくない?キミの言うロボットには勤まらんでしょ?」 「はぁ……ただ、私にとっての執事像って、ロボットと同義だったんですよねぇ…」 「はあ??」
奴のトンチな回答に、私は再び身悶える。 やっぱりコイツは馬鹿なのか。 腹の底から可笑しみがこみ上げて、一頻りシーツをクチャクチャと捏ねたあと、 ついに力尽きては、そのままベッドに沈み込んだ。
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