女房様とお呼びっ!
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その日の仕出しを一通り披露した頃合に、イリコが訊いた。
「チョコボールの箱に描いてあるキャラクター、お好きですか?」 「ん?キョロちゃんのこと?好きだけど……なんで?」
唐突な問いに少し驚く。 だいたい奴のほうから私に何か問うということは少ないし、 あっても、話の流れでなされるのが常だからだ。 しかし、それ以上に驚いたのは、奴の口からそんな話題が出たことだった。 記憶にある限り、奴がその手の、いわゆるオンナコドモが好むネタを口にしたことはない。
「いえ、今日買い物したときに、そのキョロちゃんのぬいぐるみがオマケについた菓子があって…」 「あぁそうなの?それで?」 「えぇ、それで、そういうのお好きかなと思って…」 「ふうん、キョロちゃんは好きだけど、ぬいぐるみは要らないかな…」
訳を聞いてしまえば、なんてことない質問だった。 奴なりに、私が好みそうな話題を選んで、会話の彩りに添えてくれたのだろう。 以前よりずっと食事らしく調えられた惣菜を口に運びつつ、軽く応答して流した。
◇
食休みのあと、残った調教メニュウをこなし、おもむろにベッドに腹ばいになる。 意を得て、奴もベッドに上がり、私の背や肩を揉んでいく。 流石に長くつきあえば、段々と物言わずとも事が足りるようになるもので、 まだまだ不足も多いが、助かっている。
心地いい刺激と新しいシーツの感触を味わいながら、ふと、先の問いを思い出した。 そして、ある疑問に辿り着いては、奴に問う。
「…で、そのキョロちゃんを私に買ってくれようと思ったの?」 「あ、はい…」
背中越しに奴の声を聞くや、私は思わず身悶えた。 嬉しいような面映いような気持ちが満ちて、笑えてしょうがない。 堪らず、突っ伏したままクツクツと笑った。 重ねて訊く。
「珍しいわね、そういうの。でも、なんで?」 「…いぇ…お喜びになるかなと……」
奴にしてみれば、なぜ私が笑っているのかわからなかったのだろう。 怪訝そうな声で、恐る恐るといった様子の返事が返る。
かたや、私はその答えに一層笑えてしまう。 可笑しくて堪らない…いや、嬉しくて堪らなかったのだ。 奴とあって3年あまり、ついぞ感じたことのない温みに体がフワフワと頼りなく、 シーツを掴んで感激に浸った。
◇
何がそれほど私を嬉しがらせたのか。
…これまた、明かすにはお恥ずかしい事情なのだが、 これまで私は、奴が自発的に私を喜ばせようとする気持ちに出会ったことがなかったのだ。 いやもちろん、命じればその通りにして―少なくともしようと(笑)―してくれるし、 教えたことならば、命じずとも私の意に染むように動いてくれる。 そこに、奴が私に向かう気持ちは充分に感じてきた。
物をもらったことも、少なからずある。 しかし、このときのような感激を得ることはなかった。 いかにも勝手な話だが、それらは、 予め「これを買って頂戴」と言ったものであったり、事前に話題に上った本であったり、 つまり、キョロちゃんに象徴されるような思いがけなさからは遠いものだったからだ。
もっとも、思いがけなさ以上に私を感激させたのは、そこに表れた私に対する愛のようなものだ。 愛と言えば大袈裟かもしれないが、 自分の趣味や益はさておいて、相手を主体に動く気持ちのような。 簡単に言うと、キョロちゃんなんて、普段なら絶対目も留めないはずなのに、 特別な理由もなく、ただ私のためだけに買おうとしてくれたことが嬉しかったのだ。
◇
初めて会う奴の心象に感慨を覚えつつ、嬉しさあまり、もっと知ろうと質問を継ぐ。 その果てに、更に驚くべき答えが導かれるとは予想だにしていなかった。
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