女房様とお呼びっ!
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2004年07月29日(木) ピノキオ 〜プロローグ〜

イリコの驚くべき告白を受けたのは、
前回記事の日付どおり、2004年6月19日、まさにその日だ。
これまでここに掲げるテキストは、事実を記しながらも期日や場所を特定する表記を避けてきた。
それは、公に個人的な事情を晒す上での配慮でもあったし、
何より、心情から「この日コンナことがありましたよ〜」と喧伝するのが面映かったせいでもある。

しかし、この日ばかりはしっかりと文字に刻んでおこうと思う。
そう、それは、奴と過ごしたどんな出来事よりも、
―主従の契りを交わしたあの日よりも、引導を渡されそうになったあの日よりも―意義深い出来事だった。
大袈裟でなく、私にとってはエポックたりえたのだ。

興奮冷め遣らぬまま、後刻奴にメールを書いた。


> 語弊があるかもしれませんが、キミと関わり始めて一番に有意義な、
> これもたぶん初めて、キミと知り合えてよかったと心底思えた次第です。
> …と、こんなこと告白しても、キミには意外で戸惑うばかりかもしれませんが(笑


奴からは、「全く思い当たる節がありません^^;」と返事が返る。
ソリャソウダヨナァと笑ってしまった。
奴の言葉は私にこそ多大な衝撃を与えたが、
本人にとっては、何気ない会話のひとかけらに過ぎなかったろう。
もっとも、その一言に私が唸り、
あまつさえ微に入り細に入り問い質されては、解せない思いを抱いたかもしれない。



私たちが時を過ごすのは、日常にあってはラブホのサービスタイムだ。
昼頃から夕方までの5,6時間、密室に篭もる。
専ら時間を有効に使いたいがために、昼食はコンビニで調達したものを部屋で食べる。
なんともショボい話とて、こうして大ぴらにするのは誠に恥ずかしい限りだ(笑。
が、ここに小さな変化が訪れたことが今回の出来事の発端であれば、羞恥を圧して明かさねばなるまい。

とエクスキューズしつつ、
更に細かい話になるが、このコンビニでの買い物は、一年程前から奴に任せてある。
それ以前は必ず同行して、各自で選んだものを購入していた。
下手に任せて、気に染まないものを買ってこられるのが嫌だったからだ。
あぁもう、かように私は狭量な人間である、隠しようもなく。
食い物ごときで、あっさり不機嫌になってしまう。

が、二年も余って付き合えば、
いかな奴でも適当に調えられるだろうと思い立っては、以降任せることにした。

奴としては、その程度のことでも’任された’のが晴れがましかったことと思う。
と同時に、しくじっては、私の不興を買ってしまうと怖れもしただろう。
部屋に入るや、実に神妙な面持ちで、コンビニ袋から品物を取り出しては並べていく。
その様子は、まるで何かの儀式を執り行っているかのようで笑えたものだ。

予めある程度指示したせいもあって、初手から一通りのものを買い揃えてはきた。
とはいえ、ときに「お徳用5個入りクリームパン」なんて頓珍漢なブツを並べて、
私の失笑を買うこともあったっけ。

まぁ、このへんは子どもの遣いと一緒で、失敗を重ねて徐々に覚えていけばいい。
半年も経った頃には、そこそこ使えるようになった。
もっとも使えるとはいえ、毎度似通った品物を選ぶことで大きく外さないという程度の出来なのだが。
それでも、奴にすれば、まぁコンナものかなと特に不満を覚えることはなかった。



ところが、数ヶ月前のある日、ワンパターンなメニュウに変化が兆す。
それまで馬鹿のひとつ覚えのようなセレクトだっただけに、
そこに小さなサラダ一品が加わっていることが、ひどく意外に感じられた。
あんまり意外だったものだから、始めは単なる気の迷いかと疑ったくらいだ。

が、その後もそれは続き、流石に奴も多少の知恵をつけたのかなと思う。
相変わらず奴は粛々と品物を並べていくのだが、
それは奴の満足であるとともに、私にあっても楽しみのひとつとなった。
それまでは、本当に儀式に臨んだかのように、ただ眺めてはやり過ごすだけだったのだけど。

この小さな変化によって、新たな会話の機会が生まれる。


「こんなもの買ってみました…」
「へぇ、最近のお惣菜はスゴイねぇ…」


ささやかにしてヒトらしいやり取りが、私たちにあっては殊更の心地よさをもたらした。
私が最近、奴と反りが合うようになったと感じるのは、この情況に負うとこが大きいかもしれない。



そして、2004年6月19日。
そんな他愛もない会話の中に、全ての謎を解く鍵が潜んでいたのだ。


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