女房様とお呼びっ!
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2003年03月11日(火) イリコ、2002春の乱 #3

私が投げた「キミを信用してないわよッ」という暴言は、あっけなく奴を壊した。
石になる前兆をきたしていた奴には、壊滅的な衝撃だったらしい。
いや、たとえ落ち着いた状況であっても、
そう言われたら相応のダメージを受けるのは必至だ。
その相手に信用して欲しいと、或いは信用されてると思ってれば、奴に限らず誰だって。

奴にあっては、主たる私にそう言い下されるのは、
自身の存在そのものを否定されるに等しく、そのショックは想像にあまりある。
もっとも私は、この発言の前に「キミが勝手を出来る程」とエクスキューズしているので、
文脈としては、奴への信用を全否定してはない。
けれど、あの状況では、そうとられても仕方ないことと思う。

結果、奴の心身はパニックに陥った。
その様子は、まさに”壊れる”感じ。それもスローモーションで崩れていくように見えた。
そのせいか、酷く長い時間そうなっていたように思えたけれど、
実際は僅かの間のことだったんだろう。
これは、例えば転んだ時に地面がゆっくりと迫ってくる様に似ている。
人の感覚って本当に不思議だ。

恐らくこの感覚は、危機的状況を察知したときに働く特別なものと思う。
つまり私は、奴の変調に接して、身の危険を感じてしまったらしいのだ。
実際、ふたりの間を隔てるテーブルがひっくり返されるイメージが脳裏をよぎった。
それ程に、壊れてしまった奴が発する気は尋常でなく、
普段の奴のそれとの落差が、私を不安にさせた。

・・・・・。

さて、対する奴は、この時の自身の変化をどう感じていたのか。
以下、事後に届いたメールから抜粋。


> 私が落ち込んだことは、今までにも例のあったことです。
> まるで何かに殴られたかのような、物理的な衝撃を感じたこともあります。
> しかしこの時は、それに加え、目の前が真っ暗になりました。
> 更に心理的のみならず、肉体的にも変調に襲われました。
> 内臓がきりきりと締め上げられ、嘔吐感がしてまいります。
> 更に、呼吸ができません。
> 私が深呼吸をしていたのは、そのような事情によるものでした。


実は、パニックから脱した直後、奴は自身に起こったこと自体に気づいてなかった。
上記の記憶が事後に反芻して蘇ったものなのか、或いは、
知覚しつつも、私が慄くほどの変調をきたしたと認識してなかったのか、
改めて訊いてないのでわからない。
けれども、復調した頃合に私が受けた印象を伝えると、酷く驚いたようだった。

推測に過ぎないが、ここまでのパニックに陥るのは、奴には初めてだったのかもしれない。
小さなパニックなら、私と出会って以降も何度か起しているのだが、
それらについては、奴は大体認識していたと思う。
しかし、格段に大きいパニックに見舞われたことで、高いレベルの自己防衛が働き、
認識そのものを阻んだのかと想像する。

・・・・・。

奴の息が整うのを待って、今一度フロントへ電話をさせ、やがて湯が届く。
先刻奴が下げていたコンビニ袋の中身は、煎茶のティーバッグだった。
まだ完全に表情が戻らないままに、奴は粛々と支度する。
訊けば、暖かい缶入り飲料を見つけられず、ほうぼう探し回ったとか。
そして考えあぐねた末、こうすることにしたのだと言う。

「それをすぐに言えばヨカッタのよ」
差し出された茶を啜りながら、言葉をかける。
せめて微笑んでみせたつもりだが、出来たかどうか自信がない。
そのとき、私はまだ緊張の中にいた。


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