女房様とお呼びっ!
DiaryINDEX|past|will
2002年06月25日(火) |
メディカル・パーティー #1 |
時刻は深夜零時。雑踏を僅かに避けて建つこのビルは、怖じける程の静寂に沈む。 エントランスの冷たい灯りをくぐり、エレベータに乗り込む。運転音だけが響く。 扉が開いた途端、流れ込むクレゾール臭。場に似つかわしくない空気感に戸惑う。 清潔を装う匂いの中、指定された部屋を探す。表札のない扉の数字だけが頼りだ。
最初に訪れた部屋で、支度を整える。既に着替え始めた女達の嬌声がかしましい。 黒い普段着を脱ぎ捨てて、純白のコスチュームを纏う。長い髪をひっつめに結う。 その特徴的な帽子を頂に乗せた瞬間、見知った女達の顔が、別人のそれに変わる。 いや寧ろ、そのナリのせいで、いつか会った誰かのような錯覚を覚えてしまった。
女たちの劇的な変貌に舌を巻きながら、私もまた、非日常への身支度を始める。 下着は、いつもの黒を敢えて選ばない。肌に馴染む淡いオレンジ。新鮮な気分だ。 白い網タイツで奇をてらう。だって、手持ちの白い靴はまるで清楚じゃないから。 スリップはつけず、そのまま白衣を羽織る。胸に名札を、首から聴診器を下げる。
・・・・・。
次に訪れた部屋には、診察を待ち望む男たちが早々と集う。鬱陶しい位の熱気だ。 期待と不安が彼らの口をつぐませて、エナジーだけが静かに沸々とたぎっている。 そして、受付で渡された問診票を食い入る様に眺めては、慎重にペンを走らせる。 彼らの間を縫って、看護婦達が診療の準備に勤しむ。ナースシューズの音が響く。
宴は粛々と進む。各々が各々の役割になりきって、余計なお喋りをしないせいだ。 皆の仕事の邪魔にならぬよう、所在なく他の部屋を見て回る。ドア越しに2部屋。 そこは、本来なら照明を落とし、阿鼻叫喚のプレイが繰り広げられている場所だ。 しかし、今宵は隅々まで明るい光が満ち、真っ白なパーテーションが目に眩しい。
二畳ほどずつに区切られた白い小部屋にはそれぞれ、それらしい器具が配されて、 業病に冒された男たちを待ち受ける。彼らはここで、相応の検査を受ける予定だ。 その後彼らが向かうもう一部屋は、更に大まかに区切られて、ベッドまである(! 傍らのワゴンには治療にふさわしい道具が並べられ、禍々しい風景を作っている。
・・・・・。
「服を脱いでお待ち下さい」受付のナースが声を放った途端、場がざわめき始めた。 こそこそと、だが皆が一斉に脱衣するさまは、まるで捕虜の強制収容所みたいだ。 きびきびと統率するナースの声に促されて、彼らは行儀良く並ぶ。手には問診票。 行列の先、白い仕切の向こうから名を呼ばれるのを待つ。無言で色めく裸体たち。
その光景を見届けて、私は仕切の内側へ。いかめしい机の脇、パイプ椅子に座る。 肘掛けのついた尊大な椅子では、お医者様が脚を組む。妖しい黒のストッキング。 私達は、互いの嘘臭い恰好に笑いをかみ殺しながら、しかつめらしく息を整える。 そして咳払いひとつ。それを合図に、係りのナースが患者を呼ぶ。さぁ始めよう。
一人目の患者がおずおずと仕切をくぐり、促されて、ちょこんと丸椅子にとまる。 「どうされました?」いつもは患者側で聞く台詞をなぞる医者。肩が笑っている。 かたや患者は、緊張のあまり表情をなくし、問診票を持つ手だけが異様に震える。 カルテを用意しながら、私も可笑しくて仕方ない。三者三様に悶絶する狭い空間。
・・・・・。
けど、笑っちゃいけない。これは、オトナの大真面目なお医者さんごっこなのダ。 そう、今宵の女たちはエセ医者やエセナースになりきって、お病気を治すのよっ! マゾという不治の病を患った可哀想な患者さんたちに、愛の治療を施しましょう。 診療時間は夜明けまで。まだ夜は始まったばかり。楽しいお仕事はまだまだ続く。
|