女房様とお呼びっ!
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『オトコなんて(中略)だよね・・・ね?センセイ?』
◇
「センセイ」・・・初めて彼にこう呼びかけた時のことを、今でもよく憶えている。 やはり、こんな風に電話で責めて、予定通りに彼は興奮して、喘いで、絶叫して。 私も熱に浮かされたようになって、それなのに、脳味噌がバタバタと回転してて。 そうそう、こういう時って、正に思考回路が音を立てて駆動してる気がするの(笑
しかし、タガが外れた彼の貪欲は容赦がない。私の回路がショートしそうになる。 その時、不意に閃いてしまったのだ。意識の中に、「センセイ」という語彙が灯る。 けれど、その閃きに狼狽えもした。その呼称は禁句だ。彼の聖域を侵してしまう。 瞬時に凄い速度で葛藤が走る。とどめを刺すか、やり過ごすか。緊張で汗が出る。
・・・・・。
彼は、「センセイ」と呼ばれる職にあった。老いも若きもそう奉り、期待する位置。 聞き及ぶ彼の日常は苛烈だ。世襲としがらみが生む期待の中で、激務に追われる。 けれど、彼から愚痴めいた話は出てこない。明るく希望に満ちた話題に終始した。 そのステイタスを鼻にかけることも一切しない。謙虚で誠実な「センセイ」だった。
彼にとって、「センセイ」であることは存在意義を支える誇りだったのだと思う。 もちろん、それをひけらかしはしないけど、その職にある自信が彼を支えていた。 だから、彼の「センセイ」である部分を侵すことは、彼そのものを侵すことになる。 例え恋人であっても、SMの関係であっても、そこに触れてはならないはずだった。
・・・・・。
しかし結局、私は禁を犯すことを決断する。駆り立てられるように直感に従った。 それは、壊したがる私の欲望からか、壊されたがる彼の欲望からか。わからない。 恐らくは、機が熟したってことなんだろう。私達はその目的で結託したのだから。 意を決してトドメの一言を放った。自らの選択が生む結果に怯え、鳥肌が立った。
◇
『オトコなんて(中略)だよね・・・ね?センセイ?』
「・・・ひぃぃっっ・・・」
『センセイも、馬鹿で淫乱で(中略)なんでしょう?ね?センセイ?』
「・・・あぁっ・・あぁぁぁ・・・」
『センセイってマゾの・・(笑)・・マゾの変態なんでしょう?センセイ?』
「・・・あ、あぁん・・や、やめてっ・・・」
『やめてって仰っても、そうなんでしょ?(笑)・・マゾで変態なセンセイ?(高笑)』
「・・・ひぃぃ・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」
◇
受話器の向こうで、ゴメンナサイがリフレインする。イカれたレコードみたいに。 既に、言葉は言葉たる意味を持たず、そのリズムだけで彼の自我を飛ばしていく。 彼が壊れる音を聞きながら、私は暫し呆然となり。やがて満ちる安堵に息をつく。 気の済むまで飛んで、帰ってらっしゃい。段々と安らぐ彼の息遣いに耳を傾ける。
◇
『ん・・・大丈夫?』
「・・・うん・・・ヨカッタ・・・ありがとう」
◇
激しいプレイを終えた私達に穏やかな会話が戻り、おやすみの挨拶を交わしあう。
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