女房様とお呼びっ!
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2002年02月14日(木) オコゼが泣いた日

バレンタインに思い出すのは、オコゼのことだ。私にとって、奴は初めての奴隷。
とてもいい奴隷だったけど、実質的に関わった期間は短くて、一年に満たない。
だから、奴にチョコをやったのも一回きり。知り合って日の浅い頃だったと思う。
イチオウ…って感じで用意した。私的には、殆ど義理チョコ程度の感覚だったナ。

随分前のことなので、その日自体の記憶は既にない。が、その瞬間は覚えてる。
いつものように私が椅子に座り、奴は床に正座していた。まだ伏し目がちだった。
あぁ、そうだ。奴は、まだ私の目を見られなかったっけ。それ位初々しい頃の話。
毎度毎度、叱ってばかりいたなぁ。どれだけ蹴り上げて、頬を張ったことだろう。

もちろん、奴はちゃんとしたオトナだし、口で言えばワカル程度の頭はあったよ。
けれど、当時。私はまだまだ肩肘張って、「厳しい主さま」になりたがっていたし、
奴も、そういう相手を望んでいた。というか、奴の価値観自体がそうだったのね。
目上の者から体罰を与えられることで、自分の存在価値を実感する、みたいな(笑

生憎と当時の私は、その手の価値観に本心から同調する事が出来なかったけど、
奴の心情に乗じて、いかにもな振る舞いをしてみてた。初心者女王としてはサ(笑
ところが、意外にも、私は結構ハマれたんだよね。胸にグッと来るものがあった。
サディスティックな興奮とか、体を折り曲げて許しを請う奴への愛しさとか…。

・・・・・。

そんな感じで、奴にとっての私は、にわか仕立てながら、怖くて厳しい主だった。
何もせずにいても、いつも緊張感を漂わせていて、それは私にも心地よかったね。
その時も、奴は床を見つめながら、次に上から下される言葉に身構えていたろう。
大きな体を小さく屈めた奴のつむじを見ながら、私はチョコの包みを取り出した。

頭の上でガサガサと物音がしても、奴が顔を上げることはない。微動だにしない。
耳に届く何事かの気配に、胸を騒がせているのかな?こんな瞬間がとても好きだ。
そして、私は無言のまま、俯く奴の鼻先に突きつけるように、包みを差し出した。
義理チョコ気分だったから、値段の安い、本当に小さな、掌にのる程の箱だった。

それでも、それ風の包装を施された箱は、すぐにも意味を知らしめたことだろう。
けれど、奴はしばらく動かなかった。いつもなら、意志よりも先に動く手なのに。
そう、奴は、職業上人につき従う訓練を受けた人間で、最初から完璧だったのね。
こちらの動きを察知して、動線上に手を差し伸べることが出来るような。ナノニ。

・・・・・。

石のように固まりながら、床に置かれた拳だけが、ギュウと握られるのが見えた。
相変わらず、頭を上げようとはせず。鼻先の箱に、動きを封じられたかのようだ。
「ほら、バレンタインでしょ?」仕方なく声を掛ける。自然に笑いを含んでしまう。
箱を鼻先に擦りつけてやると、それを合図のようにして、漸く奴の腕が動いた。

やがて、奴の手がおずおずと箱に届き、両の掌を合わせて捧げ持つようにした。
そこでやっと、私は屈めていた半身を戻すことが出来、奴の言葉を待っていた。
ところが、奴は黙ったままで、また固まったのだ。僅かに、肩がわなないている。
そして、その手許に目を移せば、掌中にすっぽりと、包みが握りしめられていた。

その可愛らしい風情に駆られて、私は再び、奴の顔を覗き込むように体を折った。
すると、案の定、奴の目蓋がきつく閉じられて、鼻先に涙が露の玉となっている。
泣き声をたてないように、歯を食いしばっているんだろう。唇の端が震えてるよ。
堪らず奴の後頭部に手を置くと、促されたと思ったか、奴は漸く言葉を発した。

・・・・・。

「アリガトウゴザイマス…コンナ…」奴が、嗚咽まじりにたどたどしく礼を述べる。
これ程に感激する奴の想いを、改めて知る。それが嬉しく、また愛おしかった。
「そんなに握ってたら、チョコ溶けちゃうよ?」返事するかわりに、そう笑ったら、
子どものように慌てて仕舞いにかかるのが、奴らしくない。声をたてて笑った。


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