女房様とお呼びっ!
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2001年08月20日(月) 芳一妄想

『耳なし芳一』は、子どもが読む本にも載っているポピュラーな怪談だ。
そして、私はこの話が大好きだ。幼い頃に出会って以来、繰り返し読んだもの。
話中にちりばめられるモチーフの湿度や明度が、理性を越えた官能にヒットする。
そのせいか、この物語が酷く淫らで、背徳的でエロチックだと感じてしまうのだ。

例えばだ。めくらの琵琶弾き、お坊さまの密技、もぎ取られる耳、流れる血・・・!
これだけで、充分にエロだ。ワカル人には分かるだろう(笑)ヤバイ位に淫らだ。
その淫靡に引きずり込まれる様に私は夢想し、頭の中に像を結ぶ。空想の絵巻。
やがて、薄墨色の宵闇を背景に、匂いと温度が生じ、またも妄想が走り始める。

・・・・・。

その夜更け、見知らぬ武者に誘われ、足踏み入れた「さる高貴な方」のお屋敷。
伽羅の香りに包まれて、芳一が弾き語るは、壇ノ浦の陣。女子供の哀れな結末。
咽ぶような琵琶の音色と、韻律に悲劇を謡う法師の声音。時折バチが破裂して。
宴に侍る女達が感極まって、袖に顔を覆いながら啜り泣き、次第に湿度が高まる。

元を正せば亡霊の、しかも女の霊魂達が、恨み辛みを募らせて、啜り泣きながら、
じっとりと湿り気を帯び、冷たい重みを増していく。その気配が芳一を取り囲む。
晩夏特有の鬱陶しい程の夜露が地に下りて、死人が埋まる土を黒く濡らしてゆく。
果たして、貴人の墓前に胡座する芳一は、一心不乱に琵琶をかき鳴らすばかり。

目の利かぬ芳一には、その冷たさもおどろけしさも、尊き館の風情でしかなく。
己の尻のあわいから背筋を這い、うなじに抜ける冷気も、御簾を渡る風の仕業か。
ぬるりとした粘度が襟元にまとわりつき、鳩尾を下るのは、己の流した汗なのか。
御前に召された緊張からか、己もまた感じ入ってか、がくがくと震えは止まらず。


しかし・・・。


渾身の奏曲に忘我する芳一は、既に現世を踏み外し、亡者の生贄となったのだ。
激しい怨念に往生しきれぬ女達の霊が、精気に溢れるこの男を見逃す筈もない。
霊魂の一部が、血の通わぬ冷たい触手に姿を変えて、芳一の生の体を這い回る。
バチを握る袖口から、袂から、ヌキから、襟元から、裾割れた股座から入り込む。

芳一の暖かな肌を、女の冷ややかな触手がまさぐり、吸い付くように撫で回す。
その感触に、芳一は陶然と虜になる。手にしたバチが、抱えた琵琶がかき消える。
切々と音曲を吟じていた口が、女の冷たい唇で封じられ、ぬめる舌に蹂躙される。
いつのまにか、体中に伸びる触手もまた舌となり、亡者の唾液にまみれてしまう。

あらゆる皮膚を覆う粘液が、次第に芳一の体温を奪い、芯から凍えさせていく。
生の温みを求める女達の興味は、当然の如く、彼の体のたぎる中心部を目指す。
ぞくぞくと悪寒に苛まれながらも、その一点だけは熱を持ち、女達を誘うのだ。
次々と触手が下りて、芳一の魔羅を撫で回し、幾つもの冷たい舌がねぶり廻す。

やがて、そこも冷たく光る亡者の肉穴に犯されて、哀れ芳一は熱い飛沫を放つ。

・・・・・。

その夜、夜毎の勤めに芳一を迎えに来た武者が見た物は、一対の耳だけだった。
お坊さまのたっての計らいが、芳一の一部分だけを見落としにしてしまったのだ。
任に忠実な武者は、せめてそこだけもぎ取ると、芳一の欠片を携え、踵を返す。
今宵の勤めを免れた芳一の頬から顎に、暖かな血が伝う。そして命を取り留める。

さて・・・。
亡者がたむろす直中に持ち帰られた芳一の耳は、その後どうなったのか?
徐々に冷えゆく耳朶の温みを惜しみながら、女達は血潮を味わい、ねぶるのか?
掌に乗る程の生者の欠片を弄び、慈しみ、やがてその体腔に収めてしまうのか?


いや・・・もぎ取られたのは、ひょっとして「耳」ではなくて・・・。


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