サッカー観戦日記

2011年09月15日(木) 平田竹男『なでしこジャパンはなぜ世界一になれたのか?』要約

平田竹男『なでしこジャパンはなぜ世界一になれたのか?』要約

筆者は通産省の官僚時代からJリーグ立ち上げやワールドカップ招致にかかわり、02年から06年までJFAの専務理事を務め、女子サッカーの強化にも携わった。その後JFAを離れ、早大大学院スポーツ科学研究科で「トップスポーツマネジメント」というゼミで平均年齢30歳代後半の社会人学生を教えている。スポーツ選手やプロ野球球団やJクラブの経営者たち、テレビ局や広告代理店の幹部もいる。そんな人たちになでしこジャパンを説明する工夫が必要だ。スポーツマネジメント的な観点からの、なでしこジャパンの強さの秘訣があるのではないか。

第1章では地元開催のドイツで運営上有利な点を挙げ、準々決勝でそのドイツを破ったことで日本がドイツの計画とくじ運を引き寄せられたことが書いたある。

第2章以降ではなでしこリーグや代表の苦闘、芸能人フットサルなどの仕掛け、アテネ五輪予選勝利によって流れが変わってきたことを書いている。私の興味を強く引くのは第1章と第6章以降だ。

第6章 なでしこリーグの発展へ
JFAは今回の優勝に対し、一人当たり650万円の報奨金を出した。しかし一部の選手に対する一時的な資金もありがたいが、継続的な強化のために、女子サッカー選手の日常を支えるなでしこリーグの発展こそ重要。なでしこリーグはアマチュアでプロ契約はごくわずか。岡山湯郷の経営データを挙げる。(単位:千円)

●収入
美作市からの委託・補助金:13000
岡山県助成金:3900
JFA助成金:981
クラブ繰入金:23300
有料試合入場料:1075
雑入(寄付金など):1806
繰越金:7705
合計:51767

●支出
事業費:25415
管理費:4658
人件費:21391
合計:51464

クラブに所属する選手が22名なので、一人当たり100万円の年俸となるので、コーチをしたり、アルバイトをしながら生計を立てる選手が数多くいる。

一方、JFLの中でJリーグ入会を目指すクラブの理想的な収支モデルを挙げる。年間1.5億程度の事業規模を想定している。

●収入
広告料収入:6800万円
入場料収入:5000万円
放送権収入:200万円
グッズ収入:2300万円
その他収入:700万円
収入合計:1億5000万円

●支出
人件費:5200万円
物件費:5100万円
グッズ仕入れに関わる原価:1300万円
一般管理費:3400万円
支出合計:1億5000万円

スポンサー収入を比較すると約3倍、しかし入場料収入は約50倍もの開きがある。人件費は一人当たり175万円。

ではなでしこリーグが発展していく上で何が必要か。①複数企業が人件費を肩代わりする。②小さな看板スポンサーをたくさん集め、シーズンチケット収入を高める。③行政がスタジアム使用料を変えないよう工夫する。④寄付金を集める構造にする。イギリスのあるサッカークラブは出資金35ポンド(約5000円)ずつ約95万ポンド(1億3300万円)集めた。

海外の女子サッカーリーグはどうなっているのか?アメリカに世界最初の女子プロサッカーリーグWUSAが誕生したのは2000年のこと。1996年アトランタオリンピックや99年女子ワールドカップアメリカ大会で優勝し、2000年シドニーオリンピックでも準優勝した。しかしWUSAはわずか3年で経営破たんする。野球のメジャーリーグ(MLB)と同水準の視聴率を想定したものの、思ったほど伸びず、スポンサーが次々と撤退して運転資金が枯渇した。現在の女子プロサッカーリーグがWPSだ。WUSAの失敗を受け、各クラブが主体的に地域に根ざす戦略をとり、2010年の観客数は70試合で30万人。選手の平均年俸は27000ドル。日本円にすると200万円程度だが、貨幣価値からすると300万円ぐらいで、代表選手だと2倍くらい。澤が所属していたときはチームの22人のうち、サッカーの報酬だけで生活できているのが18人で、後の4人は個人レッスンやコーチなど他の仕事を持っているということ。また男子と連携し、練習場やスタジアムを共有、これには過去2年間に5つのクラブがリーグから脱退、または消滅している。アメリカ代表は高齢化が進んでおり、厳しい状況だ。しかし日本の競技人口が4.6万人に対し、アメリカは167万人。40倍もの開きがある。

ドイツは1990年から女子ブンデスリーガが始まっている。12チームで構成され、下位の2チームが自動的に2部リーグに降格する。ブンデスリーガに所属する選手の平均年俸も日本円にして数百万円程度。インターネットで全ての試合をライブ中継され、その結果、ドイツの競技人口は120万人いる。またUEFA女子チャンピオンズリーグにおいてフランクフルトが最多の3度の優勝回数を誇る。

スウェーデンは4月から10月まで12のクラブで行なわれ、ウメオIKはUEFA女子チャンピオンズリーグで2回優勝し、マルタや山口麻美も所属していた。

イングランドは2011年4月から新たにWSLという特別短期エリートリーグが開幕した。女子プレミアリーグの上位リーグとして位置づけられている。セミプロリーグ。19993年当時1万400人だった競技人口は2008年には15万人まで増加した。

また今後伸びてくると予想される国としてスペインが挙げられる。FIFAランキングは20位前後だが、ヨーロッパのU-17の大会で2009年は準優勝、2010年、2011年には連続優勝している。


第7章 世界一を続けるために

日本の女子サッカーが持続的に成長し続けるためには、まず強化育成が切れ目なく行なわれることが必要だ。あらゆるスポーツで、少年・少女という下の裾野から、年代が上がるにしたがってエリート選手が選抜され、最終的に代表選手などのトップ選手に上り詰める、というピラミッド構造であると考えられる。女子の場合、2003年からU-12のトレセンで男子に混じって参加が可能になり、2005年には女子U-15のカテゴリーが新設された。また2004年にスーパー少女プロジェクトというサッカー経験のない選手を含めた身体能力の高い選手をゴールキーパーに育成するものも出来た。「なでしこチャレンジプロジェクト」というなでしこジャパン予備軍とも言える選手たちを代表と一緒にトレーニングできるシステムも作った。2006年にはJFAアカデミー福島が開校し、フランスの国立サッカー学院(INF)をモデルにエリート育成に取り組んでいる。

次に海外のクラブに所属するトップ選手を金銭的に補助する、海外強化指定制度が始まり、年間250万くらいを協会が支給する。


女子サッカーのピラミッド型の育成システムを確固たるものにするために、中学生年代の女子サッカーのプレー機会を創出する必要がある。中体連の資料による2010年度の部活動別競技人口を挙げる。

●ソフトテニス:193279人
●バレーボール:160867人
●バスケットボール:153046人
●ソフトボール:54696人
●ハンドボール:11311人
●サッカー:3538人

クラブ数
●バレーボール:9059
●サッカー:625

高校部活の競技人口は以下のとおり

●バスケットボール:62598人
●バレーボール:61575人
●サッカー:8421人

クラブ数
●バレーボール:4159
●バスケットボール:4064
●サッカー:627

高校は選べても中学は選べない。よって中学校に女子サッカー部を新設することが必要になり、行政やPTAなどの地域社会の協力が不可欠だ。また工夫次第で男子の中に混じって女子が練習する環境を整えることも重要だ。

スポーツ全体の発展のためには指導者や審判、メディア関係者、さまざまなスポンサー、弁護士、ドクターなど多くの人がスポーツに関わる多様な頂点を持つ「逆台形型モデル」という考え方がある。トップ選手になれなくても、自分の得意な分野でスポーツ界を支えるということ。そのためには地上波テレビ放送により、そのスポーツに触れるきっかけが重要だ。

なでしこジャパンが世界一になった今こそ、女子ワールドカップの開催国に立候補すべきだ。代表の実力、観客動員、開催運営能力など、どの点をとっても日本ほど優れた開催国はない。開催により、日本全国の女子サッカーの環境を飛躍的に改善することも期待できる。


おわりに

女子サッカーが注目されなかった時代から成功を収めるようになった軌跡は他のスポーツにも参考になるのではないか。
競技人口が多いバスケットは、今後どうすれば好循環がはじまるのか?
2019年ラグビーワールドカップで開催国日本はどう仕組むのか?
など。


ここからは私の感想を。

世界の女子サッカーはパワーサッカーというのは半分当たっているが、違う面も大きいと思う。今回の女子W杯で日本は準々決勝以降、180cm台の大型アタッカーと当たってきた。しかしウドの大木的電柱FWはアメリカのワンバックくらいだった。準々決勝のドイツ・ガレフレーケスが右ウイングで突破力と左クロスに対する飛込みが売りだったし、欠場したCFプリンツが頭角を現した当初は衝撃だった。デカくて上手くて頭がいい。アリ・ダエイの女性版かと思った。FIFA世界最優秀選手に3年連続で選ばれた大選手。準決勝で当たったスウェーデンのシェリーンは長身ながら俊敏なテクニシャンでフィニッシャーではなく、チャンスメーカー。ワンバックにせよ、ミア・ハムという傑出したシャドーストライカーを活かすために起用され、その後伸びたCFだ。現代は北欧が圧倒的に強かった時代ではないのだ。今の180cmはテクニックも戦術眼もある。こういう選手を抑えるのに、日本は「小柄なCBが組織で守る」では対抗できなくなると思う。やはり1対1で勝たなくては苦しい。アンダーエイジの代表を観てもCBは相変わらず小さい。大型CBを下手でも我慢して使うことも重要だが、サッカーはトータルな能力が問われるスポーツ。日本はこれまで少数のエリートを大切に育てる戦略を採ってきたが、基本的には競技人口が多くなくては、好素材は拾えない。かといって中国みたいに他競技でトップの次くらいの、身体能力の高い選手を育てる戦略がもはや通用しないのは明らかだと思う。技術とセンスがなければ、どうにもならないのだ。

男女で競技人口も育成環境も同等のアメリカは男子がW杯でグループリーグ突破が五分五分、女子は常時世界大会優勝を狙えるレベルだ。今回のW杯で日本はドイツに延長で勝ち、アメリカにPK勝ちしたが、チーム力自体は劣勢だった。私は20年間高校女子選手権をほぼ毎年観ている。初期のただフィジカルに頼ったサッカーの時代から劇的に成長し、多くのチームは魅力ある、それでいて鍛え抜かれたサッカーをしている。現在、常盤木学園が圧倒的に強い。それは技術的にも肉体的にも優れた素材にいい指導が行なわれているからだ。しかし男子のユース年代にはこういうチームはゴロゴロある。今後世界のサッカーでは技術・戦術的指導が行き届いていても先天的なフィジカルやセンスがなければ勝てなくなるだろう。日本の男子サッカーがアメリカと同等だとすれば、日本の女子も日本の男子と同等とは言わないまでも、育成年代で、今の少なくとも5倍程度の競技人口がなければ厳しいのではないか?

宮間あやはいい選手だと思う。技術も戦術眼もハートもある。しかし体格や身体能力は並だ。後天的な努力は素晴らしいが、10年後なら代表に選ばれるレベルだろうか?澤は宮間の技術と阪口のフィジカルと大野の得点センスを兼ね備えた最高の選手だと思う。しかし日本の現状を考えると、澤のような選手が登場したのは僥倖だったと思う。日本の育成は機能している。今後は才能を持った女子がサッカーを続けられる環境を整えなければならない。

UEFAなど大陸連盟のサイトで女子の大会結果を見ていると時代の趨勢がおぼろげながら分かる。かつて女子サッカーはアメリカと北欧のスポーツだった。カナダが一時良かったが、単なるパワーサッカーだった。しかしヨーロッパではドイツが頭角を現し、やがてトップになり、次いで、フランス・イングランド・スペイン・イタリアが追撃している。BRICsの一角として経済成長著しいブラジルも強い。ロシアも強化している。VISTAの一角のアルゼンチンも今後頭角を現すだろうし、先の女子W杯で1試合も中継がなかったがアフリカ勢も結果を残している。もはや女子サッカーはサッカーを除くどの男子スポーツよりも世界的なスポーツなのだ。厳しい環境下で最高の結果を残した日本の女子サッカーの指導者には最大限の敬意を表したい。しかし日本の輝きを一瞬で終わらせないためにするべきことは多い。


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