サッカー観戦日記

2003年10月22日(水) 雑文・素人監督の危険性

素人監督の危険性

日本サッカーの発展にはクラブではなく大学や実業団が大きく貢献してきた。その功罪は様々だがデメリットのひとつとして乏しい人材交流が挙げられよう。その際たるものが監督人事である。少し前まで大学サッカー部の監督は新興校を除きOBが占めていた。JSLも同様である。特にJSLの場合引退即コーチ・監督就任のケースが大半であった。外部から人材を招かない以上新監督・新コーチは常に経験不足の素人監督・素人コーチとならざるを得ない。構造上の宿命であり、是非を問う事自体ナンセンスであった。叩き上げの指導者が存在し得ないという状況は、ピッチ上でサッカーをよく理解しており他者に一目置かれる名選手が指導者となることに繋がる。換言すると指導者としての実績軽視であり、クラブスポーツ未発達の日本スポーツ界の性質そのものである。

世界の趨勢やプロ化の影響などにより、サッカー界にも指導者としての実績を考慮する傾向が芽生えた。現在JFAもある程度人材を選べる状況にある。ここ5年ほどの歴代代表監督を各カテゴリー別にみてみよう。

A代表が一定の経験・実績を持つトルシエ氏と代理を除き監督経験自体を持たないジーコ。五輪がトルシエ氏と監督経験はU−20代表1チームで大人のチームの監督経験を持たない山本氏。U−20は古河・ジェフ市原での監督経験があるがユース年代の経験はない清雲氏とこのカテゴリーでは本格的な経験はないトルシエ氏、それにG大阪ユースでの監督経験2年の西村氏、U−17からの持ち上がりでそれが唯一の監督経験である田嶋氏、東京ガス・FC東京で長期政権を務めたもののユース年代の監督経験のない大熊氏。U−17はいずれも本格的な監督経験にない河内氏、田嶋氏、須藤氏に続き市立船橋高で豊富な経験と数々の実績を持つ布氏。女子はプリマハムで一定の経験・実績を持つ宮内氏、松下での経験を持つ池田氏、Jやマカオの各年代代表監督経験があるが女子の指導経験のない上田氏。女子U−19はA代表兼任で池田氏。フットサル代表はフットサル普及の第一人者ながら競技フットサルの監督経験はないマリーニョ。選手経験・指導経験とも持たない木村氏、選手出身で本格的な監督経験はなく、代表コーチを務めてきた原田氏。

当該カテゴリーで3年以上の監督経験を持つ者はトルシエ氏、布氏、宮内氏、池田氏の4人。就任したばかりの布氏を除く3者は一定の成果を残している。経験は浅くとも原田氏も結果を残しているといってよい。山本氏、西村氏、田嶋氏、大熊氏、上田氏、マリーニョは微妙なところで人によって評価が分かれるところだろう。個人的には失敗したものとみなしている。壊滅的な結果に終わったのが清雲氏、河内氏、須藤氏、木村氏でいずれも該当カテゴリーの指導経験はなく、チームとしての体を為すことも出来なかった。監督経験が無視できないものであることはここ数年の成果からも明らかだ。まともな組織であれば人事担当者は自分の目だけを頼りに重要なプロジェクトの責任者を決めることはあるまい。実績があるのは大前提、その上でセンスが問われるのだ。JFAも器だけでなく中身も近代化してほしいものだ。

次に壊滅の具体的なケースをみてみよう。ユース年代にあまり厳しいことは書きたくないのでフットサル代表に触れてみる。

マリーニョ退任後の新監督候補に挙がったのが当時ファイルフォックス監督の眞境名オスカー氏と木村和司氏である。元選手で国内トップチームでしっかりしたフットサルのできるチームを作り上げた眞境名オスカー氏と本格的な監督・選手経験のない木村氏では比較にさえならない。しかしまともな分析もされないまま木村氏が選ばれたらしい。木村氏は1選手としてもデモンストレーション・ゲームを観るかぎり明らかに下手で、体でフットサルを理解しているとは言い難い。

就任後は須田コーチと一緒にフットサル専門選手に対する誹謗中傷的な発言を繰り返す。「下手だね、大したことないね」(木村氏)「きっちりした定職に就かない者が良い選手であるわけがない」(須田氏)といったものだ。真意は選手達の奮起を促すものだったかもしれないが、チーム全体として実際に奮起するかどうかは発言者の資質、つまり監督など責任ある人間関係の中で磨いてきた人間性に拠るところが大きい。選手たちが木村氏、あるいは須田氏を大先生として無条件に仰ぎ見るはずもないのだ。いささか幼い言動の目立つ木村氏はフットサル監督以前にしっかりした対人経験を重ねてきたのか、実年齢に応じた大人であるのか、そもそも疑問なのだが。やがてサッカー選手重視の選考を行いラモスはともかく、誰よりも技術のない須田氏やシュート(有)社員で子飼いの部下である鈴木など最終的には約半数がサッカー選手となった。当然競技フットサルに真剣に取り組んでいる選手は僅かだ。ではパワー重視の力強いフットサルを目指したのかというとそうでもないらしい。ビデオを見るかぎりサッカー選手たちはフットサルの当たりを研究していない。つまり木村氏の研究不足である。

アジアではイランと日本以外ほとんどフットサルは普及していない。ストリートサッカーはどこでも行われるが、競技フットサルとは別物だ。したがって大会ではイラン以外に圧勝し準優勝することは決して困難な目標ではない。しかし01年アジアフットサル選手権において木村フットサル代表は悲惨な結果に終わった。ただ参加しているだけのチームも多いこの大会において6−5中華台北、8−1シンガポール、2−3パレスチナ、延長2−2カザフスタン(PK勝)、2−8イラン、1−2韓国。2勝1分3敗。イランに大敗し弱小パレスチナ・韓国に敗れ中華台北・カザフスタンと互角。日本代表より強い国内チームも5チームぐらいあるかもしれない。少なくとも1部のチームは代表よりはマシに見えた。大会後木村氏は退任。そして現時点まで本格的な監督には就いていない。

現在の各代表監督も布氏、原田氏以外は不安だ。ジーコや山本氏には極限時にチーム壊滅の恐怖が、また大熊氏・上田氏には手詰まり・閉塞感が付きまとう。日本の基礎戦力に比べ予選突破の可能性が20%ほど落ちるのではないか?トルシエ氏にしても手詰まりを指摘されることはあるが、それは高い目標を前提としたものだ。アジアレベルで限界を指摘されたわけではなく、ジーコや山本氏と決定的に違う。でもJFAが急に変わることはないだろう。残念ながら人間というものは十分痛い目に遭わない限りなかなか学習できない生き物なのだから。


*外国人指導者のうちトルシエ氏と眞境名オスカー氏は敬称付、ジーコとマリーニョは呼び捨てにしているが、これはニックネーム(サッカーネーム)に敬称をつけるのはナンセンスであるため。


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T.K. [MAIL]