| 2004年12月16日(木) |
読んでもらいたい一冊。 |
しまった。あんまりにも暗い話なんだから、最初から下げとくべきだった。(><) 昨日の馬鹿騒ぎとは打って変わった内容ですので、引き返すなら今っ!
私は、あまりエッセイというものには興味が無い。 著者の思考よりも、生み出される創作の方が好きだから。 作品が好きで、そんな世界を生み出している人がどんな思考をしているのか。 そういった流れで後書きやコラム、エッセイを見ることはあっても、基本的にはやっぱり読もうと思わない。
そんな、私が今日その存在を知り、帰りに買って帰った本。 ネットで知ったのだが、オタメシを読んで絶対に買うと決めた。 読みたくなって仕方なかった。
「だって、死なれると、ほんとうに辛いんだ」
その一言が決めてだった。
『自殺されちゃった僕』 吉永嘉明 著 飛鳥新社出版
著者は、身近な人を三人、自殺で失っていた。 感覚的に息が合った親友。 兄貴分として尊敬していた先輩。
そして、最愛の妻。
最初、このフレーズが少しうそ臭く感じられた。 最愛の妻っておいおいおい。ただの綺麗ごとじゃねーの? と。 でも、読んで思った。この著者は本当に妻の事を大好きで大切で愛してたんだ。だから、自殺されてものすごくショックを受けている。 著者自身も、自分自身が落ち着くために書いているといっているだけあって、文章は少々くどいところがある。他者的にみて、その『妻』や友人たちは決して綺麗な人たちじゃなかった。純粋だけどわがままで利己的で、社会人としてどうよ。って思うぐらい、自分勝手な人たちだった。 だけど、ものすごく著者にとっては惹かれる何かを持ち、個性を持ち、そして大切な人たちだったんだと、素直に感じられる、そんな文章だった。
著者自身も、決してキレイな人じゃない。薬に溺れたりする、とても弱い人。だけど、必死にあがいている。だから好感が持てた。
自殺してしまった人が、なぜ自殺してしまったのか。 それは、本人が居ないのだからもう永遠にわからない。 残された者が、あれこれ理由を考えて、自分が悪いだの至らないだの、誰が追い詰めただの言ったって意味が無い。 正解を知る本人は、もう居ないんだから。 その人の人生、生きるも死ぬもその人の自由。 確かにそうかもしれないけれど、
「だって、死なれると、ほんとうに辛いんだ」
この著者の言葉が胸に刺さる。
実は、猿も一度だけ緊迫した危うさを持つ人を見たことがある。 いつ、首をくくってしまうのかという、危うさを。 「残される者の気持ちになれよ! 悲しむ者がいるんだぞ!」 そういって、何とか思い留まらせようとしたんですが、 「……死んでしまえば、残してしまった人達への罪悪感も感じなくなるもん」 そう力なく微笑みながら言われてしまったら、もう何も返す言葉がなくなってしまった。
たぶん、あの時の遣る瀬無い思いは、本当に自殺されてしまった人たちも感じる遣る瀬無さなんだと思う。
「だって、死なれると、ほんとうに辛いんだ」
本当に、そのとおりだ。
もともと反対されていた奥さんの実家の親族に、殺人者として罵られ、実の家族にも絶縁されてしまったこの著者は、今色んな友達に支えられて、その事を幸せだと感じて必死に生きようともがいている。 友人たちに、自分と同じ悲しみを与えたくないから、必死に『死んで楽になりたい』っていう暗い誘惑と戦ってる。
今、命がとても軽んじられているように思う。 人の命も、自分の命も。 だけど、この本を読んで、命の大切さ。というよりは、その命を失うという事が、どれだけ悲しく寂しく辛いことなのかという事を実感してもらいたい。
暗くて重い話で申し訳ないが、 久しぶりに、本を読んで号泣した。
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