しもさんの「コラムニストを目指して」

2002年01月19日(土) 「使いにくくして文化を育てる生き方」

いい仕事してますね〜で有名な「中嶋誠之助」さんの講演を聴いた。
鑑定を仕事にしているだけあって、
歴史や文化についてもわかりやすい解説があった。
ヨーロッパはシンメトリック(左右対称)の美、
日本は、不完全の美、を追求しているという。
ろくろを回して出来た左右対称の器を、ちょっと指で押してみる、
そしてわざわざ使いにくい器をつくる。そこに日本独特の文化が育った気がする。
使いにくくする、その為には「作法」(ルールとマナー)が必要となる。
それが「日本独特の文化」というわけだ。
なんでも合理的に考えようとする考え方を否定するわけではない。
けれど「日本」を意識した時、
左右対称より、ちょっといびつな形を大切にしたい、そう思うようになった。

時には「使いにくくして文化を育てる生き方」はいかが?




2002年01月18日(金) 「頑張ってくれた人に悪い、と思える生き方」

生涯学習を4月から飛ばして頑張ってきた先輩が、
ある記事を見て「本当に悔しい・・」と呟いた。
自分たちより進んでいないと思われる、某自治体が評価されていたからである。
その時、私は「見てる人は見てるから、そのうち評価されますよ」と思っていた。
実際、やってきたことには自信がある。
だから、そんな記事に惑わされることなく続けていきましょう。
そう考えていたから、さほど気にならなかった。
しかし、先輩には珍しく、いつまでも「悔しい」を繰り返していた。
そして何度か話しているうちに、その本心がわかった。
仕事として頑張ってきた私たちより、
ボランティアとして頑張ってくれた町民に申し訳ない、
そう言いたかったのだと思う。
取り上げてもらえなかった悔しさは、きっと忘れることがないだろう。
しかしその悔しさは、きっと明日からのバネになるに違いないと確信した。

自分たちの評価より「頑張ってくれた人に悪い、と思える生き方」はいかが?



2002年01月17日(木) 「読み聞かせたあと、感想を聞かない生き方」

親が心を込めて、子どもたちに絵本を読み聞かせてあげる動きを広めたくて
一年間頑張ってきた。
何回となく参加者の話を聞くたびに、ナルホドというヒントをいただく。
「30秒で読める文字量を、1分で読むつもりで・・」
「ページをめくったら、すぐ読み出さずに、一呼吸おいてから」
「あまり抑揚をつけずに、淡々と読んだほうが、子どもたちの想像力がつく」
その他、経験から得たヒントは、とても奥が深い気がする。
今回もその一つ。
自分では心を込めて、ゆっくり丁寧に読むことが出来た。満足。
しかし、子どもの反応が気になって、つい
「どうだった?」「面白かった?」と感想を聞いてしまう。
どう感じたかは、子どもが感じ、子どもが自分の中で昇華していくことである。
もう少し、大きな気持ちで読み聞かせに取り組んでみよう。
なんでも、すぐに成果を求めてはいけない。
そう思わせてくれたヒントであった。

「読み聞かせたあと、感想を聞かない生き方」はいかが?



2002年01月16日(水) 「フライパンのジュー、幸せな音だね、という生き方」

テレビで藤村俊二さんが、呟いていた。
別に料理番組ではなかったけれど、トーク番組で肉を焼くシーン。
それをじっと眺めていた彼が、とても幸せそうな顔をしてボソッと呟いた。
何ともいえない雰囲気と、ホンワカした空気が流れた気がする。
今まで「材料が料理される音」に関心を示したことはなかったが、
今日からは、ちょっとだけでも、妻の料理する音に耳を傾けようかな?
そう思わせてくれるフレーズであった。
何気ない調理番組も、なぜか料理の音が気になるようになった。
うぁ〜どうしよう、と思いながらも、
これから続く新年会で、新鮮な材料が目の前で料理されていく音を
楽しみにしている私がいる。

「フライパンのジュー、幸せな音だね、という生き方」はいかが?



2002年01月15日(火) 「修学旅行に行こうという仲間がいる生き方」

同窓会に近い成人式が行われた日、
私たち43歳組も同級生が集まって、新年会を開いた。
40歳の時「二回目の成人式」を手伝ってくれた仲間たち。
彼ら、彼女らなりの成人式論が、私を喜ばせてくれた。
話は「懐かし〜い」から飛躍して、今度は修学旅行に行きたい、と言い出した。
時期は秋がいい、行き先は・・、誰々が会計・・・。
話はどんどん決まっていく。社会での地位なんて関係ない、
私にとってはとっても頼もしい、
そして、なぜか人生を一緒に楽しんでいる仲間である。
そのうち運動会をやろう、文化祭をやろう、なんてことになるかも知れない。
40歳を過ぎ、やっと子育てから手が離れてきた年齢、
気が付いたら友達がいなかった、ではなく
気が付いたら、遊んでくれる同級生がいっぱいいた。
そんな環境が妙に嬉しいと感じた新年会だった。

「修学旅行に行こうという仲間がいる生き方」はいかが?




2002年01月14日(月) 「成人は家族の人が判断という生き方」

ラジオで面白いことを言っていた。
「成人式は、行政がしないで家族の人が判断して行うのがいい」と。
高校を卒業し、就職した人はそれなりのOKが出るのかも知れない。
しかし、大学に行き親から仕送りをされている学生は、
まだ経済的にも自立していない。
当然、国民の義務の一つ、納税もしていない。
そんな彼らを、成人として祝うのはおかしいのでは・・。
税金も納めていない彼らに、税金を使ってお祝いする。
「こいつは、もう社会に出しても大丈夫。責任がとれる」
そう親に判断された人が、成人となれるシステムはできないだろうか。
一番反対しそうな呉服屋、写真屋さえも必要性に疑問符をつけている。
来年はどうするんだろう?成人式。
静岡空港、第二東名の建設については、反対意見を言うのに・・。
こんな時こそ国民からの声が必要である。

「成人は家族の人が判断という生き方」はいかが?



2002年01月13日(日) 「近くの温泉に別荘を求める生き方」

静岡県に住む私たちは、別荘といえば信州などに求めたがる。
東北や北海道に土地を求めて、年に数回訪れることを夢見ている人もいる。
普段の生活とは別の世界を、考えるのが普通であろう。
しかし、伊豆に住んでいる人が、伊豆に別荘を求める人がいた。
家から20分から30分の距離に、温泉付きの別荘。
普通の人から見たら「もったいない」の一言であるが
週末を過ごす場所として、温泉付きにこだわって手にした主は
とても満足そうであった。
エリートとして仕事に頑張るのもいいが、
のんびり自然と楽しむのも悪くないな、と
そばの竹林を眺め、ご自慢の温泉に入れてもらいながら、
一人で呟いている私がいた。

「近くの温泉に別荘を求める生き方」はいかが?



2002年01月12日(土) 「事件を五感で感じようとする生き方」

アメリカ同時多発テロ事件も、最近では話題にのぼらなくなってきたが、
私の中では、まだ知りたいことが・・。それが「音」である。
画像はもう飽きるほど見たのに、音を聞いていない。
勿論、味とか、匂いとか、触れるとかは無理だろうが、
音だけは、デジタルで情報化することが可能ではないのか。
飛行機がぶつかった時の音、ビルが崩れる時の音、そして報復行為の爆弾の音。
これが聞きたい。そして本当の凄さを感じたい。
テレビが壊れるくらいの音がなくては、その凄まじさを実感できないと思う。
誰か聞いた人がいたら、是非教えて欲しい。
すべて、文字・画像といった視覚からの情報で判断してしまうが、
それはおかしいことに気付くべきではないだろうか。
交通事故でさえ、車がぶつかる時の音、タイヤが泣くブレーキの音でドキッとするのに。
今回の事件、音はどこかで規制されたり制限されているのだろうか?
とても気になる現象である。

私流だけれど「事件を五感で感じようとする生き方」はいかが?



2002年01月11日(金) 「プロでも走った後はダフル、と知る生き方」

新春特番で、プロゴルファーが何秒でホールアウトしたか、を競っていた。
画面には、私にとっては信じられない光景が・・。
クラブを何本か持って走る。そしてボール地点までついたらすばやく振る。
結果は、意外にも「ダフリ」。(うまくボールに当たらない)
でも、そのシーンを見て気が付いた。私はいつもダフルわけだ。(笑)
プロでも、呼吸が整わず、リズムが狂ってミスをする。
私なんか、同行者に迷惑をかけては悪いと、毎回打ち終わったあと走っていた。
上手くなるわけがない。
スイングが・・・、パットの感覚が・・・、そんなことではなかった。
基本中の基本、自然体で臨む。それが出来てないということになる。
プロでも失敗することから、自分たちの過ちを知る。
これは、どの分野でも言えそうなことではなかろうか。
そんな視点で、プロを眺めてみよう、面白いことが発見できそうである。
(そういう私も、公務員のプロだった・・・)

「プロでも走った後はダフル、と知る生き方」はいかが?



2002年01月10日(木) 「雪のやさしさを感じる生き方」

雪国の人にとって、雪はいろいろ意味で負担が掛かるのかも知れない。
しかし「詩とメルヘン」という本でこんな事が書いてあった。
「雪で狭められた細い道 行き交う人はどちらともなく道を譲り合う。
 譲られた人は、次は誰かに道を譲る、
 誰に教えられたわけでもない 雪に教えられたいたわりの心」
(全文は著作権の関係で、掲載しませんでした)
やはり、自然はすごいな・・とつくづく感じた内容だった。
私たちがいくら「ゆずりあい、ありがとう」と声を張り上げても無視される
ルールとマナーを、自然は知らず知らずのうちに教えている。
年に一度、積もるか積もらないかの静岡でも、たぶんこの光景は変わらない。
イライラ運転をしそうになったら、思い出して欲しい。

相手への思いやり「雪のやさしさを感じる生き方」はいかが?


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