しもさんの「コラムニストを目指して」

2001年12月10日(月) 「お世話になった人に、感謝状を贈る生き方」

講演が終わった後で、私に少し時間を下さい、と彼はみんなの前に立った。
自分のイベントに対する想いを熱く語り、
今年、突如、くも膜下出血で倒れ生死をさまよったこと、
そして驚異的な復活で、その場に立っている幸せをかみしめているようだった。
そんな彼が、この場を借りて「感謝状を贈ります」と始めた。
なるぼとな、と思いながら、
私も大晦日に一年間を振り返りながら、感謝状を贈ろうかな、と考えた。
私の感謝状なんて、全然価値も何も無いけれど、
本当にお世話になったな、という気持ちを何か形にしたい、と思う。
写真入の年賀状もいいけれど、

一年を振り返り「お世話になった人に、感謝状を贈る生き方」はいかが?



2001年12月09日(日) 「水臭いな・・夫婦じゃないか、と言える生き方」

インターネットで「恋愛小説」を、毎日書き続けている女性がいる。
その展開に、私はワクワクドキドキしながら読み続けている。
内容は妻の切ない不倫なんだけど、不倫を知らない夫の前で
彼女は、夫のやさしさに触れ、泣き出してしまうシーンがあった。
何も知らない夫は、どうしたんだ?と驚き、
ただただ謝る妻に「水臭いな・・夫婦じゃないか」と呟く。
この台詞が妙に私の記憶に残った。
夫婦と言えども、もとは他人。
それが「水臭い」といえる関係になるには時間がかかる。
結婚して、何年でこんな気持ちになるんだろうか?
妻が悩んだり、体の調子が悪そうでも、声を掛けることは少ないな。
これからは、ちょっぴり気にしてみようと思う。

照れくさいけれど
「水臭いな・・夫婦じゃないか、と言える生き方」はいかが?



2001年12月08日(土) 「自分の責任で管理できる生き方」

核兵器の怖いところは、作った本人でも管理できないこと。
「核とテロリズム」をタイトルに講師は、こう語った。
科学者は、自分の研究として核融合を発見する。
しかし、それが「政治・軍」を始めとした、第三者の手に渡ると
それは、もう自分の手の届かないところで利用されてしまうという。
これからの時代、もっともっと高度な研究が進み、いろいろな分野で
新しいものが発見、製造されてくる。
その時、大切な考えは「本人が管理できる範囲」であろう。
さて、私たちの生活のレベルはどうだろうか?
返すあてのない借金から、育てる意思がないのに産んだ子ども。
言葉はきついかもしれないが、今一度自分の責任能力を知ったほうがいい。

心に刻んでおきたい「自分の責任で管理できる生き方」は、いかが?



2001年12月07日(金) 「どうぞ、○○にして下さいと言える生き方」

今、全国で市町村合併が話題を振りまいているが、
注目は、新しい市の名称をどうするか?であるという。
静岡県でも「静岡市」と「清水市」が新しい都市の名前で綱引きをしている。
お互いの市民が、わがまちの名称を残したい、と主張するからである。
しかし、ある人がこう言った。
静岡市の住民が「どうぞ、清水市という名称にしてください」と言えば、
「いやいや、県庁所在地だから静岡市にしましょう」と
清水市の住民は言うと思うよ、と。
私は「押しても駄目なら引いてみな」「負けるが勝ち」という言葉を
思い出していた。
自分の主張ばかりせず

たまには「どうぞ、○○にして下さいと言える生き方」はいかが?



2001年12月06日(木) 「若い人はエレベーター、高齢者は階段という生き方」

3階で研修会があった。メンバーは若い人から高齢者まで。
さて、エレベーターは小さいのが一つ。
我々世代は、ついいつものように
「どうぞ、私たちは歩いていきますから」と階段へ足を向ける。
その時、いやいや・・と私たちに待ったをかけて、冒頭の台詞。(笑)
笑いながら「私たちの足腰を弱くさせるつもりかね?」と尋ねられ、
思わず笑ってしまったのは、私だけではないはず。
こんな発想があったのか、と嬉しくなってしまった。
高齢者をお年寄り扱いするのはよくないな、と感じた場面である。
きっと、大事にしなけりゃしないで、あいつらは・・・と
反発が来ることを意識している。
しかし、それを差し引いても、
まだ余りあるくらいのユーモアのセンスであったと思う。
高齢者のみなさん

「若い人はエレベーター、高齢者は階段という生き方」はいかが?



2001年12月05日(水) 「安全はシステムより神様頼みという生き方」

某会社の最新鋭のコンピュータが並ぶ、管理の現場を見せていただいた。
モニター等で何箇所も画面に映し出し、万全のチャック体制を整えている。
セキュリティシステムが稼動して、完璧に等しい管理をしている。
ところが、ふっと部屋の片隅に目をやると、神棚が・・。
担当者曰く「やっぱり何かあると困るので・・」(笑)
でも、人間らしくてホッとした瞬間である。
仕事のほとんどがコンピュータに移行しつつあるが、働くのは人間。
そんなことを感じた場面であった。

やっぱり「安全はシステムより神様頼みという生き方」はいかが?



2001年12月04日(火) 「玉虫に悪いよ、と言える生き方」

TVタックルで「最近、政治が玉虫色だよね」という発言を受けて
作家・野坂昭如氏は、真面目な顔してこう呟いた。
笑いながらも、はっと気が付きメモをした。
「気になる一言」では「うじむし」の話を取り上げた。
悪い例えに使われる生き物には、何も罪がないはず。
奇形、気持ち悪い、臭うなど、いろいろ理由はあると思うが
彼らには彼らなりの進化を遂げているはずである。
良い例えならいくらでもいいと思うが・・・。
悪い例えはやめようって、ちょっぴり反省をした。

玉虫の立場で「玉虫に悪いよ、と言える生き方」いかが?



2001年12月03日(月) 「こだわるけれど、固執しない生き方」

ホームページを作り始めると、その人の個性が見え隠れする。
ひとつのテーマにこだわり続ける人、
他人の指摘を受け入れ、修正していく人、
誰がなんと言っても変えない、と意地を張る人。
私のお気に入りのサイト管理者に聞いてみたら
「私はこだわるけれど、固執はしないなぁ」という回答。
確かに自分のホームページだから、あるテーマにこだわっていきたい。
しかし、それを楽しみにしてくれているのは他人だから
あんまり固執していくつもりはない、ということなのだろうか。
生活でも、仕事でも、こだわるものがあることは素晴らしい。
しかし、固執しすぎてすべてをなくすことがないよう注意したい。

何事にも「こだわるけれど、固執しない生き方」はいかが?



2001年12月02日(日) 「仲人令夫人のお色直しを許せる生き方」

知人の結婚式の写真を見て、驚いたことがある。
なんと「仲人令夫人がお色直し」をしている。
仲人から新婦へ、ウェディングドレスをプレゼントしたらしい。
そのお返しが「ブルーのドレス」。
結婚にたどり着くまで、本当にお世話になったお礼、とさらっと言うが
新婦との本当に強い気持ちの絆が感じられた。
「仲人がお色直しなんて、とんでもない」と反論する前に
一番お世話になった人に、ありがとうの気持ちを伝えたいという新婦の心遣いを
汲み取り、拍手をしてはどうだろう。
今までの既成概念では考えられないことも、
当の本人たちの嬉しそうな顔をみれば、素敵な披露宴だったことが想像できる。
私たちができることは、本人たちの笑顔を支えることだと思う。

枠に縛られず「仲人令夫人のお色直しを許せる生き方」はいかが?



2001年12月01日(土) 「切なくて泣ける生き方」

劇団四季の「オペラ座の怪人」。前から七列目で大喜びだった。
俳優の表情までわかる位置であったが、
舞台全体が見渡せる後方でも見てみたかった、というのが感想である。
内容はさておき、劇後半、観客の女性陣はハンカチで涙を拭うシーンが
あちこちで見ることが出来た。
もちろん、私も感動はしたが涙が溢れるほどではなかったので、尋ねてみた。
「感動して泣いてるの?」って。その答えは「切なくて・・・」。
もう完全に主人公に感情移入している女性を見て、羨ましく思った。
たぶん「切ない」という感情は人間だけが持っている感情かもしれない。
「胸が熱くなり、切ない気持ち」文字には出来るが、実際には・・・。

豊かな感情のひとつ「切なくて泣ける生き方」はいかが?


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