「・・・だからルキアは、あいつに自覚症状がないか、聞いたんだな?」 だが、そう聞いた俺はまだまだ甘かった。事態はもっと、深刻なものをはらんでいたのだから。 「そうだ。まだこの部屋にいる時なら良いが、万が一外出先でそのような状況になってみろ、下手をすれば尸魂界にもあやつの存在が知られかねぬ」 「・・・・・!」 「貴様の死神代行許可も、取り消しになる恐れもある」 「なっ・・・!」 ルキアのあまりの言い草に、俺は思わず彼女の胸倉を掴んでいた。 「何だよ、それは!? ルキアはあいつを心配してたんじゃねえのか?」 それではまるで、人手不足だと言う死神を少しでも減らさないため、みたいに聞こえる。コンの寿命を案ずるのでは、なく。 だがルキアは、そう詰めかかられるのは予想していたのだろう。顔色こそ悪いもののひどく落ち着き払って、俺に静かに諭した。 「あやつは全て、覚悟の上だったぞ?」 「覚悟って・・・」 「だから貴様には、このことを聞かせたくはなかったのだ。やはりまだまだ、死神としての自覚と覚悟が足りぬ。 ・・・そういう意味では、まだコンの方が性根が座っていると見える。さすがに改造魂魄として、作られただけあるな」 振り払うのではなく、ゆっくりとした仕草で胸元を掴んでいる俺の手を外すと、ルキアは静かに語り始める。 「一護、貴様がコンのことを案ずる気持ちは分かる。そもそも今日(こんにち)のような状況になったのも、あいつの境遇に同情してのことだったな。ましてや長い間一緒に暮らしてきて、情も移ったのだろうし。・・・だが、逆の立場のことを考えたことはないのか?」 「逆?」 「仮にも貴様は、あやつの命の恩人だ。尸魂界の掟に反して、あやつを助けた。 ・・・もしそのことが尸魂界側に知られ、貴様が罰せられでもしたら、あやつがどんな気持ちになるか、考えたことはないのか?」 「・・・・・!」 ルキアの厳しい言葉に、俺は一瞬思い出す。 仕方なかったこととは言え、死神能力の譲渡と言う重罪を犯した、目の前のルキア。 こいつが俺を助けるために、何の抵抗もせず連行されて行くのを、ただ、見守るしかなかった、無力な自分を・・・。 あんな思いを、俺は、コンにもさせている、って言うのか? 「口でどれほど生意気なことをほざいておっても、コンは本音では貴様のことを慕っておる。そして、自分のせいで貴様が危険な目に遭うなど、きっといたたまれぬ。それに・・・朽木家と言う後ろ盾がある私とは違って、貴様は死神代行とは言え、単なる無力な人間に過ぎぬのだぞ?」 言い方は傲慢だったものの、俺にはルキアが言いたいことが良く分かった。分からざるを得なかった。 だって、俺はあの時いたたまれなかったから。ルキアが処刑されると知って、何が何でも、どんな手段を用いても助けたいと願い、ついには実行に至ったのだから。 だが、コンの場合は、俺とは違う。 あいつが今戦ってるのは、尸魂界の掟なんかじゃない。自分の寿命、と言う、いつかは必ず訪れる、逃れきれない運命。 人も死神も、不老不死ではありえない。改造魂魄って「モノ」も、いつかは寿命が尽きる。それはあいつにだって、ましてや俺にだって、そして死神であるルキアにでさえ、既にどうしようもないことではないか───。 俺は押入れの中で聞いた、コンの、らしからぬ殊勝なセリフを思い出していた。 『せめて俺からの、最後の思いやりってヤツ?』 どうしてもやり切れぬものを感じる俺に、それ以上論じても意味はないと察してくれたんだろう。ルキアは少しだけ笑みを見せて、こう言った。 「・・・大切なことを隠していて、すまなかったな、一護。だがこれは、今日明日の切羽詰った話ではない。遠い未来のことを、私たちだけでとやかく言う筋合いのものではないだろう。 ただ、そういう前提のことなのだと、心に留めておいてくれ。今は、それだけでいい」 確かに、あいつが既に覚悟を決めているんなら、俺が下手に騒いでも逆効果だろう。 だがそこで、ルキアの言葉に渋々頷きかけた俺は、急に背筋が寒くなるのを感じた。 無意識のうちに手で押さえているのは、さっき打ち付けた体。 打ち付けたのは、さっきまで眠り込んでいた押入れの壁。 その押入れの奥底で───俺は、俺は、何を見つけた!? 「待てよ、ルキア・・・本当にコンのヤツ、自覚症状ねえのか?」 「・・・何?」 「ルキアはあいつに、検査とかしたのか? それともただ、問診しただけなのか?」 「いきなり何を・・・」 眉をひそめるルキアに構わず、俺は再び押入れの中に入った。夢であってくれ、単なる心配のしすぎであってくれ、そう願いながら・・・。 だが、もぐりこんだその奥にあった2つのアイテムは、決して夢幻(ゆめまぼろし)ではなく。 夕日が眩しく差し込む部屋の中、俺はコンが隠していたものをルキアにも見せる。 「見ろよ、さっき気づいたんだ。2、3日前、あいつがここに持ち込んだヤツ」 「これ・・・は・・・まさか、記換神機と義魂丸!?」 「何で義魂丸が必要なんだよ? 俺はコンを、義魂丸の代わりに使ってるんだぜ? なのに今更こんなもん、何であいつが!?」 そう、通常の状況であれば、決していらないもののはず。 ・・・・・だが万が一、もしもの事態となっていたとすれば? 記換神機と義魂丸、その両方が必要となるではないか! 『そっか・・・覚えてたのか』 『井上さんからも、お前からお礼言っておいてくれよ』 必要以上にしがらみを作らないようにしていた、あの態度。 『もしあいつが、俺が・・・んだことに気づいたら、消してくださいね?』 そしてコンがルキアに頼んだ、あの言葉。 俺にはきちんと聞こえなかったけど、ひょっとしたらこういう意味だったのではないか。 もしあいつが、 俺が死んだことに気づいたら、 消してくださいね? 俺の記憶を、皆から───。 ルキアの顔色の悪さは、先ほど俺が盗み聞きしていたと悟った時の比では、なかった。 「そん・・・な、馬鹿な! だってコンは、ここしばらく一護の体には入っていなかったのだろう? 改造魂魄は本能で、人間の体を死に場所に求めるのだぞ!? なのにあやつは、このところずっとあのぬいぐるみのままでいたと・・・今は一護の代わりをする気分ではないと・・・だから私は・・・」 「正確には、1回だけ俺の体を預けたことがあったんだよ。 けどあいつ、勝手に俺の代行証を使って、自分で魂魄抜き取りやがったんだ」 「・・・・・・・・!?」 一見ワガママなコンがとった行動が、何を意味するのか───俺は最悪の結末を、想定せずにはいられない ルキアが改造魂魄の寿命について知り、現世を訪れるまでもない。 手段を選ぶ暇などなく、一刻も早く俺の体から抜け出さなければならぬほど。 そしていざと言う時のため、記換神機を傍らに置いておかねばいけないほど。 とっくの昔にコンの身に、壊れる自覚症状が現れていたとしたら───!? ここで改めて俺は、コンの不在に薄ら寒いものを感じずにはいられなくなった。 さっきまで一緒にいたルキアの話だと、今日は遊子と遊ぶ予定があると言っていたらしい。が、俺が直接遊子の部屋に駆け込んだが、遊子もあいつもいなかった。勿論他の部屋も探し回ったが、影も形もなく。 もし本当に、あいつに自覚症状が現れているのだとしたら、一刻も早く見つけ出さないと。さもなくば、あいつはもう俺たちのところへ戻ってこない気がする。 死を悟り、決して行方を告げず、ふらりと姿を消してしまう猫の如く───。 必死こいてあいつの僅かな霊圧を探っていた俺に、ルキアはハッとして叫んだ。 「浦原商店だ、一護! あやつは義魂丸も記換神機も、浦原のところで手に入れたはずだ!」 聞くが早いか、俺は代行証を使って直ちに死神化する。そして窓を飛び出し、浦原商店の方角をひた走った。 「待て一護、落ち着け!」 俺に追いすがったルキアが、俺に向かって懸命に訴えてくる。 「浦原のところへ向かったと言うのなら、まだ望みはあるのだ、だから冷静になれ!」 「望み? 望みって何だよ?」 「浦原が何も言わず、何も聞かずにコンへ、記換神機を手渡すことなどありえぬ。必ず理由を聞き出しているはずだ。それに、単に死に場所を求めるつもりなら、あいつは絶対浦原の元へなど行かぬ! 思い出せ、あやつは浦原に、一度破棄されかけたではないか! わざわざあの時の恐怖を、再び味わいに行くはずがなかろうが!」 走りながらも、絶えず辺りの気配を拾い上げる。あるいは浦原商店へ到達する途中で、あいつが行き倒れているかもしれないから。 「だからもし本当に浦原の元にいるのなら、それは全然違う理由になる」 「何だよ、その全然違う理由って!」 「治療だ! 浦原はあれでもかつては、改造魂魄を開発した技術開発局の長だったのだ。改造魂魄の仕組みを知っているのなら、延命治療が可能やも知れぬ! いや、きっとそうに違いない!」 そう断言しながらも、ルキアの横顔は今にも泣きそうだった。 「一護・・・」 「何だ」 「私は・・・コンにどう詫びればいい?」 「ルキア・・・」 「そんなつもりはなかったのだ。あやつに最後通告をするつもりなど、これっぽっちも。私はただ、せめて残された人生をせいいっぱい生きて欲しいと、そう言いたかったのだ。だから、そのための覚悟を持たせてやりたかっただけだった。なのに・・・」 ルキアの思いやりは、決して間違ってはいなかったんだろう。俺としては、納得出来ない部分もあるけれど。 だが、もし俺が同じくルキアの立場だったら、何かあいつに気の利いた言葉をかけてやれただろうか? せっかく破棄処分を逃れ、せいいっぱいに生きていたコン。 けれど俺は徒(いたずら)に、いつか必ず来るあいつの寿命を、ほんの少し先へと延ばしてやっただけに過ぎないんじゃねえのか・・・? 俺もルキアも瞬歩を使っていたから、本来ならそれほど移動時間はかかっていないはず。だが、浦原商店の建物が見えてきた時には、まるでやっとの思いで長旅から帰って来たかのような錯覚に陥っていた。 はやる気持ちを抑えつつ、上空から一気に店先へと舞い降りる。が、俺は即座に店内へと駆け込もうとした自分の体を、思わずたたらを踏んでその場にとどめていた。 「───いらっしゃい。黒崎さん。朽木さん」 何故なら、浦原商店の店長にして、元技術開発局々長・浦原喜助が、まるで、俺たちの到着を待ち構えていたかのような風情で、店先に立っていたから。 「浦原!」 「浦原さん!」 「随分遅かったじゃないっスか、お2人とも。コンさんを探して、ここへ来られたんでしょう? 折角アタシがあれこれと、手がかりを残してあげたって言うのに」 「手がかりだと?」 「そうっス」 飄々としたその態度からは、何を考えているのか全く伺えねえ。 「だって、良く考えてみてくださいよ? タダでさえ自由になるお金が少ないコンさんが、代わりの義魂丸だの、記換神機だの買えるわけ、ないじゃないっスか」 「なっ・・・・・!?」 「あなたがもう少し、彼の体調に気を払ってくださっていれば、こんなことにはならなかったんですよ? 黒崎さん。 もっとももう・・・今更何を言っても、仕方のないことっスけどね・・・」 え・・・? 何だと・・・? 今、浦原さんは俺に対して、何を言った? 混乱して頭がぐらぐらする。両足が、地に付いている気がまるでしねえ。 「仕方ないとは、どういう意味だ、浦原! まさか、まさかコンがっ・・・!」 動揺のあまり口も利けねえ俺に成り代わり、ルキアが血相を変えて浦原さんに詰め寄る。 が、彼は淡々とした口調で、義務的に俺たちへと告げたのである。 「・・・亡くなりました」 ≪続≫
それから、2、3日経ったある日のこと。 俺が夕方学校から戻ってくると、例によって例のごとく、コンは勝手に外出してしまった後だった。 あれからコンとは、ロクに顔を合わせちゃいない。俺も夜間の死神代行業がことのほか忙しく、加えてあいつが部屋にいないもんだから、自然とそうなっていた。 さっさと井上に、キャラメルの礼言っておけよな、全く───。 そう思いつつも、あいつが気が向かないと行動しないのはいつものこと。俺は大して気にも留めず、制服から私服に着替えながら自室の押入れを開けた。 季節は秋。衣替えの時期である。そろそろ冬服を出しておかねばならないと、クリーニングに出しておいた詰襟の制服に手を伸ばした、その途端。 ポロッ☆ 何の弾みか、詰襟のボタンが外れて落ちた。実に唐突に。 そしてそのまま、押入れの奥へとコロコロ転がっていってしまう。 詰襟のボタンは校章がかたどられたもので、他のもので代用できやしない。慌てた俺は急いで押入れへと上体を押し込み、ボタンを探すことにしたんだ。 が、どこをどう転がったもんだか、そう簡単には見つからない。仕方なく俺は、下半身まで体を入れてから、改めて押入れの中を探索した。 正直言って、押入れの中は狭い。子供の頃はそうでもなかったが、今の俺は成長期で、手足を折りたたまないと体が入りきらねえ。だから相当苦心して、手が奥の壁まで届くぐらいに体を突っ込む。 そうしておいて、大体ボタンが転がっていった方向へ手をくぐらせると、ラッキーなことにそれらしきものに指が引っかかった。 そのまま引っつかみ、手元に引き寄せると、まさにそれは制服のボタンだったのだが・・・。 「?」 どうも一緒に、引っ張り出してしまったらしい。見覚えのある薄い布が1枚、ボタンと共に俺の前に現れる。そしてその弾みで、何かがひっくり返る音がして、俺に舌打ちをさせた。 どうやらうっかり俺が触ったのが、コンの風呂敷だったから。あの夜、あいつが「触るなよ」とわざわざ念を押した。多分俺が引っ張ったせいで、中身を全部放り出してしまったに違いない。 ・・・わざとじゃねえからいいよな? 元に戻しておけば、あいつもそう目くじらを立てねえだろう。 そんな気楽な思いで、更に押入れの奥へと体を踏み入れた俺だったが、さて、とばかりに風呂敷筒の中身とおぼしきモノを目にした途端。 ───固い氷入りの水を猛烈な勢いで、頭からぶっ掛けられたような衝撃を受けた。 そこにあったのは、駄菓子の類ではない。それどころか、本来普通の人間だったらまず、手になんかできない代物が、2つもあったのだ。 1つは、まだ分かる。あいつは時々俺の体を使って、本当の俺ならまずしやしないことをしでかすことがあるから、その証拠隠滅のため。加えて俺も、一般の人間に死神としての姿を見られてはまずいんで、ひょっとしたら必要になるものかもしれない。 だが、もう1つは。こっちの方は。 あいつが───改造魂魄で、今は義魂丸の代わりをしているコンが、死神代行の俺の傍にいる限り、決して必要としないもの。 何でこんなものをあいつが!? 慌てた俺は、思わずその場で立ち上がってしまい。 ごいん☆ 頭を押入れの天井に打ち付け、その痛みと眩暈、そして・・・このところ連発してた虚退治の疲労も重なり、間抜けなことにそのまま俺は、押入れの中で気絶してしまったのである。 ********** ・・・頭の痛みが治まり始めた頃、俺は変な夢を見た。 窓の縁に死覇装のルキアが、コンと並んで座り、ひそやかな声で話をしている風景。 もうすぐ夜になるんだから、窓ぐらい閉めろよ、と言いたくなったが、どうせ夢だ。あいつらに俺の声は聞こえないだろう。 そう思いながら、俺はボンヤリとしたまま2人の会話を聞いていた。 『・・・では、まだ自覚症状はないのだな?』 『もちろん。俺はまだまだ元気ですって。恋にバカンスにと、人生満喫してますからv』 『それなら良いのだが・・・とりあえず、早く忠告しておくに越したことはないと思ったのでな』 『しっかし姐さん、何で今更そんなことが分かったんです? 俺たちの研究成果の書類って、みんな処分されたはずでしょ?』 『先日浮竹隊長の御供で、真央霊術院へ赴いたのだ。そこでたまたまな』 しんおうれいじゅついん? 何だそれ? 『とにかく、良いな? コン。代行とは言え死神である一護の、手を煩わせてはならぬぞ?』 『分かってますって。幸いあいつ、代行証は部屋に置きっぱなしにしてるし、いざって時は1人で抜け出せますから。ただ問題なのは・・・』 『そうだな。せめてその体の時に寿命が来れば、厄介なことにならずに済むのだが』 『そうなったら多分あいつ、2、3日は気づきませんよ。ニブチンだし。だから姐さん、その時は俺からお願いがあるんですけど』 寿命・・・? 誰の寿命が来る、ってんだ? 何やら物騒な話題を聞いているらしいのに、俺は大して驚いていない。 だって、これは夢だから。 『もしあいつが、俺が・・・んだことに気づいたら、消してくださいね?』 『コン・・・』 『一護のヤツ、何だかんだで甘いから。俺がそんなことになったら、きっとイヤな思いさせちまうと思うんですよ。なーんかそう言うの、結構うざったいしー』 ああ、やっぱりこれは夢なんだ。 うざったいとか言ってるくせに、何だよコン。どうして妙にそんな優しい声になってる? どうしてそんなに・・・哀しそうな声になってる? 『せめて俺からの、最後の思いやりってヤツ?』 コンが、あの生意気なぬいぐるみが、こんな殊勝なセリフを口にするわけ、ないじゃないか・・・。 ********** 「・・・・・・あれ?」 目が覚めたのに、周りは真っ暗だった。いつもだったら月や星の光で、うっすらと室内の様子が見えるはずなのに。 が、すぐさま自分が押入れにいたことを思い出し、慌てて外へ出ようとした俺は、再びうっかりと体を中で打ち付けてしまった。 「イテッ!!」 まだ頭じゃないだけマシとは言え、痛いものは痛い。患部を押さえつつ、這う這うの体(ほうほうのてい)で押入れから抜け出した、その時。 「・・・一護!?」 聞き覚えのある声が窓際から聞こえる。視線を転じれば、いつの間にか開けられた窓の縁に、死覇装がはためいているのが見えた。 ルキア、だ。俺に死神の力を与えてくれた恩人で、かけがえのない仲間。その彼女が、いつになく両目を見開いて、俺を見つめている。 「よ、よおルキア、久しぶりだな。またこっちで仕事か?」 押入れで体を打ちつける、なんてベタなことをしでかした気恥ずかしさから、無難な挨拶を手始めにしたのだが、ふと眉をひそめる。 ルキアの様子がおかしいのだ。わなわなと体を震わせ、何かを恐れているかのように見える。何があったってんだ? 「な、何で貴様が、そんなところから這い出てくるのだ!?」 「何でったって・・・押入れの中に制服のボタン、落っことしちまってよ。それを拾うために中に、入ってたんだけど」 「ずっとか? ずっとそこにいたのか? 貴様、気配を消すなどと言う芸当は、出来なかったはずではないか!」 「ええと・・・実はよく分からねえ、ってか。中で頭打ち付けて、あんまり痛かったからそのまま寝ちまってて・・・」 それがどうかしたか、と聞きかけて、俺の中で何かが引っかかった。 さっきのルキアの言動から察するに、こいつは俺がここにいようとは、思ってもみなかったんだろう。確かに俺は、所謂『霊圧垂れ流し体質』らしく、気配を隠すなんて真似は出来ないから、他の死神連中からは探査しやすい、って聞いてる。 それはいい。だがルキアがどうして、俺が本当はここにいたってことで、これだけ動揺するってんだ? ───その時不意に、俺の頭の中に浮かび上がるのは、先ほどまで押入れの中で見ていた夢の断片。 『自覚症状はないのだな?』 『その体の時に寿命が来れば、厄介なことにならずに済む』 『俺からの、最後の思いやりってヤツ?』 もし、万が一、あの時聞いた会話が、夢などではないとすれば───!? 俺は思わず、自分の激情の赴くまま、ルキアに問いただしていた。 「ルキア! 寿命って何のことだよ!? コンのヤツ、体調でも悪くしてるってのか!?」 「一護・・・聞いていたのか? さっきのあやつとの話を、全部か?」 「分からねえよ! しんおうれいじゅついんって何のことだよ? 自覚症状って何だよ!? あれってみんな、夢じゃなかったのかよ!」 「・・・・・・・落ち着け、一護」 青ざめちゃいたが、さすがに場数を踏んでいるだけ、ルキアの方が立ち直りは早い。「今日明日の話ではないから、とりあえず冷静になれ」と言い含めてから、俺に話してくれた。 「・・・別に改造魂魄に寿命があっても、おかしくなかろう。命あるものは必ず死に、形あるものは必ず壊れるのが、この世の習いなのだから。むしろ改造魂魄の方が、義魂丸よりも寿命は長い方なのだ」 「どういう意味だよ?」 「言い方は悪いが、義魂丸は消耗品だ。服用して役目を終えれば、そのまま体内で消化されておしまい。が、改造魂魄の方は戦闘用であるが故に、そして死体に入れると言う特質故、例え生きている人間が服用してもそう簡単には消化されぬ。・・・コンのようにな」 そう言えば、ルキアが以前使っていたチャッピーは、ルキアが義骸に戻ったら跡形もなくなっていた。アレはそういう意味だったのか。 俺が少しだけ落ち着きを取り戻したのが分かったのだろう。ルキアは一旦言葉を切り、部屋のベッドに腰掛けた。長丁場に備えるつもりなのかもしれない。 俺も、ちょうどルキアが見下ろす格好になる位置の床に、腰を下ろした。 「私も最近までは知らなかったのだ。・・・だが先日、浮竹隊長の御供で真央霊術院へ出かけた時、空いた時間を図書館で過ごすことになって・・・」 「だから、その、しんおう・・・って何なんだよ?」 「真央霊術院、だ。言ってしまえば死神の学校だな。だから現役の死神が講演に招かれることも、ままある。とにかく、私は待ち時間に図書館で書物を眺めていたのだが、その時偶然見つけてしまったのだ」 何を見つけたのか、は、さっき聞いたコンとの会話で何となく察せられはしたが、俺はそのままルキアに続きを促す。 「計画も存在そのものも破棄処分となってしまったはずの、改造魂魄を使用しての尖兵計画についての報告書を、だ」 「・・・・・・!」 「だが、書類が真央霊術院に残っていた、そのこと自体はありえない話ではない。要は、このような事情から尖兵計画は白紙となった、だから今後も決してそのような計画を起こしてはならぬ───そう、戒めるための道具として、だがな。現にその書類は、原本ではなく写しだったし」 「その中に・・・改造魂魄の寿命について、書かれていたんだな?」 「そうだ」 ルキアによると、多量に並べられた書籍をボンヤリ眺めているうち、何となく目に付いてしまったのだと言う。多分、間近に改造魂魄の生き残りがいるためだろう。 「そこには、こう書かれていた。・・・死体に入れた改造魂魄たちがこぞって、ある日突然体内で砕けて消滅してしまう、と」 「なっ!?」 「だから、話を最後まで聞け、一護。・・・さすがに何の前兆もなく、いきなり改造魂魄が壊れてしまったのでは戦いに支障をきたす。だから当時の研究者は、何とかして前兆を見つけられないかと躍起になってな。ストレス、使用時間、死体の損傷状態、気温湿度、戦闘状態など、ありとあらゆる条件から検証をしたんだ」 「検証、って・・・」 ゾッとする話だ。 死体を戦わせるって自体、胸糞が悪くなるってのに、当時の研究者は改造魂魄の寿命を知りたいがために、非道な実験を繰り返したってことか。 確かにこれでは、計画そのものが廃案になってもおかしくないぜ。 「結果分かったことは、意外にも単純なものだった。必ず改造魂魄たちには自覚症状があった、と言うものだ。だが、それを自分以外に悟られるのを拒んだ」 「・・・どうして?」 「悟られれば、ただちに体外に摘出されてしまう。研修者たちにとっては、折角の実験のサンプルを失うことになるからな。 だが、死体とは言え、折角手に入れた自分の体。『せめて死ぬ時は、尖兵とは言え人間の肉体のまま、人間として死にたい』───それが、死に掛けた改造魂魄たちの、全ての願いだったんだ。いや、本能と言っても差し支えないだろう」 そこまで一気に言い切ると、ルキアはハアッ・・・とため息をつく。 俺もそばで聞いていて、ものすごい疲労感を覚えた。 それだけの、極めて人間臭い理由を知るために、一体何万個の改造魂魄が実証実験につき合わされたのだろう。そして・・・人知れず死んでいったのだろう。 ───けれど、改造魂魄たちのその気持ちは、判るような気はする。 俺はきっと、あまり褒められた死に方はしないだろう。死神代行なんてやっているから。別にそのこと自体を、後悔するつもりはない。 けれどもし、自分のわがままが許されるのなら、死ぬ時には俺が愛した人たちに見守られて、自分の家で息を引き取りたい、と願う。 改造魂魄たちにとっちゃ、手に入れた肉体こそが、せめてもの自分の望んだ死に場所なのだろう。 ≪続≫
※今度劇場版が公開される、BLEA●Hの二次創作です。で、これは、誰が何と言おうとノーマル話です。一応一織前提で、ルキアと一護の関係はあくまでも家族感覚です、念のため。 いつか来たる結末、 されど遠い未来であれ(1) 変な例えで悪いが。 時々俺は、所謂『災難』とか言われるものには、ひょっとしたら意思があるんじゃないか、って思ったりするんだ。 何ていうか・・・一難去ってまた一難、ってヤツ? とんでもねえ出来事に出くわして、それを何とか解決して。気が緩んでヤレヤレ、と胸をなでおろしてた直後、その隙を見計らったかのごとく足元をすくっていく───そんな、悪意ある意思が。 むろん、それは人間の側の身勝手な言い分に違いない。 悪いのは、目の前に訪れたつかの間の平穏につい油断しちまう、人間の心の方なんだろうけどな。 ********* 「黒崎くん、今日黒崎くんのおうちに寄ってもいい?」 その日の放課後。授業も無事に終わり、後は家へ帰るだけだった俺に、遠慮がちに声をかけてきたのは井上だった。 啓吾辺りに聞かれたら大騒ぎされる、って心配がさすがにあったんだろうか。俺が校門を出、ちょうど啓吾たちと別れてからのタイミングで。 「へ?」 「あ、ち、違うの、遊びに行きたいんじゃなくって、ちょっと寄りたいだけ。用事が済んだらすぐ帰るから」 唐突な申し出で、戸惑う俺に慌てたんだろう。変な勘違いをしながら、井上はカバンの中から1つの可愛らしい包みを取り出す。 「ほらこれ、コン君が欲しいって言ってた生キャラメル! 2個セットで売ってたから、あたしの分と合わせて買っちゃったのv」 「・・・あーーー」 言われて思い出す。 以前何かの弾みで、俺と一緒にいたコンと井上が話をしていたことがあった。その時好きな食べ物の話になり、コンが「一度生キャラメルってヤツを食べてみたい!」って妙に力強い主張をしてたんだっけか。 そしたら井上がお人よしにも、「平日なら置いてあるお店があるから、今度買って来てあげようか?」なんて言い出して、2人してヤケに盛り上がってたな。 あれは確か、井上が虚圏へ浚われる直前の話。それからあまりにも色んなことがありすぎて、俺は完璧に忘れ果ててたんだが───井上のヤツはちゃんと覚えてたんだ。律儀なヤツ。 ちなみにコンは、さっきも言ったとおりキャラメルが好物らしい。で、俺はチョコレート。お互い好きな味覚が微妙に違うもんだから、たまにあいつ、俺が食いそうにもないお菓子なんぞを、俺が自分の体を預けている間に買ってきたりするんだよな(キャラ△ル■ーンとか)。こっそり押入れの奥に隠してるけど、バレバレだぜ。 そーいや、最近はあまりそういうことがねえな。さすがにあいつも、ぬいぐるみ姿で買い食いは出来ないってだけだろうが。 何とも複雑な気持ちを抱きつつ、俺は井上を連れて家へ帰った。むろん、玄関先で妹2人と親父に出くわしたせいで、いつもの恒例行事(詮索&覗き&盗み聞き立ち聞き阻止☆)を経た上で、自室へ彼女を上げる。 「お邪魔しまーす。コンくーん・・・あれ?」 予想通り、コンは部屋にはいなかった。 最近あいつは、やたらとアチコチへ出歩いてるらしい。それも、ぬいぐるみの格好のままで。代行証のお陰で、俺がコンを飲み込まなくても死神化出来るようになったからか、ちっとも家でじっとしてやしねえ。また泥んこのボロボロになっちまっても、知らねえぞ? 一方井上は、目当てのコンがいなくて、途端に落ち着かなくなる。 「あ、あの、そしたらあたし、帰るね? 黒崎君、悪いけどこれ、コン君に渡しておいてくれる?」 まるで逃げるように部屋を出ようとするもんだから、俺は泡を食って止めにかかった。 「ま、待てって。あいつもきっと、お前から直接手渡しでもらった方が、断然喜ぶと思うぜ?」 「え?」 「だ、だから、その・・・もうしばらく、そう、あいつが帰って来るまで、ここでゆっくりしていかねえか? も、もちろん、井上がイヤじゃなければ、の話だけどよ」 照れが手伝って、ついついそっぽを向きつつ、それでも俺は言うべきことは言う。 すると井上のヤツ、見る見る嬉しそうな笑顔になって、「うんっ!」と返事をしてくれた。 ・・・やっぱり可愛いな、畜生。 ちょうどタイミングよく遊子がジュースを持ってきてくれて、そのまま俺と井上はこの部屋でたわいもない話で盛り上がったのだった。 実は、あの虚圏の出来事をきっかけに、俺は晴れてこの井上と「お付き合い」している。 もともと、彼女から俺へ寄せられている好意が、ひどく心地のいいものだったことと、もう1つ。彼女の視線やら関心が俺以外の男に向けられる、ってものに、正直言って腹立たしさしか覚えることが出来なかったことで、そういう方面に疎かった俺でも自覚しちまったんだ。 自分が井上に惚れてる、ってことに。 皆と一緒に無事、虚圏から戻ってくることが出来てから、俺はなけなしの勇気を振り払って井上に告白したんだが───破面の連中と戦ってた時でも、あんなに切羽詰った気持ちになったことはねえ───、まあ、あれだ。 俺の言葉を全部聞き終った後の井上ほど、あれほど綺麗で嬉しそうな涙と笑顔を見せてくれたことは、きっとなかったな。自惚れでなく、そう思う。 結局コンのヤツは、俺が井上を引き止めている間には帰って来なかった。俺としては、思いもかけず長い時間彼女と一緒に過ごすことが出来て、良かったには良かったんだが。 帰り際。 「あの、よ、井上。今度はその、コンだけじゃなくて、俺に会いに来てくれたら嬉しいんだけど。ってか今度、俺もお前ん家に遊びに行って、良いか?」 さっきの勘違いだけはきっちり訂正せねば、と上擦る声を懸命に宥めつつ俺が告げた言葉は、それでも何とか井上に通じたみたいだった。 何故なら彼女は、ちょっと頬の辺りを赤く染めながら、弾けるような笑顔を見せてくれたから。 「・・・! もちろん! 遊びに来てね!」 ********* 井上が帰り。 遊子の夕食を皆で食べ、自室で寝るまでの時間を寛いでいた俺の耳に、奇妙な声と言うか、物音が飛び込んで来る。 「・・・しょ、うん、しょっと・・・」 ずりずり、と、何かが壁を登っているような音と、小さな息遣い。泥棒、と言う可能性もあるにはあるが、それにしちゃ重量が軽すぎるだろ、音から察するに。 ったく、やっと帰ってきやがったのか、コンのヤツ。 読んでいた雑誌を脇へどければ、目の前の、鍵のかかっていない窓がそーーっと開かれるのが見えて。更にそこから、見覚えのあるぬいぐるみのペタンコな体が現れたのを確かめてから、俺は強引に室内へと引きずり込んだ。 「わわっ、何だ何だ!?」 「何だじゃねえよ。今何時だと思ってやがんだ、コン」 「一護!? いきなり何しやがんだよ、吃驚するじゃねえか」 いつもの喜怒哀楽の激しさで、俺の同居人・コンは人の親切? を罵りやがる。 「何しやがる、じゃねえよ。夕方まで井上が、お前のこと待ってたんだぜ? いつもは何も言わなくても井上のところへ行きたがるくせに、何で今日はいやがらなかったんだよ」 「へ? 井上さんが、俺に何の用だ?」 「前にお前、生キャラメルが食いてえとか言ってただろうが。今日手に入ったからって、わざわざ届けてくれたんだぞ?」 自分は貰えなかったやっかみも半分込めて、可愛らしい包み紙に包まれた生キャラメルをコンに押し付ける。ご丁寧にも『コン君へv』て書かれた手作りカードまで添えられてやがんだよな、これ。 「・・・・・?」 この時、俺は少しだけ違和感を覚えた。 てっきり「井上さんがこの俺様のために〜vv」とか何とか感激しながら喜ぶだろう、と思っていたのに、何故かコンが一瞬黙り込んだからだ。そして受け取った贈り物をしばらくじっと見つめていたのだが、「そっか・・・覚えてたのか」とポツリ、呟く。 その口調は、もちろん嬉しさも込められていたものの、妙に静かで、どこか空虚なものをも感じさせるもので。 ようやっと顔を上げた後、コンが俺に向かって言い放った言葉に、俺は更に驚くこととなる。 「・・・悪かったな、一護。それと、ありがとな。井上さんからも、お前からお礼言っておいてくれよ」 「はあ? あのなあ、俺に言付けてどうするんだよ。いつでも良いからお前が直接、礼言えっての」 詫びやお礼は、出来るだけ人を介さず、直接本人へ。それが人に対する、最低限の礼儀ってもんだろ。 大体、何かすると井上に会いたがるのだから、口実を作ってやりさえすればコンは自主的に会いにいくだろう───そう踏んでいたのに。 予想に反してコンのヤツ、やけに冷え冷えとした視線を俺に浴びせやがった。 「一護、お前なあ・・・折角俺様がチャンス作ってやってるのに、何ボケたこと言ってやがるんだよ?」 「チャンス? 何のだよ」 「お前が井上さんに会いに行く口実、だよ。あーやだやだ、これだからお子ちゃまは」 「余計なお世話だ☆ 大体俺は、今日帰り際にちゃんと、井上とまた会おうって約束してんだよ」 「ほーぅ、おめーにしちゃ上出来じゃねえか。彼氏になりゃ、さすがに甲斐性も出てくるってもんだな、おい?」 「うっせ。とにかく、井上にちゃんと礼言えよ?」 「・・・・・・」 「返事は?」 「わーったよ。そのうち礼言いに行くって」 ・・・何でそこで、いかにもめんどくさそうな言い方をするんだよ、この野郎。井上の好意が重荷とでも言いてえのか? 俺のもやもやした心境をよそに、コンは「あー疲れた」と言いながら、背中に背負っていたものを床に降ろす。見ればそれは、風呂敷包みだった。 ああなるほど、だから家の壁を登ってくる時、少しだけ手間取ってたのか。 ・・・じゃなくて。 「お前まさか、どっかでお菓子でも買い込んできたのかよ? ああ、だからか? 折角買って来たお菓子が食べられなくなるから、井上から貰ったキャラメルがあんまり嬉しくなかった、ってか?」 「え?」 「けど、ちょっと待て。お前、そのぬいぐるみの格好で、どうやってお菓子買うンだよ?」 「あ、いや、その・・・」 「って、そんなの分かりきってるか。浦原商店なら、その格好でもOKだもんな」 「・・・・・・。分かってるなら、最初から俺に聞くなよ一護。大体、何だよその態度。てめえで聞いといて、てめえで答えんなって。質問の意味、ねえじゃねえか☆」 イヤ、質問しながら理解する、ってこと、日常でも結構あるだろうがよ。 もっとも、俺のそんな受け答えがコンには気に食わなかったらしくて。 「もー何でもいいから、寝るっ。俺の荷物触るなよ?」と風呂敷包みを引きずりながら、押入れへと引っ込む。 どうも最近、反抗的だよな、コンのヤツ。俺がコンなしでも、代行証で死神化できるのが、よっぽど気に食わねえんだろうケド。 実際、虚圏から戻ってきてからこの方、ほとんどコンに体預けたこと、なかったしな。一度だけ預けたことがあったけど、あの野郎、置いていった代行証勝手に使って抜けやがったし。夜でこの部屋だったから良かったものの、もし他のヤツに見られてたら救急車騒ぎだったぞ、アレは。 押入れの中からごそごそと言う音が聞こえていたけど、それもほんの数分のこと。そのうち唐突に静かになったから、俺はコンがそのまま寝入ったのだろう、と判断したのだった。 やっと訪れた、平安な日常。 いつも通りの、穏やか・・・と言うのとは少し違うが、死神代行を務めながらの、毎日。 以前とは多少の変化はあったにせよ、それらは俺が目くじらを立てるほどのものでは、決してなく。 ・・・だけど。 俺は後日、心底悔いる羽目に陥るのだ。 この夜、僅かながら現れていた違和感に気づいていながら、何の手立ても打たなかった、自分を。 ≪続く≫
最近すっかり、怠け病にとりつかれてるちゃんちゃん☆ です。 妄想することは、いっぱいあるんですけどねえ。・・・ええ、JOJOの第4部の公式小説とか、露伴センセの短編とかのせいで、すっかり現在第4部ブームになってますよ。ちょっとだけ文庫本の方も、買っちゃったしい。 そのうち、ネウ■の続き放りだして、(健全モノだけど)康一の話書くかもしれませんが、笑って許してやってください。
ども。久しぶりにこっちの更新する、ちゃんちゃん☆ です。 とーとつですが今、ネウロにハマってます。元々WJでの連載開始当時から、面白いと思ってましたv(読みきりバージョンは知らない) 会話のテンポがよろしいのと、キャラクターの妙が理由でしょうね。 で、この度単行本一気読みをしてたら、つい思い浮かんだ話があったので、書いてみることにしました。放映中のアニメでもちょうど、クライマックスに差し掛かる頃ですし。 時期は電人HAL編の設定です。既に誰かが書いてるかもしれませんが、「あの」後、どうやって弥子たちが空母から引き上げたのか、自分なりに納得したかったのともう1つ。この設定で、弥子が警察関係者にいかに認められる存在になったのか、を書き上げたかったんで。・・・・・まあ要するに『弥子・皆から溺愛』状態を、無理のない設定で書いてみたかった、ってことになるのかな(^^;;;) 尚、吾代氏はマイカー破損による傷心中のため連絡が取れず、登場しません。あしからず。 どーでもいいが、相互リンク先にコラボとは言え、ネウロ扱ってるサイトさんがいるんだよなー。反応がちょびっと怖かったり☆ ************* 『笛吹刑事に、外線からお電話です』 その連絡を内線で受けたのが指名された笛吹直大本人ではなく、彼の部下である彼、筑紫候平だったのは、偶然と必然がもたらす結果に過ぎない。 ───人間は、無力だ。 それは学生時代、尊敬する先輩の身に降りかかった暴虐に対して、どうすることも出来なかった当時の筑紫が、心底思い知らされたこと。 だが、それから約10年たった今───あの時とはまた別種とは言え、同じような深刻な無力感に、よもや再び打ちひしがれることとなろうとは。 現在東京湾内に停泊中の、某国原子力空母 ハーヴェイ・オズワルド。 かつての被爆国であり、放射能汚染の恐ろしさを最も知る国民と言っても差し支えないのが、ここ日本だ。にも拘らず、その都心に居座るその原子力空母は、こともあろうかプログラム人格と言う名のテロリストが、支配してしまっている状態である。 向こうのご機嫌を損ねたが最後、日本はおろか近隣諸国すら滅亡してしまう恐怖に、国民はなすすべがない。イヤ、どこの国の強力な軍隊でも、手をこまねくしかないであろう。 あいにく、筑紫は警察官だ。空母に直接どうこうできる立場ではない。それは防衛庁に任せておくのが妥当で、自分たちには自分たちの果たすべき役目が待っている。だから、電子ドラック中毒者やそれに便乗した犯罪者等を取り締まることに、上司の笛吹共々奔走するしかなかった。 もっとも、自分たちはまだマシな方なのだろう。何も出来ず恐怖に駆られるしかない一般人や、その逆に、厳戒態勢で待機を余儀なくされている自衛官たちの極限状態での緊張から比べれば。 その日。 夜になって東京湾は突如、大恐慌の真っ只中に放り込まれてしまった。 防衛庁のお偉方曰く「現状を把握できないどこぞの阿呆」が、こともあろうに空母へ攻撃を仕掛けたからである。それも、同じ空母でならともかくも、たかだか軍事ヘリ一機による砲撃十数発で。 責任問題を問おうにも、自衛隊がその暴挙を確認した時既にそのヘリは空母からの砲撃で撃沈した後で、機種も国籍も判明できず。誰が何を目的に攻撃を仕掛けたかは、結局謎のままに終わった。 救世主を気取るヒーロー志願者か、あるいは派手な道連れを切望する自殺志願者か。 いずれにしろ、その何者かは一瞬のうちに撃沈されてしまったから、悔いは残したくても残らなかったろう。が、そんな感傷に浸る暇なぞ与えられなかったのは、遅れをとったその他大勢の人間たちの方である。 何せ、件のテロリストこと電人HALが自分たちに要求したことの1つは、「私と私を積んだ原子力空母に、決して危害を加えないこと」だったから。それが何者かの暴挙で踏み躙られた今、怒りに駆られた電人HALがいつ原子炉が破壊するか、分からないではないか・・・! 恐怖のあまり自宅に篭城した者は、まだおとなしくていい。だが、国外へ逃亡すべくと封鎖中の空港に詰め掛けた者、ヤケを起こして略奪や暴動を起こす者、それらに追随して起こる事件事故を処理すべく、警視庁及び警察庁は全人員を持って奔走する羽目に陥った。 それは当然、筑紫や彼の上司である笛吹も同様で。直接現地へ出向くことこそないものの、警視庁にて人事配置や情報収集にかかりっきりになっていた矢先だったのだ。 こちらからかけるのが主だった電話の、呼び出し音が鳴り響いたのは。 「どちらからの電話ですか?」 たまたま電話の近くにいた筑紫が、何の気なしに受話器をとって応対する。 『探偵の桂木弥子、と名乗る少女からです』 「・・・・・桂木探偵が?」 意外な相手に、筑紫は思わず鸚鵡返しになる。 他の部下に指示を出し、送り出したところだった笛吹もそれを聞きとがめたのだろう、苦々しい表情を隠そうともしない。とは言え、門前払いもどうかと思ったのか、軽く頷いて同意の意思を示す。 それを受けて「分かりました。繋いでください」と言った筑紫だったが、返って来たのは内線からの重苦しい沈黙。 「・・・? 何か問題でも?」 『そ、それが・・・この電話をかけてきたのが、あの空母ハーヴェイ・オズワルドかららしくて・・・』 「何だって!? オズワルド空母から!?」 今まさに騒動の渦中にあるあの空母から、何故桂木探偵が電話なぞ? さすがの筑紫も、あまりに想定外の事態に混乱せずにはいられない。つい棒立ちになったまま握り締めていた受話器を「貸せっ!」と笛吹に奪い取られてから、やっと正気を取り戻す体たらくだ。 そんな部下の様子を一瞥する一方、笛吹は電話のスピーカーホン機能を作動させ、筑紫にも会話を聞けるようにする。本来なら、いわば素人である探偵と馴れ合うようなことはしない彼だ。当然、電話でのやり取りを他人に聞かせるなど、論外のはず。が、今は彼と筑紫以外の人間が全て出払っていることもあり、構わないと踏んだのだろう。・・・それだけの信頼関係を、筑紫は笛吹との間にはぐくんで来ている。 筑紫が電話の会話を聞く体制になったのを確認の上、笛吹は受話器の向こう側に話しかけた。 「私だ、笛吹だ、桂木弥子。貴様どうして、オズワルド空母になんぞ潜り込んでいる?」 『ええっと・・・話せばちょっと長くなるんですけど・・・って、あれ? どうして笛吹さん、私が空母の中にいるって分かるんです?』 聞き覚えのある桂木弥子の声には、怯えや恐怖と言うものはあまり感じられない。傍で耳を済ませていた筑紫は、ほっと胸をなでおろす。 聞こえてくる彼女や上司の声の反響具合から察するに、どうやら電話はだだっ広く静かな場所から繋がれているらしい。 「一応貴様も、警察に悪戯電話をかけたことなどない、善良な市民らしいな・・・。警察で受ける電話には普通、逆探知装置がついている。発信元がどこか調べることなど、ワケもない」 『あー、そういえば刑事ドラマとかで見たことあるような・・・って、それどころじゃなかったんだった。 あのですね』 どうやらここからが本筋と、筑紫は視力に神経を集中する。が、さすがに彼も、弥子がこう続けるとは思いも寄らなかった。 『その・・・ここの空母の電人HALは何とか、私とネウロで止めるのに成功しました』 「・・・・・・・・・・・は?」 それはどうやら、彼の敬愛する上司も同様らしい。 「止めた・・・?」 『で、何人か怪我人出てるから救急車の用意・・・・・って、痛い痛いネウロ、分かったから引っ張らないで!』 「ちょ、ちょっと待て。貴様今、止めたと言ったのか? 電人HALを?」 『はい。もうここの空母には危険はないはずです』 「・・・・・・・・・・・・」 『そ・・・それで、私たち折角こっちに来たはいいけど、帰りの足がなくって・・・。済みませんけど、誰か私たちを車で迎えに来てもらえませんでしょうか?』 ************ ───数分後。 筑紫は自分の運転する車に笛吹を乗せ、ハーヴェイ・オズワルド空母が停泊する東京湾へと急いでいた。 その途上、笛吹は携帯電話で防衛庁と連絡を取り、自分たちが空母までスムーズに通行できるよう、手はずを整えてくれる。ただ単に迎えに行ったところで、厳戒態勢中の港へ入れるはずもないからだ。 だが笛吹はその一方、警視庁の上層部への連絡は事後承諾で良い、と突っぱねた。 「あの老いぼれどもに報告したら、早く進むものも進まん。やれ責任問題だの、順序がどうのだの、ひょっとしたら罠だの慎重にせねばだのと、滞るに決まっている」 「そうですね・・・」 あの時聞いた弥子の声は、確かに怯えこそなかったものの、どこか力がなかった。かなりの極限状態でいる以上、蓄積する必要のない疲労がたまっているのは当然のこと。なのに、警察側の都合で徒(いたずら)に待たせるのも酷と言うものだろう。 だから筑紫も、笛吹に付き合うことにしたのだ。他の人間を関わらせるつもりは、毛頭ない。わが身可愛さに上層部に媚を打つ人間を頼んでも、足を引っ張られた挙句に空母までたどり着けなくなるのがオチではないか。 ───第一、桂木弥子たちと何度か顔を合わせ、お互い何となく知っている自分たちの方が、彼女も心強いと思うし・・・。 ちなみに筑紫も笛吹も、罠の可能性はほぼゼロと考えている。いくらエリートと言えど、現在の笛吹は単なる一警官に過ぎない。そんな人間を誘い出したところで、いまや無敵と言っていい電人HALに何か利があるとも思えない。 そうこうするうちに、筑紫たちの車は無事東京湾へと到着した。警備中の自衛隊の連中に身分を明かし、そのまま通してもらう。 空母が真正面に見える場所で、筑紫は車を止めた。程なくして笛吹が、素早く静かに車から降りる。 その場にいる皆が固唾を呑んで見守る中、笛吹は携帯電話を取り出し、さきほど警視庁へかかってきた電話へとコールした。 コールが1回・・・2回、で、向こうが受話器を取る。 『・・・笛吹さんですか?』 夜遅く静かな東京湾では、携帯電話の小さな声でも良く響く。確かに、桂木弥子の声だ。 「ああ、そうだ。私と筑紫とで迎えに来てやった。助手共々、さっさと投降して来い」 『ええ!? 笛吹さんじきじきに? 忙しいのに、別の人に任せても・・・』 「では聞くが、貴様が知らない人間に迎えにやっても、貴様はそいつを信用してすぐさま投降できるのか? あいにくお前の他の顔なじみ連中は皆、動けんしな」 『そ、それは確かにそうなんですけど・・・って、ちょっとお!』 そこでいきなり弥子の声が途切れるものだから、筑紫たちも自衛隊員たちも思わず緊張したものの。次に聞こえてきたのは筑紫も聞き覚えのある、あの妙に物腰の綺麗な助手・脳噛ネウロの声だった。 『ではこれから、僕と先生とでそちらに向かいます。くれぐれも撃たないでくださいね?』 『コワイコト言わないでよ、ネウロ!!』 誰が撃つか! と笛吹がツッコむ前に、電話はあちら側から切られた。 そうして───いつの間にか静まり返った空気の中、向こうから静かに聞こえて来たのは、2人分の靴の音。 それなりの体重があり、歩幅が大きい人間のものと。明らかに軽重量で、軽やかな感じさえする子供のもの。その2人分の足音がゆっくりと、こちらへ近づいてくる。 コツ・・・・・コツ・・・・・コツ・・・・・。 周囲に控えているのは、防御服やら盾やらで重装備の自衛隊員たち。かく言う筑紫たちも念のため、防弾チョッキを身に着けている。 だのに今、空母ハーヴェイ・オズワルドから現れた2人は、明らかに場違いな、無防備な姿だった。 この真夏にきっちり黒手袋をはめ、スーツを着込んでいる青年の方はともかく、少女の方は、ごくごく普通の薄手の夏服に、いかにも華奢な体躯を包んでいて。 少なくともたった2人きりで、テロリストに支配された空母に乗り込んだとは思えないぐらい、あまりに涼やかで頼り無げな姿だった。 彼ら2人がこちらへ歩み寄って来る間、筑紫は身じろぎもせずとにかく、彼らの様子を観察する。 ───間違いなく、脳噛ネウロと桂木弥子だ。多少の汗や砂埃にまみれてはいるが、外見上怪我をした様子はない。服装の乱れも、無い。表情はかなり強張っているが、心配したほどの怯えはない。 周囲に気を払いながらも、筑紫は顔なじみ2人の無事に、ホッと胸をなでおろした。その雰囲気に気づいたのか、ふと弥子がこちらを見やる。 が、筑紫とまっすぐ目が合った途端。 ガクン! いきなり弥子は膝から、その場にしゃがみこんでしまった。そしてそのまま、立ち上がれなくなる。 「先生!」 「桂木探偵!?」 「あ、あれ・・・? な、何か変だな。いきなり足とか、何か、重くなっちゃって・・・ゴメン、さっきまでちゃんと、歩けたのに・・・」 そう言いながらも、段々途切れ途切れになっていく彼女の声。目も、どこかうつろになって行って。 そのまま力なく、頭から倒れるところを、ネウロが優雅な仕草で抱きとめた。 「桂木探偵!」 「ああ・・・大丈夫ですよ。多分、笛吹刑事たちの顔を見て安心したから、緊張の糸が切れちゃったんでしょう。結構ハードスケジュールでしたし」 「本当に大丈夫なのか? かなりぐったりしているが」 「ご心配なく。先生は僕が体を張って、ちゃんとお守りいたしましたから。その代わり、空母にいた隊員さんたちとかちょっと怪我させちゃいましたけど、まさか過剰防衛とか言いませんよね?」 ニッコリ、と胡散臭い笑顔を見せるネウロに、笛吹は渋い表情になる。・・・いかに有能で狡猾な弁護士でも、主張できるはずがない。空母に配属された隊員全員に襲われた2人が、必死に抵抗した結果が過剰防衛だ、とは。陪審員も満場一致で、正当防衛を認めるだろう。 分かりきったことを論じるのは時間の浪費。それ故にだろう、笛吹がネウロに尋ねたのは別のことだった。 「・・・では、今なら空母の中は自衛隊でも制圧できるというのだな?」 「ええ、多分。でも急いでくださいね? 一応皆気絶はさせましたけど、時々タフな人はいるものですから。彼らが正気を取り戻す前に、早いところ確保しちゃってください。 あ、それと、先生がおっしゃってましたが、電人HALから電子ドラックの正式なワクチンを預かっているそうです。まだスーパーコンピューターの中ですが、そちらも確認した方がよろしいですよ?」 「ワクチンだと!? それを早く言わんか!」 笛吹がそう怒鳴ると同時に、待ち構えていた自衛隊員が一斉に空母の中へと駆けて行く。連絡を受け、救急車がサイレンの音と共に駆けつける。 東京湾は今までの静けさが嘘のように、ひどくあわただしくなった。 ネウロは優しい仕草で弥子を担架に横たえた後、彼の手当てをしようとする救急隊員を断って、笛吹たちの前に立った。 「まことに申し訳ありませんが、しばらく先生をお預けしてよろしいでしょうか? 笛吹刑事。僕はこれから、色々とやらなければいけないことがありますので」 「やらなければいけないこと? 探偵を放ってか?」 「要は事後処理ですよ。こればっかりは、他人を当てなど出来ませんから。・・・では、先生をよろしくお願いします」 そう告げるが早いか、ネウロは足早に歩き出す。筑紫も慌てて彼を止めようとしたが、ちょうどそこに目ざといマスコミ関係者が現れ、ネウロの姿を見失ってしまう。 「質問に答えてください! 自衛隊が突入したということは、何か進展があったということですか?」 「先ほど東京上空で起きた爆発は、このことと何か関係があるのですか?」 「何か教えてくださいよ!」 「ノーコメントだ! 今は一切応えることが出来ない!! 後で正式発表を行うから、それまで待て!」 怒涛のごとく押し寄せるマスコミを何とか巻いて、筑紫は笛吹を車に乗せ、発進させる。その後に、弥子を乗せた救急車が続く。 しばらく沈黙が続いた後、笛吹は眼鏡越しにこめかみを押さえながら、独り言のように呟いた。 「・・・つまりあの助手は、あのマスコミ攻勢からも探偵を守れ、と言いたかった訳だな?」 「そのようですね。確かにその方が安全ですし、どっちみち警察の方で桂木探偵を保護しておいた方が、二度手間にならないでしょう」 「色々聞かねばならないことがあるからな。面倒なことだが・・・とりあえず当面の危機は去ったのだから、贅沢は言えまい」 どこか安堵感を滲ませた声で、笛吹はそう告げ、再び黙り込んだ。筑紫も、それきり運転に専念した。 長い一日の、始まりである。 ≪続≫ ******* ※本来だと案外空母の中って治外法権とかで、自衛隊とは言えどもそう簡単に入れないのかもしれませんが、まあ緊急事態だ、ってことで。それにしてもこの連載当時はまだ、防衛「庁」だったんですなー。読み返して見ると。・・・まあこの方が、フィクションとして都合がいいかも。 注意:この作品の無断転載及び盗用流用等、断固禁止いたします。
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