茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)後編(シリーズ最終話) ここにあたしが来てから、そろそろ半刻(約1時間)ほどが経つ。 最初はあたしの存在を気にしてた大工たちも、自分たちの仕事に没頭し始めるやいなや、逆に部外者は他所へ行ってくれ、とばかりの視線を向けてくる。 まああたしとしましても、このままずっとここに居続けるつもりもなかったから、そろそろ立ち去る頃合かも知れない。 「・・・ところで御厨さん」 新築中の家から歩み去り、周囲に他人がいないことを見計らってから、あたしは小声で御厨さんに話しかけた。 「何ですか?」 「あたしの顔の、この大げさな布切れ、もういい加減に剥がしたいんですけど。痒いし、蒸れるしで、気色悪いったらありゃしない」 「ダメです。あれから『やっと』一月(ひとつき)ですよ? ほとぼりが冷めるまで我慢してください」 「『もう』一月、って感覚ですけどね、あたしに言わせてみれば」 ───実は。 あたしが怨霊の勇之介に襲われて焼いてしまったお肌のうち、一番目立つ顔の火傷の方は瘡蓋もきれいに取れ、とっくに完治してしまっているのである。それもこれもあの美里藍と涼浬が、惜しげもなくお薬をバンバン使って看病してくれたお陰らしい。 ただし、手や足の方は未だに瘡蓋も、ヒリヒリした感触も残っているけど、そっちの方は仕方ないでしょ。動かすのには支障がないんだし。 とにかく、折角治ったんだから隠してないで、ご自慢の玉の肌をさらしたい気分になるのは当然のこと。 ・・・なのに、気が利かないんだから。御厨さんの堅物っ。 「いけません。あと半月はそのままでいて欲しいと、美里殿からの伝言です」 「ええ〜〜〜」 漢方薬の匂いがキツイんだけど。鼻が曲がりそうだわ。 かなり恨みがましい目を向けられても、さすがに御厨さん。そう簡単に折れたりはしない。 「・・・榊さんは覚えていらっしゃらないようですが、お顔に大火傷を負った榊さんは、お屋敷へ運ぶまでかなりの数の人間に見られてるんですよ? 本当ならそう簡単にあの大火傷が治るわけないのに、不自然じゃないですか。 お屋敷内の人間なら口裏も合わせられるでしょう。しかし、単なる通行人の目を誤魔化すのは、実質上不可能ですから」 「そ、それはそうだけど・・・だったらどうして、美里藍たちは真っ先に、こんな目立つところの火傷を治したのよ?」 ウカツもいいところじゃない、と口にしたところ、御厨さんは珍しく呆れたような顔になった。 「あの状況では実際問題、どこかの火傷を完全治癒しておかないと、手当てするにも榊さんのご体力がもたないだろう、と言うのが美里殿の診立てだったんです。それはご理解いただけますね?」 うっ☆ た、確かにあたしは御厨さん辺りとは違って、長期戦向けの体はしてないわよ。 「あ、あたしが聞きたいのは、どうして顔を治したの、ってことなんですけど?」 「榊さんが一番納得されると思ったからです」 「・・・・・・・・・・は?」 それってどういうイミ?? 「体力を消耗されているのが見るからに分かったので、一刻を争うと言うことになったんですが。あの時榊さんは、お考えがあって『火傷を治すな』と言われたのでしょう? ご本人に聞くのが手っ取り早かったんでしょうが、あの後榊さん意識をなくされたから、そんなわけにもいかなかったし。だから、 『今勝手に治しても、後で榊さんにさほど文句を言われない箇所』はどこかって、あの時居合わせた人間で話し合ったら、全員一致で 『顔!』 と言うことになりまして」 「・・・・・・・・・・・・・」 「蓬莱寺辺りなど、榊さんは何を差し置いてもまずは絶対に顔を庇うだろうから、一番最初に治るのが顔の火傷だったとしても、きっと誰も違和感を覚えないだろう、とまで・・・」 「分かったわ。もういいです。それ以上は説明しないで頂戴な」 あなたたち、あたしを何だと思っているんですか・・・☆ 妙な脱力感に囚われて、あたしはつい額に手をやらずにはいられない。 そりゃあねえ。 それはまあ確かに、もしあの時お夏がいるっていう緊急事態じゃなかったら、あたしは何を差し置いても自分の顔を庇ってましたよ。それは自信を持って言えます。 ・・・・・だけど。 御厨さん1人に言われたんならいざ知らず、あの場に居合わせた《龍閃組》の連中全員に指摘されたって、一体・・・☆ 本当のことを言われたとはいえ、何だか癪に障るのって別に、被害妄想でも何でもないわよねえ・・・。 「ま、まあ良いわ。皆があたしの顔を、宝物のように大切に考えてくれていた、って考えれば、腹は立ちませんしね」 あたしが苦し紛れにそう言うと、御厨さんの顔ったら、いつもあたしが見慣れてる『げんなり』としたのになったわ。 ふふ、いい気味かも。この唐変木はいかにも武士らしく「男は顔じゃない」って思ってる男だから、こういうやり取りには慣れていないのよねー。 この際だから、もう少しからかっちゃいましょv 「何嫌そうな顔してるんですか、御厨さん」 「い、いえ、別にそういうわけでは」 「いけませんよ。いつもしゃんとしてなさいな。いくら男は顔じゃないからって、身だしなみを怠る男がモテるワケでもありませんからねえ。お凛にそっぽ向かれても知りませんよ」 「お凛は人間を外見で推し量るような、安易な女じゃありません」 ───あら、そう来たか。 まあ確かにあのお凛だったら、男の顔より生き様で、伴侶を求めそうだわね。 でも御厨さん、あなた分かってるの? それって自分がお凛に惚れてるって、暗に認めているようにも解釈できるわよ。 ヌケヌケと惚気ているんだったら朴念仁にしては粋、ってところなんでしょうけど、きっと自分でも気づいてないわね。武士の情けで、気づかなかったことにしてあげましょ。 ああ、あたしってば何て部下思いの上司でしょ、なんて1人で陶酔していたあたしに、 「そう言えば」 と、御厨さんが今思い出した風に打ち明ける。 「外見云々で思い出しましたが、あのお夏ちゃんから伝言があったんでした」 え? あの子供があたしに? 何伝言したんだろ。・・・思い当たる節がないわねえ。 困惑するあたしを他所に、御厨さんは明らかに苦笑、と分かる表情で続けた。 「いえ、ほんのささやかなことなんですけどね。 『お夏を助けてくれて』『おとうを庇ってくれて』『そして、勇之介ちゃんときちんと話をしてくれて、ありがとう』って言ってましたよ。 それと・・・外見は全然だけど、どこか気弱そうなのに勇気があるところはそっくりだそうですよ。勇之介に、榊さんは。このご恩は決して忘れない、ってことです」 「べ、別に子供に恩義感じられても、あたしは痛くも痒くもありませんからね。そ、それに、き、気弱そうだってのは余計ですよ」 と、つい照れ隠しに言いはしたけれど。 お夏からのその伝言こそが、あたしにとって、この事件で一番の収穫だった。 ホント、今日は空が隅々まで晴れ渡ったいい天気ですこと。 今日みたいな時こそ、いつもの習慣を復活させないと嘘ってモンよね。 「御厨さん、どうせだからこれからちょっとあたしに付き合いなさいな」 「どこへお出かけになられるんです?」 「向島の長命寺。久しぶりにあそこの水ですっきりと顔、洗いたい気分なんですよ。きっと火傷の治りかけにもいいでしょうしねv」 「お供仕ります」 そう言って。 あたしと御厨さんはゆっくりと、向島目指して歩き出したのだった。 これで全て、一件落着〜!! ≪終≫ ※お・・・終わった・・・何とか「血風帖」発売日前に、発表できた〜!! でもこれが実は「外法帖」本編の「邪」Diskにて、榊さんがカケラも出てこなかった理由だ、ってこじつけたら、怒ります?? イヤ、大火傷をして家から出られない状態だったから、主人公たちの前に姿を出さなかった、とかねv それにしても。「血風帖」に榊サンは登場できるのでありましょうか? 御厨さんは登場する、ってどこかで聞いた覚え、あるんですけどねえ。
茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)前編 ※このシリーズもやっとこさ、最終話に差し掛かりました! 物語で言うところの「エピローグ」的な話であります。 手元のログを見たところ、このシリーズをレンタル日記で始めたのが2002年03月04日(月)とのこと。つまり、足かけ2年以上趣味の世界を、もたもたと書き進めていた計算になるんですねえ・・・(ーー;;;) ついでに言うならば、このシリーズを最後に更新したのは去年の暮れギリギリだったから、モロ半年更新滞らせていた計算になります。ラストは大まかな内容、大体決まっていたと言うのにねえ。何モタついていたんだか・・・。 まあでも、無事終了するめどがついたことだし、終わりよければ全て良しv ってことでvv(←自分で言うな☆) では、また後書きで失礼します。 ********************** それは、青く澄んだ空がとても高く感じられる日のこと。 コ・・・ン、コ・・・ン・・・。 木槌の打ち下ろされる音。 大勢の男たちが働きながら発する声。 そして、カンナをかけられたばかりの木材から漂ってくる、それは良い香り。 何かが新しく生み出される時・独特の空気って、心地よい感じがして結構好きなのよねえ・・・。 「ここにいらっしゃったんですか、榊さん」 街の一角で、大工たちが忙しく立ち働く姿を何とはなく眺めていたあたしに、無粋な声がかけられる。 もちろん、声の主は御厨さん。 「何か御用ですか? あんまり怪我人をこき使ってほしくはないんですけどね」 そう返すあたしの体は、あちこちお薬の匂いのする布が、巻かれたり張られたりしている。ことさら顔はと言えば、頬から顎の辺りにかけてピッチリと布で覆われていて。 御厨さんみたいな「体力馬鹿」とは違い、見るからに荒事には向かない人間がそんな格好をしてると、どうやら相当目立つみたい。さっきから大工たちの遠慮がちな視線が、チラチラと向けられて来てるから。 そんな大工たちの視線を気にしつつも、御厨さんは生真面目にも返してくる。 「いえ、用というわけでは・・・大体榊さん、今療養中でしょう」 「・・・さては母上が押しかけて来たのね? まーた盗賊改に文句言いに来たってトコロ?」 「ご心配されているんですよ。やっと起き上がれるようになったところなのに、あちこち出歩かれて、悪化させるんじゃないかって」 おやおや、母上ったら随分昔と態度が違いますこと。 やれ、もっと男らしくしなさいだの、剣術もまともに使えない武士など情けないだのと、煩かったくせに。 あたしが何とも言えない自嘲を浮かべる意味に気づいたんだろう。珍しく御厨さんは気の利いた言葉をかけてくる。 「文句を言えるのもお互いが元気であればこそだ、と分かられたからではありませんか? 大体、榊さんが担ぎこまれた時のあの方のご心配ようと言ったら、並大抵ではありませんでしたから」 そ、そんなこともあったかしら? ・・・まあそれが事実だったとしたら、あの時一番母上に噛み付かれたのは、他ならない御厨さんですからねえ。実感としてしみじみ言いたくなる気持ち、分からなくはないわよ。 ************************* あの時───あたしが疲労と、火傷の痛みに耐えかねてその場に崩れ落ちてから、実はまた一波乱あったのである。(とは言っても、別に怨霊がらみとか、《鬼道衆》がらみの騒動じゃないんだけど) とりあえず動かしても大丈夫なくらいにと、美里藍によってよくワケのワカラナイ応急措置を施されてから、あたしは自分の実家へと担ぎこまれた。 その時、たまたま屋敷内にいてあたしを出迎える格好となった母上は、と言えば、あたしのあまりに惨い火傷の具合に、その場で卒倒。 さすがに父上は元・盗賊改与力だからそんなことはなくて、ただちにお医師を呼ぼうとしたわ。ただ、一緒に着いて来た美里藍や涼浬とか言う女たちが、自分たちの方が事情を把握しているからこのまま治療を続行する、って主張したんだけど。 父上はともかく、その後何とか意識を取り戻した母上が、それに噛み付いたらしいのよねえ。曰く「町医者の風情が武士の手当てをしようなぞ、身をわきまえろ」って。 そのうち母上の焦りは、そのまま部下の御厨さんへと向けられて。 「お前たちがついていながら、茂保衛門にこのような火傷を負わせるとは何事ですか!」 って怒鳴りつけたらしい。あたしが覚えてる限りじゃ見たこともない、狼狽顔で。 御厨さんは御厨さんで、母上の言うことは至極ご尤も、ってただひたすら平伏するばかりだったんだけど。 自分の無能さを侘びて切腹しろ、とまで御厨さんに言い出したもんだから。 「部外者が勝手に口を挟むじゃねえっ! 火附盗賊改には火附盗賊改の事情があるのに、事情も知らねえヤツにとやかく言われる筋合いがどこにあるってんだっ!!」 って、あ・た・し・が、起き上がりざま母親を叱り飛ばした───って言うのが、その時やっぱりそう叱り飛ばそうとした父親から、聞いた話なのよね。 でもこのあたしが、よ? 自分でも信じられないわ。あの日気絶してからのことって全然覚えてないし、言うだけ言ったらまた気絶したみたいだから、何か情けないような気がするんだけどね。 とにかく、あたしのその言葉に父上も後押しされるところもあったようで。 未だ身分違いがどうのとゴネる母親を一顧だにせず、美里藍たちをそのまま主治医として屋敷に上げて手当てを続けさせた、って聞いてるわ。 まあそれには御厨さんが、美里藍がよく自分たちも世話になっている町医者で、腕前も信頼がおける、って口裏合わせてくれたお陰もあったらしいけどさ。 (与助が後で教えてくれたの。あのクソ真面目な親分が、あんな嘘を口にするなんて思わなかった、ってね) もしあのまま、事情を把握していない別のお医師に委ねていたら、おそらくあたしはこうして生きてなんていなかっただろう───それが、父上を筆頭としたあの場に居合わせた人間の意見だ。 もちろん御厨さんも、あたしが屋敷内で臥せっている間、ただぼんやりとしていたわけじゃない。 「小津屋で焼死した正体不明の怨霊が、当日小津屋を訪問しておきながら偶然助かった2人を妬んだ挙句、次々に襲った」 「挙句、世間全部を怨んで長屋を火の海にすべく出没したが、火附盗賊改が何とか撃退した」 って言う『事実』を世間に公表し、事後処理もその通りに進めたの。 ただ。 予想通りと言うか、まるでどこぞのよく出来たお芝居のごとく事件が解決したってンで、不審に思った人間がいなかったわけじゃない。町人よりそれはむしろ、町奉行をはじめとする武士側で。 でもそれはさすがに、与力であるあたしが怨霊に襲われて大火傷を負った、って事実がものを言ったわ。 以前与助が言ってたけど、どうやら世間一般からのあたしの評価って 「焼け死んでお顔に惨い火傷でも残ったりしたら、うらめしや〜〜って化けて出るかもしれない」 って感じのもンだったのよね。 だから、自慢の玉のお肌をしこたま傷つけられたって言うのに、あたしがそのことについては何も言及していないってことで、妙に納得したらしいわ。どうやら裏はなさそうだ、って。 ったく・・・喜べばいいのか、人を何だと思ってるのか、って怒ればいいのか・・・☆ ****************************** とは言え。 今回のこの事件、完璧に全て丸く収まった、とはいかなかったのよねえ。 「そう言えば榊さん。彦一とお夏ちゃんは、無事向こうに着いたらしいですよ。陰ながら送り届けた涼浬が、そう言っていましたから」 「・・・それはよかったわ。近頃あちこち物騒ですからね」 そもそもあたしが、こんな痛い思いをしてまでお芝居を打ったのも、全ては世間の目を彦一・お夏父子から逸らすためだったんだけど。 巻き込まれた格好の二人としては、だからってそれで全てを忘れて元通り、と言う気持ちにはなれなかったみたいなの。《龍閃組》の連中がアレコレと慰めていたらしいけど、人の心ってそう簡単に癒されるものでもないらしいわ。 それであの父子が採った選択が、全てを引き払い、江戸から生まれ故郷へと帰ること、だったの。とりあえず昔馴染みも何人か残っているはずだし、何とかなるだろう、ってことで。 出立の日、江戸の外れまで二人を送っていった《龍閃組》の心中たるや、そりゃあ複雑なものだったらしいわ。 けれど、彼らに深々と頭を下げた元・油売りの彦一は、きっぱり、こう言ったって話よ。 「亡くなっていった方々のためにも、勇坊のためにも、絶対にお夏を不幸にはしやしません」って。 ・・・今となっては、彼のその言葉を信じるしか、方法はないだろう。 華のお江戸は、あいかわらずアチコチで物騒な事件が起きている。 江戸中を震撼させた今回の事件も、解決してしまった今となっては人々にとって、そのうち忘れられるものの1つになってしまうに違いない。 特に、この事件を担当した火附盗賊改・自体が解体され。 悲惨な火付けの舞台となった小津屋ですら、こうして新しい建物へと生まれ変わってしまう、と来れば。 けど、あたしは絶対に忘れやしない。 儚く亡くなっていった、優しくも哀しい姉弟がいたことを。 彦一やお夏、《龍閃組》や《鬼道衆》の連中だって、そうだろう。 だから・・・きっとそれでいいんだと思う。 あたしが何となくしみじみとした気分になっていると、御厨さんが奇妙なことを言い出す。 「涼浬で思い出しましたが・・・彼女、そのうち時間が空いたら榊さんに折り入って聞きたいことがある、って言っていましたよ」 「は? 何それ」 「さあ・・・よく分からないのですが、骨董屋の爺さんと会ったことがあるのか、としきりに聞いておりました」 骨董屋の爺さん? ・・・ああ、例の《鬼道衆》とあたしが初めて会った時、鍛冶屋の二人の子供をやたら庇ってた、あの爺さんのことかしら? そういえば涼浬って、骨董屋もやってるって話だったわよね。ひょっとしてそっち方面の事情とか。 商売敵? それとも、実はかなり昔に生き別れた肉親、だったりして? とは言うものの、このご時世ではお互いいつ時間が空くか、分かったものじゃないけどね。あまり当てにしないでほしいものだわ。 〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)後編 へ続く〜
と言っても、別にこのレンタル日記を閉鎖するとか、そういうことではありませぬ。気軽にUP出来ると言う利点は、HPにはないものですから。 それにここ「エンピツ」って、1日辺りの文章収録容量がデカいんですよね。おまけに記録をずーっと保存しておいてもらえる、と言うのは非常にありがたいvv そのうち、フラッと文章書きたいな、って時にまた更新する予定です。 ちなみに、HOMEの方に流彩小説新作1本UPしました。これはあいにく、こちらにはUPしない予定です。宜しかったらHOMEの方へおいで下さい。 BY.ちゃんちゃん☆
※とりあえず、このような決着と相成りました。 まあ本来の火附盗賊改方が、ここまで町人に対して実直だったかどうかは分かりませんが、1人くらいいても良いんじゃないでしょうか。 ********************* 「なっ!?」 あたしの言うことが思いもよらなかったに違いない。《龍閃組》も《鬼道衆》も、当然御厨さんも絶句していたみたいだ。 しょうがない。やっぱりここは、ちゃんと説明が必要と見た。ふらつく頭を堪えながら、あたしは床に手をついて何とか体を起こした。 「・・・良く考えて御覧なさいな。仮にも人を2人も死傷させた怨霊を、こちら側に1人の怪我人も出さずに退治した、なんて、そうそう信じてもらえるはず、ないでしょうが。不審がられるのがオチだわ。下手をすれば痛く・・・はあるけど痛くもない腹をさぐられて、ここの父娘のことを部外者に知られでもしたら、あたし今度こそ勇之介に呪い殺されちゃいますよ」 「・・・勇之介? さっきからお前ら、あの怨霊のことそう呼んでるけど、一体何者だったんだよ?」 蓬莱寺が余計な茶々を入れたことと、先ほどの美里藍が事情を把握していないらしいこと、これらの2点からあたしは察した。 ───どうやら彼ら《龍閃組》は、この件が小津屋大火に端を発していることを未だ知らないのだ、と。 やはりこうなると、《龍閃組》の権限で今件の全てを誤魔化す、と言う奥の手を使うわけにはいかないだろう。 「後で御厨さんにでもお聞きなさいな・・・ともかく、こちら側が誰1人傷ついてないってことは、今回の事件で何か隠してるから疑ってください、って言ってるようなものなんですよ」 そう言ったところで、珍しく御厨さんが話に割って入って来る。それも、かなりあせった顔をして。 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まさか榊さん、最初からそれを狙って、あえて火傷を負ったとか言わないでしょうね?」 「見当違いなこと言わないで頂戴っ! 大体何の義理があって、赤の他人のためにわざわざあたしの自慢のお肌を痛めなきゃいけないのよっ!?」 「をいをい・・・☆」 「今、思い切り本音ぶちまけやがったな・・・☆」 蓬莱寺と風祭が揃って呟くのが聞こえ、あたしは慌てて体裁を取り繕い、コホン、とわざとらしい咳までしてみせる。 「・・・アレは単なる条件反射ってだけです。ただ、この状況をうまく取り込むことにこしたことはないでしょうが?」 「はあ・・・」 「話が逸れたわね・・・あたしが言いたいのは、万が一にもどこぞの無能者がやっかんで、妙な方向にツッコまれでもしたらどうするんですか、ってことなんです」 「どこぞの無能者、って・・・御厨、榊の言ってること、妙に説得力あンだけどよ、以前よく似たようなことでもあったのかよ?」 「さあな」 いつもは正直者の御厨さんだけど、さすがに今日は見事なまでに心の内を読ませない表情になっている。 あたしも蓬莱寺の言うことには取り合わないで、話を進めることにした。 「この際だから言っておきますけどね、《龍閃組》。あんたたちは真相を知っても表向きには、何も知らなかった、で押し通しなさい? この件は、小津屋で焼死した正体不明の怨霊が、当日小津屋を訪問しておきながら偶然助かった2人を妬んだ挙句、次々に襲った、ってことにするつもりなんですから」 「小津屋? 小津屋って、あのおろくって女(ひと)が火をつけたって言う、あの・・・?」 記憶力が抜群らしく、美里藍は「小津屋」って言葉に即座に反応を示すけど、あたしは構ってなんていられなかった。 ・・・そう。実はここからが正念場。あたしはこれから、一世一代の大博打を張らなきゃいけないんだから。それも、恐ろしくつわもの相手に。 「そう言うわけですから。・・・さっさと今のうち、応援が来ないうちにさっさとこの場を立ち去りなさいな───《鬼道衆》」 「・・・・・・・っ!?」 今日何度目かの絶句。 だけど今ほど、一同を驚かせた発言はないと断言できるわ。 だってあたしや御厨さんは知っている。感情的になった桔梗が勇之介に<力>を与えなければ、今回の騒動は引き起こらなかったであろうことを。 《龍閃組》は何となく察している。今回の騒動の裏で、《鬼道衆》が暗躍していたことを。 それなのに、諸悪の根源ともいえる《鬼道衆》を、今、ここで逃がすと宣言したようなものなのだ。それもよりにもよって、盗賊捕縛がその任のはずの火附盗賊改方与力が。・・・火傷のせいで脳でもやられた、と思われても仕方のないことだろう。 でも、あたしはまともだ。いたってまともだ。こんなにマジメなことは一生涯なかった、って胸を張れるほど。 「し、仕方ないでしょうが? あたしは言ったでしょ、今回の一連の騒動が、勇之介の復讐劇だったってことを表ざたにするわけにはいかない、って。・・・つまり、《鬼道衆》が勇之介をそそのかしたって事実自体、なかったことにしなきゃいけないのよ。分かる?」 「分かるって・・・」 呆然とうめくように言ったのは、御厨さん。・・・まあ、無理はない話なんだけどね。常識派の彼にとっては、さきほどから想像を絶することの連続でしょうから。 一方、蓬莱寺辺りはむしろ憤然としてあたしに反論してきた。 「榊お前、自分の言ってることがどんなにアブネエことなのか、ちゃんと分かってるのかよ? こいつらがもし、事件の真相を世間に公表でもしたら、一番立場が危うくなるのは他でもねえ、お前なんだぞ!? 火附盗賊改が悪人と手を結んだ、って言われたら、どうするつもりだよ!?」 ───そのくらいのこと、あたしが考えないとでも思っているんですか? あたしはよっぽどそう主張したかったものの、今はそれどころじゃない。緊張と疲労の折り合いがつかなくなってきたらしく、視界がグワングワンと回り始めていたのだから。 でも今は具合が悪いことを悟られるわけにはいかないのだ。弱音を見せたら、それでこの賭けは失敗する。 そして、当の《鬼道衆》にも、あたしの提案を疑問視するやつがいるわけで・・・。 「そんな胡散臭い手に、誰が乗るか馬鹿野郎! 何を企んでいやがる!? 俺たちの弱味でも握ったつもりか? 後で俺たちに何か汚ねえ仕事でもさせる気かよ、そうはさせるか!」 そう言うが早いか、血の気が多い風祭はあたしに殴りかかろうとした。 が、横合いから伸びた手が、それを阻んだ。───予想通り、九桐である。 「止めろ風祭。榊殿にはそんな心積もりなどないはずだ。・・・多分な」 「何でそう言い切れるんだよ? あいつは幕府の犬なんだぞ? 俺たちを一旦退散させておきながら後を尾けさせて、俺たちのアジトを突き止めて襲う、ぐらいのこと、俺でも想像つくんだぜ?」 「後を尾けさせる、か・・・」 ここで九桐は何故か、あたしに向かって何故か複雑な感じの笑みを見せた。 だがそれはすぐに消える。どうやら風祭を説得しようとしているらしい。 「風祭、お前は覚えているか? そこの榊殿と我ら《鬼道衆》が、初めて相対したのことを」 「忘れてなんていねえよ。無実の罪で捕まえられてた鍛冶屋に、会いに来た子供たちを会わせてやるためにドンパチやったんじゃねえか。・・・ったく、このお堅いお役人が、決まりだ何だって会わせてやらなかった挙句の果てに、弁護に割って入ったなが・・・骨董屋の爺さんまで、とっ捕まえようとしやがったんだからな!」 「え・・・」 聞き捨てならないことを耳にしたと、御厨さんがあたしに問い返してくる。 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 榊さん、《鬼道衆》とコトを交えたことがおありなんですか!? 聞いていませんよ、私は!」 そりゃまあ・・・教えてませんから。 でも厳密に言えば、あたしはうっかり御厨さんの前でバラしてるんですけどね。さきほど、小津屋の焼け跡で、こいつらに相対した時に。『よくもおめおめとあたしの目の前に顔を出せたものですねっ!』って。・・・まだ気づいてないのかしら? だが御厨さんの言ったことは、九桐にある程度の勢いをつけたようだ。 「だそうだ、風祭」 「だそうだ、って・・・何のことだよ?」 「お前はさっき『後を尾けさせて、俺たちのアジトを突き止める』と言ったが、それはまずありえない、良い証拠だと言う意味だ」 「どこがだよ?」 「考えてもみろ、俺たちが榊殿と相対した時、我らはしっかりと名乗っているのだぞ? 《鬼道衆》だ、と。もし榊殿が、お前の言うとおり卑怯でズルい人間なら、とっくにその時に尾行されていると思わないのか? 幕府の過失を隠し、全ての罪を我らに押し付けるために。 ・・・だが実際はどうだ? 鍛冶屋はあの後ちゃんと赦されたし、正しい処罰は下された。それにあの日我らが一旦引き上げる時、誰か・・・榊殿の手のものらしき人間でも後を尾けて来ていたか? 来ていまい? それどころか《鬼道衆》と一戦やらかしたこと自体、隠滅させられている感じだ。何しろ一番の腹心といって良い御厨殿が、そのことを知らないのだからな」 「あ・・・・・!」 「誰がそんなことをしたのか? ・・・決まっている。その当時指揮をとっていた、榊殿だ。実際、あの戦いでは死者どころか、ロクに怪我人も出てはいないしな。誤魔化そうとすれば何とでもなる」 九桐ってばよくもまあ、そこまでスラスラと言葉を並べ立てられますこと。・・・結構鋭い推理ではあるけどね。 思いもよらない方向から固定概念をひっくり返され、茫然自失になっている風祭。けど、凝り固まった考えを変えることなど、そうそう認めたくないようで。 「そ、そんな馬鹿なことがあるかよ!? あいつは幕府側の人間なんだぞ? そんなたわ言、俺は信じられねえぞ!」 ───別にアンタに信じてもらいたいから、そうしたわけじゃないわよ。 あたしの心のツッコみをよそに、九桐は尚も言葉をつなぐ。・・・半分はオロオロになっている風祭を、からかってる風だけど。 「では風祭、さっき榊殿に出くわした時はどうだった?」 「どうだった、って・・・」 「勇之介の怨霊の件が、我らの仕業と知った時、榊殿は何と言ったか、覚えているか? 風祭」 その質問に答えたのは、だが風祭ではなかった。 「『見損なったわ《鬼道衆》。あんたたちはやっぱり、鬼でしかないのよっ!』・・・だったね」 さきほどからずっと黙っていた、桔梗の声が聞こえる。 「桔梗・・・」 「見損なった、って言葉は、一旦はあたしたちを見直していないと出やしないよ、坊や。多分榊はあたしたちがあの時、鍛冶屋父子を会わせてやりたくて一戦交えた、ってことに気づいてたんだ・・・そうだろう? 九桐」 「ああ。多分、我らが牢屋に兄妹を連れて行った時、こっそり後を尾けていたんだろうな。2人に危害が加えられるのではないか、と危惧して」 「そ・・・そりゃあの時、誰かがコソコソ着いて来てたことは俺も勘付いてたけどよ・・・まさかこいつだっただなんて・・・何でだよ? あの時、俺たちが手下たちを倒したら、一目散に逃げちまったじゃねえかよ・・・」 そ、そういうこともあったわね☆ 自分の過去の臆病さを悔いながらも、注意深く伺っていたあたしに、ついに勝利の神様が舞い降りた。 九桐が、桔梗が、渋る風祭を宥めて、戦線離脱を宣言したからだ。 「提案は承知した。今日のところは榊殿、貴殿の顔を立てて引き上げることにする。 ・・・だが、そうそう2度目があるとは思うな?」 そう言って。 彼らは裏口からすばやく、音もなく退散して行ったのだった。 ・・・彼らが出て行ってからしばらくの間、あたしも、他の皆も声がない。 「ちょ、ちょっと皆! さっき屋根の上走って行ったの、《鬼道衆》じゃなかったの!? 一体何があったのさ!?」 部屋に入れなかったことで、蚊帳の外に置かれた形になる桜井小鈴がそう言いながら飛び込んで来る。 それであたしたちは、《鬼道衆》が本当に引き上げて行ったことを知ったのだけれど。 「マジかよ・・・あいつら、大人しく引き上げて行ったぜ?」 「戦わずして相手を引かせる───理想にして最も難しい戦法の1つですね。見事です」 蓬莱寺と涼浬がそう言っているのが聞こえたけど、あたしは既にまともに体を起こしてなどいられなかった。 <引いた・・・《鬼道衆》が本当にあたしの言葉に乗って、ちゃんと退散していった・・・。一度はコテンパンにやられたことのある、あの《鬼道衆》が・・・。それも、今度は誰も怪我していないじゃない・・・。 ははは・・・少しはあの時から進歩した、ってことかしら・・・?> 「良かっ・・・」 「榊さんっ!?」 上司の様子がおかしいことに気づいた御厨さんが、焦った声を繰り返すのを聞きながら。 あたしの意識は急速に、暗闇の中へと堕ちて行ったのだった・・・。 ≪続≫ **************************** ※や・・・やった・・・2003年中に何とか、ここまでたどり着けた・・・! 後は終章を残すのみです。ここを読んで下さる方が一体何人いらっしゃるかは知りませんが、どうか最後までお付き合いください。 だけど終章書けるの、一体いつになるだろう。出来たら『血風帖』発売までには何とかしたいものですけど。
※ぬわんと、今回はキリの良いところまで書いたせいで、恐怖の3部作と成り果てました。とにかく長いです。時間のあるときにお読みください。 ************** 「・・・そうよ。死んだ人間は好き放題して後は知らん顔、で良いけど、い、生きてる人間は、その、後始末しなきゃ、いけないでしょう、が・・・。 いい? あんた、を、見殺しにしたあの2人への、あんたの復讐を公にすることは、すなわち、結果的に火事現場へ、あんたを連れて行ったお夏の父親をも、世間の非難の暴風にさらすってことは、分かりますよね? そんなことになったら、あんたの好きなお夏も、間違いなく、不幸になるってことも。 ・・・それを防ぐには、この、一連の怪奇事件の、原因を適当、に、火附盗賊改方たるあたしたち、が、ごまかす必要がある、ってわけ。 ・・・なのに、肝心のあたしが、あんたへの恨み、云々なんて言ってたら、誤魔化、せるものも、誤魔化せなく、なるじゃないの・・・だから、あんたのしたことは、忘れてあげますよ・・・も、ものすごく、不本意、なんだけどね・・・ま、まあもっとも、あんたとしても、笹屋と岸井屋の罪を、世間に表ざたに出来ないって条件付だから、少しは、溜飲が、下がるってものだわ。 ・・・と、とにかく、あんたは、あの2人への恨みを、忘れなさい、な。あたしも、あんたにしでかされたことは、なるべく、忘れて、あげますから。 これは、交換条件よ。あんたが、いっぱしの男のつもりなら、そのくらい、できるでしょう、が・・・。」 よくもまあ我ながら、苦しい息の下、こうも屁理屈がこねられたものだと思うわよ。 でも火傷の痛みでいい加減、思考能力の方もおかしくなりそうだったんだけど、それでも根性出してあたしは、そう言い切ってやった。 しばしの沈黙の後。 ───忘レル・・・? アノ2人ガ僕ヤ姉上ヲ陥レタコトヲ・・・? 勇之介がポツリ、とそう呟くのが聞こえた時、あたしは失敗したかも、と覚悟せずにはいられなかった。 だって、そもそも勇之介が怨霊に成り果てたのだって、笹屋と岸井屋への恨みのためだったんですもの。それをまた彼が持ち出したってコトは、再び堂々巡りの始まりだって思うじゃない。 でも、今回は違った。勇之介が次に口にしたのは、ずっと穏やかな言葉だったから。 ───僕ガ忘レタラ・・・オ夏チャンハ救ワレルノ・・・? ソウスレバ姉上モ、浮カバレルノ・・・? 「勇之介ちゃ・・・」 お夏が何か言いかけるのを懸命に押しとどめて、あたしは何とか請け負った。 「多分、ね。それにこのコだって、あんたが、恨みに縛られてる、怨霊でいつづけることこそが、辛いに違いないでしょうから」 ───・・・・・・・。 再び沈黙が落ちた。 がそのうち、見る見るうちに室内の禍々しい空気が薄れていくのが分かる。殺気とか、恨みとか、そんなドロドロした感情から、勇之介が開放されたかのように。 ───・・・シテクダサイ・・・。 唐突に、勇之介は呟いた。 ───コレ以上・・・僕ガ何カヲ恨マナクテ済ムヨウ、僕ヲ成仏サセテクダサイ・・・。 勇之介がそう懇願したのは、当然あたしではない。自分に<力>を与えた元凶の桔梗に、彼は相対していた。 だけど、折角ご指名された桔梗や風祭たちは、と言うと、当惑の色を濃くしている。 それはそうだろう。確か彼らはあたしと御厨さんに言っていたもの。『たとえ本人がしたいと望んでも成仏は出来ない』って、はっきりと。 かと言って、それをこの場で宣告することが憚れるのは確かだ。やっと勇之介自身が悔い改める気になったって言うのに、ここで成仏出来ない、なんて言って御覧なさいな。今まで以上に荒れ狂うことになったら、目も当てられないじゃない。 『おい、何か良い方法はないのか?』 勇之介に聞こえないくらいの小声で、御厨さんは九桐たちに問い正す。 『そ、そんなこと言ったってよお・・・』 『以前お政を成仏させたのは、あたしたちの力じゃなかったしねえ・・・』 『アレと同じ方法を取ろうにも・・・奈涸がいるならともかく、ここにいる連中で変装の名人なぞ、いないようだしな・・・』 そうやって。 あたしには意味不明な言葉が飛び交ってはいるものの、どうやら解決法が見つからないことだけは把握し始めた頃、だった。 「ね、ねえ、どうなったのさ京梧、榊さんたちは無事なの? 炎の鬼はどうなったのさ?」 「こ、こら小鈴殿、いくら妖気が薄れたからと言っても・・・」 「そうよ小鈴ちゃん、私たちが勝手に入ったのでは皆の邪魔になるわ」 外で待機していたらしい《龍閃組》の残り3人、桜井小鈴、醍醐雄慶、美里藍が、表の木戸からそっ・・・と顔を覗かせた。 一瞬、あたしが勇之介に確約した『今件のもみ消し』のことが部屋の外にいた住人にも漏れたんじゃ、と危惧を抱いたけど、それは杞憂に終わりそうだわね。 どうやら3人は、室内の雰囲気を敏感に感じ取って危険はないものと判断しただけ、みたいだから。でなきゃ「炎の鬼がどうなった」なんて間の抜けた質問は、出てきませんものね。 とは言え。 とりあえず絶体絶命の状況から脱しはしたものの、予断を許さないのは事実で。 「お前ら・・・今取り込み中なんだよ、いいから表のみんなを宥めていてくれって・・・」 呆れ半分、いらだたしさ半分の京梧がそう言いかけたのを、意外な存在が遮った。 ───ア・・・姉上・・・? 蓬莱寺言うところの『取り込み中』の最大の要因である、勇之介だ。彼は今までになかった唖然とした様子で、開けられた木戸の方を見つめていたのだ。 彼の視線の先に立っているのは、どうやら美里藍のようだけど・・・。 途端、あたしの側にいた《鬼道衆》が、小声ながら騒ぎ出す。 『ちょ、ちょいと八丁堀、勇之介の姉君って、美里藍に似てるのかい?』 『あいにく知らん』 『おい、大事なことなんだよ。もし似てるんだったら、うまくすれば勇之介を成仏させてやれるかもしれねえんだって』 『そ、そう言われても・・・俺は結局、おろくには会ったことがないんだ。多分榊さんも』 『こうなったら、2人が似ていることを望むのみだな・・・』 彼らの会話から察するに、どうやら美里藍は、勇之介の姉・おろくと似たところがあるらしい。 ・・・けどだからって、どうなるってえの? どうやって成仏できるって言うのよ? 《鬼道衆》が出来なかったことを、《龍閃組》なら出来るとでも言うわけ? あたしの懸念と皆の期待を他所に、当の美里藍は勇之介の存在に気がついたらしい。自分は桜井小鈴を止めていたくせに、まるで引き寄せられるかのように中に入って来た。 そして。 「・・・ごめんなさいね・・・」 焼け爛れた顔の勇之介に相対しても目をそらすことなく、美里は慈愛に満ちた悲しそうな表情を怨霊に向ける。 「あなたが苦しんでいるのが分かるのに・・・私には何も出来ない・・・ごめんなさいね・・・」 そう言って、懐から取り出した綺麗な手ぬぐいで、勇之介の目の辺りをぬぐうようにした。 どうしてそんなことを? 背後から見守る格好となったあたしたちはそう怪訝がったが、じきに理由が分かった。 勇之介は泣いていたのだ。はらはらと、大粒の涙をこぼして。 ───ゴメンナサイ・・・僕ガモット強カッタラ、姉上ヲ守ッテアゲラレタノニ・・・。 美里は何も言わない。ただ黙って、勇之介の言葉を聴いているだけ。 ───ズット謝リタカッタンダ。最期マデ心配カケテゴメンナサイッテ・・・デモ、モウ心配シナイデイイカラネ、姉上。 言って勇之介は柔らかに笑んで見せた。そう、焼け死んだ時の焼け爛れた顔ではなく、おそらくは生前のままの、結構端正な顔立ちで。 ひょっとしたら・・・あの焼け爛れた醜い顔は、恨みに縛られた象徴だったのではないか、とあたしは埒もなく、そう思えてならなかった。 そして、おそらくは生前と同じ優しい目線を、勇之介は今度はあたしの抱きかかえたお夏へと向けたのである。 ───ゴメンネ、オ夏チャン。僕、オ夏チャンノコトモ、ズット守ッテアゲタカッタンダ・・・。 そう、言うや否や。 勇之介の体は温かな柔らかい光に包まれ始める。そうして、徐々に姿が明るさにまぎれて見えなくなったかと思うと・・・・・。 ───唐突に、光はやんだのだった。 後に残ったのは、お夏のすすり泣く声だけである。 な・・・何だったの、今のは・・・。 今日は《鬼道衆》やら、炎の鬼やら、怨霊やらが次々に出てきて混乱のきわみだったけど、今のなんてその際たるものじゃない。さっきまで禍々しい怨霊だった勇之介が、あんな神々しい光に包まれて消える、なんて・・・。 呆然とするしかないあたしたちに、桔梗は悔しそうな口調でこう告げたのだ。 「まさか・・・あんたたちにこんな形で助けられるとは、思いもよらなかったよ、《龍閃組》」 「助ける? 何のことなの?」 当然、事情を知らない美里藍は、自分が怨霊にしたことで何が起こったのか、なんて理解できなかったんだけど。 その答えは、人を食ったような態度の九桐が教えてくれた。 「その様子では、何も分かっていないようだがな、美里藍。どうやら先ほどの怨霊は、お前に死んだ自分の姉の姿を重ねて見ていたらしい」 「私に・・・?」 「そうだ。自分のふがいなさから、死地に追いやってしまった姉にな。・・・だからお前に謝ることで、己の心の中に最後まで残っていた未練を、払拭することが出来た、というわけだ」 ───事情は分かったわよ、事情は。 だけどあたしが知りたいのは、そんなことじゃないんだってば。勇之介が成仏したか否か、それだけなのよ! もったいぶってないで、さっさと教えたらどうなのっ!! イライラとした感情を隠しもせず、あたしが睨み付けていたところ、どうやら心の声が聞こえたと見える。九桐はチラ、とあたしの方を見てから、明らかにホッとした表情になって言った。 「つまり貴殿の心配は、もう無用と言うわけだ榊殿。思い残すことがなくなった勇之介は、無事に成仏した。・・・あいつが狙っていたと言う行商の男が、殺されることはもうないだろう」 成仏・・・した? 勇之介が? 鬼のお墨付きを貰うや否や。 あたしは一気に、自分の体中の痛みを実感する羽目になった。 つまり・・・今までは緊張感でどうにかやり過ごしていたものが、ドッと押し寄せてきちゃった、ってコトよね。 「・・・・・・・・ッッ!!」 ───とにもかくにもあたしは、頭にまで響くような火傷の熱さと痛みで、その場にうずくまってしまったわけだ。 懐に抱えていたお夏から手が外れ、彼女が恐る恐るあたしから離れていくのが気配で分かる。 「榊さんっ!?」 「榊様っ!!」 御厨さんと涼浬が駆け寄って来たみたいだけど、今のあたしの目はただただ床を映すだけ。指は床をかきむしるだけ。耳は飛び込んで来る音を集めるだけ。 焼かれたのは背中だと言うのに、喉やら胸やらが異様に苦しくて、咳が出て止まらない。視界もいろんな色の火花が散ったみたいになるし、呼吸は出来なくなるしで、体力が徐々に奪われていくことが分かる。 あたしは再び、意識を失うところだった。・・・だけど。 「桔梗、早く榊殿に治療を・・・!」 「榊が火傷しちまったんだ、美里、早く治してやらねえと・・・」 別々のところで《鬼道衆》と《龍閃組》がそう言っている声が聞こえた途端、とっさに大声を張り上げていた。 「余計なこと、しないで下さいよっ!!」 ・・・その大声の反動で、再び痛みがぶり返してしばらく声が出なかったのは、この際ご愛嬌だと思って頂戴な☆ 仮にも助けようとした人間本人に、そんな口を聞かれようとは思っても見なかったのだろう。 「何言い出すんだよ、榊! 美里はそこんじょそこらの医師よりよっぽど、腕が立つんだぞ?」 「榊殿、我らに借りを作りたくない気持ちは分かるがな、このままでは貴殿の命が危ういのだ。勇之介との約束を果たすためにも、ここは治療を受けて・・・」 蓬莱寺と九桐がそれぞれ言ったし、どうやら美里藍と桔梗らしき人間が近寄って来たけど、あたしは懸命に腕を振り回してそれを阻止する。 「榊さん、ここはとりあえず治療を・・・」 さすがに御厨さんも見かねて進言してくる。おそらくあたしの火傷が、本当に深刻な状態だからなんでしょうけど・・・あたしにはあたしの思惑ってものがあるんですからね。借りとか、身分とか、そんなことを気にしてるわけじゃないのよ。 「火傷を、治すなって言ってるんですよ。こ、これは今回の事件を丸く治めるために、必要不可欠なモノなんですからねっ!」 〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪後編≫に続く〜
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