ちゃんちゃん☆のショート創作

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茂保衛門様 快刀乱麻!(9)前編 外法帖
2002年07月21日(日)

※気が付けば2ヶ月以上、間空いちゃってましたねえ(汗)。その間にも、6月某日には茂保衛門さんの誕生日が来るわ、律義な坪井さんがわざわざ「来楽堂」においでくださるわ、いおりんさんもご自分のHPにて榊さんSS書いて下さるわ、で、結構忙しくも楽しかったですけど。
 さて今回の話にて、絶対避けて通れない辛い真相が明かされます。当事者と第三者それぞれの言い分・・・それらは決してどちらも間違っているとは言えないんですよねえ。結果がどうあれ。難しいです。
 では本文行きます!

********************
茂保衛門様 快刀乱麻!(9)前編



「《鬼道衆》、だと・・・?」

 自分の発言が失言だってあたしが気づいたのは、御厨さんがうめくように呟く声を聞いた瞬間。

 ───マズい、マズいわよコレはっ! 一体どう言い訳すればいいのっ!?

 でも、てっきり堅物な部下から追及されるかと思いきや、彼の険しい視線は奴ら、《鬼道衆》3人に釘付けになったきり。
 ・・・どうやらこの唐変木、目の前の緊急事態にめいいっぱいで、あたしが口にしたことをこれっぽっちも不審には思わなかったらしい。
 やれやれ、と胸をなで下ろすあたしに御厨さんは気づきもせず、いつも通りの生真面目さを発揮する。

「貴様たち・・・まさかここに来たのが偶然、などと戯言を言うつもりではあるまいな? 何を知っている?」
「何、とは?」
「とぼけるな! ここで起きた・・・ムゴッ!?」
 でも、詰問を続けかけた御厨さんの口を、あたしはとっさに後ろから手を伸ばすことで塞ぐ。
 ゴメンナサイね。でもここで真っ正直なあんたが何言ったところで、状況は進展しないと思うのよ。

「ここで起きた・・・何だと言うのだ?」
 白々しくも僧装の男がそう尋ねてくるけど、あたしはもちろん信じやしない。
 こうなったら賭けだわ。こっちは《鬼道衆》の企んでることなんかみーんな分かっちゃってる、ってフリをして、向こうがどんな反応を見せるか確認してやる!
 《鬼道衆》の方へとゆっくりと一歩踏み出したあたしは、余裕を装って口火を切った。

「・・・知らん振りするのはよしましょうよ、お互い。あたしたちにはとりあえず分かっちゃってるんだから。
例えば・・・ここで焼け死んだ、火付け犯のおろくの弟・勇之介が、あまりの無念ゆえに成仏できずに迷っていたとか。彼がここで火事に巻き込まれた本当の真相は、おろくの凶行を止めに来たにもかかわらず、目の前の保身に目が眩んだ2人ばかりの男たちに殴られて気絶させられた挙げ句、置き去られたせいだとか。
・・・で、彼ら姉弟の怨みをこの際、幕府の足元を揺るがせる材料として利用できないか。そう企んだどこかの誰かさんが、復讐する術を何も持たなかったはずの勇之介に、呪殺の手ほどきをしたとか。そしてめでたく、先述の2人を呪いの炎で殺すことに成功し、世間を恐怖に陥れることに成功しつつある、とかね・・・」

 あたしの言葉にあいにく、サッと顔色が変わったのは風祭と、桔梗、と呼ばれた女の方だけ。
 肝心要の僧侶? は少し眉をひそめただけである。
「ほう、それは興味のある推理だな。・・・だが、いわれのない嫌疑をかけられるのは正直言って、迷惑極まりない。何の証拠もないのに言い掛かりを付けるのが、ひょっとして火附盗賊改のやり口なのか?」
 ・・・どころか、いけしゃあしゃあととんでもないことまで言う始末。
 フン。こっちもそう簡単に口を割ってくれるとは思ってませんけどね。引っかけるにはもっと大きいエサが必要みたいだわ。

 だからあたしは、少々悩ましげな目をして男に擦り寄ることにしたの。
「まあまあ、そんなに目くじら立てなくたっていいじゃないですか。あたしは取り引きをしようって言うんですよ」
「・・・取り引き?」
「ええ。実はねえ、御厨さんは頭でっかちで正義感が強いから、この件を《龍閃組》に任せようって考えてるらしくって。知ってるでしょ? あんたたちも《龍閃組》のことはさ。・・・けどあたしは反対なの。呪い殺された2人は言わば自業自得だったんだし、今更怨霊退治ったってあたしの出世にはなーんの役にも立たない。
・・・だったらどうせだから、勇之介の怨霊をアタシに貸してくれないかしら? って思って。あたしの出世に邪魔なお偉方とか、呪い殺すのに使えたら最高v じゃない?」
「・・・・・・・・榊さん!? いきなり何をおっしゃるんですかっ!?」
「幸いって言うか、このことに勘付いてるのはあたしと御厨さんだけなんですよ。だから後は、御厨さんの口を封じてしまえば万事うまく行くと言うわけ。・・・どうです? 悪い取り引きではないと思いますけどね」
「榊さんっ!!」

 あたしのあまりの言い草に、御厨さんは思い切り声を荒げた。
 と言っても、あたしのけしからん企みを本気で危ぶんでいる、って感じじゃない。どちらかと言えば、あたしがいきなり自分の想像を超えたことを言い出したものだから、頭がついていけないって顔になってる。
 もっとも《鬼道衆》はそんな細かいことなんて気づいちゃいない。単にあたしと御厨さんが仲間割れしたんだと、ウマい具合に誤解してくれたみたいだ。

「てめえ・・・! 仮にも火附盗賊改が俺たちと裏取り引きしようって言うのかよ、しかも仲間まで売って!? 心底腐ってやがるぜ、幕府はよ!」
 怒髪天をついたって形相で拳を握り締めたのは、やはりと言うか、単純極まりない風祭。
「ああ、確かに悪くない取り引きだよなあ。けど、殺して口封じするのは何も八丁堀の方じゃなくてもいいんじゃねえのかっ!」
 言うが早いか、拳を振り上げる。あたし目掛けて。
 ・・・って、いきなりこっちへ来るかあ!? てっきりこれ幸いとばかりに、御厨さんの方に襲い掛かると思ってたのにっ!
 あたしは半分腰を抜かしながら、それでも早口でこう叫んでやった。

「い、いわれのない嫌疑とか言いながら、やっぱり後ろ暗いところがあったのね、あんたたちにはっ!!」

 風祭はハッ、と拳を止める。
 そしてほぼ同時に聞こえたのは、キィン・・・! と言う、刀のぶつかり合う音。
 おそるおそる見たあたしの頭上で、風祭の攻撃を阻むかのように2本の刃物が、交差しているのが見えた。
 1本は、もちろんあたしを庇ってくれた御厨さんの刀で。
 もう1本は───どうやら僧侶の得物らしい、槍である。


「く、九桐・・・」
「お前は血の気が多すぎるぞ、風祭。今のが榊とか言う者の策略だと言うことに、どうして早く気づかんのだ」
 苦り切った顔でその九桐、と呼ばれた僧侶は風祭をたしなめる。
「おまけに今ので、すっかり八丁堀に敵意を抱かせてしまったらしいし、な。この忙しいのに問題を増やしてどうする・・・」
 ───九桐の言う通り。
 御厨さんの今の形相と来たら、さっき背中にあたしを庇ってた時のとは比べ物にならないくらい、怖いものになっちゃってる。彼のこういう表情見るのって、卑劣で凶悪な盗賊と斬り合いになった時、以来だわ。
 あーあ、こうなると経験上、ちょっとやそっとじゃ怒りが収まらないわよ。

「・・・刀を、納めてくれないか八丁堀」
 槍を渾身の力で弾き、再びあたしを背中に庇う格好になった御厨さんに、九桐は話し掛ける。困ったような顔をして。
「貴殿の上司に───榊殿と言ったか、害を加えようとした無礼は詫びる。だがそれは風祭の貴殿への好意の表われだと、解釈してはくれないか? まさかこちらを引っかけるための芝居だとは、風祭は思いもよらなかったのだ」
「・・・榊さんはこれでも、正義感の熱い御方なのだ。上からの圧力にも屈せず、火附盗賊改与力としてのお役を貫こうとしたほどのな。そんな榊さんが、汚い裏取り引きなどするものか! 見くびるな!」
 御厨さんてば、あたしの命の危機ももちろんのこと、あたしが変に誤解されたからって激怒してるみたいだわ。
 その気持ちは分かるし、上司冥利に尽きるって奴だけど・・・そう持ち掛けたのは他ならないあたしなんだし、このままじゃ話が進まないのも事実よね。

「御厨さん。刀を納めて下さって構いませんよ」
 あたしは静かにそう、御厨さんに告げる。
「し、しかし・・・」
「相手にはもう敵意はなさそうです。それにあたしたちに害をなそうって言うのなら、問答無用で一気に斬り捨てるくらいの腕は、持ちあわせていますからね、彼らは」
「だったら尚のこと・・・」
「あたしに考えがあるの。良いから刀をおしまいなさいな」
 渋々刀を鞘に納めつつも警戒を怠らない御厨さんを目の端にとどめながら、あたしはゆっくりと九桐たちへと向き合った。
「・・・それで? あたしたちに何か、話でもあるんじゃないんですか?」

 さっきも言った通り、口封じに殺すのならとっくに彼らはそうしているに違いない。
 でも彼らにはもはや闘争心はないみたいし、わざわざ「刀を納めてくれ」とまで言っている。
 これってつまり、あたしたちに話なり、取り引きなりしようとしているんだって、あたしは踏んだのだけど・・・・・どうやら正解だったみたいだ。

 九桐は言葉を選びながら、って感じでゆっくりと話し始める。
「榊殿、と言われたな? ・・・さっき貴殿が言ったことは、確かにほぼ当たっている。《龍閃組》の力を借りずに、どうしてここまで調べる事が出来たのかは知らないがな。見事なものだ」
 少しは《龍閃組》から情報を得たから、火附盗賊改単独ってわけじゃないけどね。
 心の中でだけそう呟いておいて、先を促す。
「・・・ただ、1つだけ間違っているところがある。彼ら姉弟の怨みを、幕府の足元を揺るがせる材料として利用しようとした、と言うくだりだ」
「・・・どう違うと言うんですか?」
 いきなり何を言い出すかと思えば。
 九桐とやらの主張は、あたしの《鬼道衆》への認識を、再び少しばかりながら軌道修正させらるものみたい。
「我々はおろく姉弟を利用したかったわけじゃない。結果的にはそう見られても仕方がないが。・・・だからこれ以上の被害者を出さないよう、勇之介を説得しにここへ足を運んだのだ。頼む、何か手がかりがあるのなら、我々に教えてはくれないだろうか?」

 説得って・・・。これ以上の被害者って・・・。

「何よそれ? あのおろくの火事の陰謀に、まだ関わってる人間がいるってこと? おまけにそいつがまだ、勇之介に狙われてるって言うの?」
「断定はできないが・・・多分」
「怨みを晴らしたから成仏したとか、だから勇之介の姿が見当たらないとか、そういうことはないのか?」
 険しい表情ながらもお人好しの御厨さんが、彼らしい明るい? 展望を口にしたけど、九桐の首を縦に振らせることはかなわない。
「成仏は・・・出来ない。たとえ本人がしたいと望んでも・・・」
「一体どういうことよそれ!?」
 相手のはっきりしない態度に焦れて、あたしが詰め寄ったその時である。
 今までずっと沈黙を守っていた桔梗、って呼ばれてた女が口を開いたのは。


〜茂保衛門様 快刀乱麻!(9)後編に続く〜



茂保衛門様 快刀乱麻!(8) 外法帖
2002年05月19日(日)

*CDドラマ「妖鬼譚」後編、聞きました〜♪ いやー、榊さんがことのほか喋ってくれちゃったんで、満足満足v あいにく活躍の場こそありませんでしたが、御厨さんを諭すセリフが名文句だったので、宜しいのじゃありませんか?【喜】
 しかーし、それで尚更困ったと言うか、好都合と言うかの状況になっちゃいましたわ。結局「妖鬼譚」では御厨さんも、●●●の正体については知らぬ? まま。なので、この「茂保衛門様 快刀乱麻!」が「妖鬼譚」の後日談と言っても、(多少の矛盾を除けば)不自然じゃなくなったんですもんねえ。設定どうしよう・・・思い切って「妖鬼譚」の後の話ってホラ吹いちゃおうか(苦笑)。
 で、今回はその●●●が登場しますっ! 「●●●」が何かは、読んでからのお楽しみ♪ でわっ!

*******************

 茂保衛門様 快刀乱麻!(8)


 あたしは、無力だ。

 ───別に自分が、この世の全ての人々の生活を守ることができる、なんてうぬぼれているわけじゃない。
 だってそんなことは不可能に近いもの。大体、各々の幸せって言うのは必ずしも皆同じじゃないし、その事実こそが人が人たる由縁だから。
 そういうわけで、あたしは自分が極めて『無能』だって自覚はあるのよ。人には出来る事、出来ない事があるってことも。

 でも、だからって。
 自分の力じゃどうにもならない壁に突き当たった時、「ああやっぱり自分には無理だった」なんて、いつもいつもお利口さんに納得できるわけじゃない。
 歯ぎしりしたくなるほど悔しくて、だけどどうしようもない憤りを腹の中にため込んで悶々としてる、なんてことはザラだわ。
 きっとこういう心理状態の時なんでしょうね。あたしがあんな夢を見るのは。
 剣術も、妖術も使いこなせる、万能で優秀な与力として活躍する、夢・・・なんて、見るだけ空しいのが分かってるのにさあ。



 とりあえず───ついさっき仮眠を取ったばかりで、しばらく起きているつもりの今のあたしには、夢の世界に逃げ込む術(すべ)も暇もない。
 だから他の事で気分転換するのが、一番健康的な欲求不満解消法なんだけど・・・お気に入りの長命寺へ足を運ぶには、少々遅い時間よねえ。
「ちょっと出掛けて来ますよ」
 街の巡回でもしようと、用意させた雪洞に手を伸ばしたあたしだけど、横合いから素早く奪われてしまう。
「・・・ご一緒させていただきますよ。例え近くまでと言っても、このところ1人では物騒ですから」
 生真面目な御厨さんの仕業だった。
 まあ・・・通常武士はどこへ赴くにしても、必ず供を付けているものだから、別段おかしくはないんですけどねえ。過保護、とか、心配性、とかいった単語が、さっきから頭の中を飛びかってしょうがないわ。

「勝手になさい。念のため断っておきますけど、吉原には寄りませんからね。どちらかと言うと殺風景なところへ行くつもりですから」
「・・・そこでどうして吉原って言葉が出るんですか」
「ああら、お凛のと・こ・ろ、って言い直した方がよかったかしら♪ おーっほほほほっ♪」
「さ、榊さんっ!!」
 純情唐変木な部下をからかうことで、多少は気が紛れ。
 あたしはてくてくと夜の街を歩く事にした。

*****************

 夕闇が押し迫ってくる時刻ともなると、通りにも人はそんなに見掛けない。そして数少ない通行人は皆が皆、雪洞を手に持って歩いてる。このところ物騒だから、尚更ね。
 みんなが家路に、そして色街へと急ぐ中、あたしと御厨さんはどこかしら人寂しい方向へと足を進めていた。
 上司のあたしが喋らないものだから、ずっと押し黙ったまま後をついて来ていた御厨さんだけど、そのうち周囲を見渡しながら尋ねて来た。
「・・・ひょっとして、榊さんが今行かれようとしているのは日本橋、ですか? それも、小津屋の焼け跡の」

 さすがと言うか、上司の思考傾向をよく把握してるわね。

「ま、そんなところですよ」
「どうしてまた。事件の事で何か、気になる事でもおありになるのですか?」
「あったら1人で行こうなんて思うものですか。・・・そうね、単なる暇つぶし、と言ったところですかしらねえ。そもそも今回の一連の事件は、小津屋の大火事から始まったと言っても過言じゃないでしょうから、何となくもう1度見ておきたいと思っただけですよ」
 どちらかと言うと暇つぶしと言うよりは、感傷的儀式って感じだけど。
 ・・・御厨さんも鈍感じゃないから、そんな心情を汲み取ったんでしょうね。少々居心地の悪そうな顔をしていたけど、あたしは見ないフリをした。
 そのうち彼の方も開き直ったような表情になる。下手に気を遣ったが最後、「だったら先に役宅へ戻れ」と言われるのを危惧したに違いないわ。ちっ、読まれたわね☆

 それからまたしばらく、あたしと御厨さんは黙ったまま夜の道を歩き続けていたのだけれど。
「・・・それにしても・・・今回の事件、何かおかしいと思いませんか?」
 向こうの方から話し掛けてきたのは、ちょうどあたしたちが日本橋に差し掛かった頃だった。

*********

「おかしい?」
 辺りは暗くなってきた。
 雪洞に灯りを点してやりながら、あたしは憮然として聞き返す。
「あたしの推理がですか? ・・・まあ、所詮は状況証拠だけで積み重ねた代物ですからねえ、矛盾や綻びがあってもおかしくはないですけど」
「あ、いえ、榊さんのお考えに対してじゃないんです」
 あたしの口調がどうしても不機嫌なものになっちゃったから、御厨さんとしても慌てたんでしょうね。その点だけはきっちりと否定する。

「・・・じゃあ、何がおかしいと言うんです?」
「上手く言えないんですが・・・どこか極端だと思いまして」
 時刻が夜だと言う事と、話す内容が火附盗賊改同心としての発言である事で、歩きながらの御厨さんの声は知らず、低くなる。
「いいですか? 勇之介は姉のおろくの凶行を止めようとして、又之助と久兵衛に邪魔をされてしまい、挙げ句姉の付けた火で命を落とした。当然おろくは火あぶりに課せられ、勇之介は又之助たちを憎む怨霊となった・・・」
「別におかしくはないでしょう? 仲の良い姉弟だと言う話でしたから」
「でしたら何故勇之介は、真っ先に又之助たちの謀りごとを訴え出なかったんです?」

 ───御厨さんの指摘は。
 一瞬とは言え、あたしの足を止めるに充分の威力を持っていた。

「私が勇之介なら多分、そうします。姉の罪が軽くなる方法があるのなら、他の何を投げ打ってでもそちらに賭けるでしょう」
 まあ確かにこの実直な男だったら、間違いなくそうやって足掻いてみせるわね。
 ああ、今にも情景が目に浮かぶようだわ☆
「・・・・・。焼け死んだ直後は単なる弱々しい幽霊だったかもしれませんよ。他人に自分の意志を伝える事が出来ないような、ね。おろくが刑場の露と消えてしまってから、憎しみのあまり怨霊と化したとしても、別におかしくはないと思いますけど」
「だからと言ってすぐに又之助たちを殺す、と考えるのはあまりに極端だと思ったもので。・・・確かに彼らは憎いでしょうが、まずは姉の無念を晴らしてやる方が、先決じゃないでしょうか」
「おろくはとっくに死んでいると言うのに?」
「それでも、です。───榊さんの推理通りなのなら、言わば彼女は嵌められたわけでしょう。なら弟としては、姉の『無実』と又之助たちの策略を、まずは世間に知らしめたいと思うものではないか、そう感じたものですから」

 ふん。
 全くもって御厨さんらしい考え方よね。
 だけど・・・確かに彼の言う通りではあるわ。
 火附盗賊改なんて因果な役職柄、どうも考え方が物騒になってしまっていたけど、良く考えれば勇之介は子供な上に、武士でもない。盗賊たちみたいに「やられたらやりかえせ」みたいな行動、起こすと思う方がまず間違ってるのかもしれない。

 ───そこまで考えて。
 あたしはやっと、御厨さんがずっと言いたかった事が分かり、愕然となった。

「で・・・でも現実には、又之助は殺されて久兵衛は廃人と化した、わ。彼らの策略が白日の下にさらされる事、なく・・・」
「ええ、そうです。ですから、あるいは私の考え過ぎかもしれませんが・・・誰かが勇之介の霊をそそのかしたのだ、としたら? この江戸の街を混乱させたいがために、彼を利用しようとしたのだとしたら? そう、世にも名高い八百屋お七火事をそそのかした、ならずものの吉三郎のように・・・」

 この事件の裏には、勇之介とは別の黒幕がいる───!?

「冗談じゃないわよ・・・!」
 あたしは思わず唸らずにはいられない。握りこぶし込み、で。
「怨霊に火を付けさせておいて、自分たちは何しでかそうって腹なわけ? 人殺し? 押込み強盗? それとも両方? ふざけんじゃねえぞっっっ!!!」
「さ、榊さん落ち着いて下さいっ、そうと決まったわけじゃないんですからっ」
 あくまでも御厨さんの仮説の1つに過ぎないにもかかわらず、あたしはすっかり頭に血が上ってしまっていた。夜だと言うのにはしたなくも口汚なく、誰にともなく罵りの言葉を浴びせ掛ける。

 ・・・ああ、すっかり荒くれ者ぞろいの火附盗賊改の雰囲気に、染まってきちゃってるわね。お上品な以前のあたしってばどこへ行ったのかしら(笑)。

「と、とにかく小津屋はもうすぐですよ」
 御厨さんに言われて気が付けば。
 いつの間にやらあたしたちは、小津屋の焼け跡の小路1つ手前までたどり着いていた。
 ここの角を曲がれば小津屋、と言うところで。

 ドンッ☆

「おっと」
「きゃっ!」

 御厨さんが、前方から走って来た誰かとぶつかった。
 普段の彼ならそうそうないことだけど、怒り心頭のあたしに気を取られたせいなんでしょうね。
「大丈夫か? すまなかったな」
 そう言って、御厨さんが手を差し伸べた相手。それは幼い少女だった。泣いていたのか、ちょっと目が赤い。
「あ、ありがとう・・・」
 目をこすりつつ立ち上がったその子は、少し怖がりながらもそれでもちゃんと御厨さんにお礼を言ってから、走り去った。

「・・・何かあったんでしょうか? あんな子供がこんな時間まで出歩いているなんて・・・」
 単に遊んでいたとは思えないし、と御厨さんも不審がるけど、ふと地面に目を落としたあたしには、何となく事情が分かった。
「ここで焼け死んだ者の縁の者でしょうよ」
「え?」
「添える花を探していて、それでこんなに遅くなったと言ったところでしょうね」
 あたしが目で指し示した道の脇には、小さな石を2、3個積んだものがある。どうやら墓に見立てられたらしきその前には、摘んだばかりで草の匂い漂う野の花が、ひっそりと添えられていた。


 1月前までは、日本橋で屈指の呉服屋だった小津屋。でもすでにここには、建物の残骸はない。もうしばらくすると、また別の新しい店でも建てられるのだろう。
 それでも───ここで死んだ者たちの苦しみと、残された者たちの悲しみがなくなる事は決してないのだ。まるで呪いのごとく、幽霊のごとく、心の奥底に染み付き漂い続ける・・・。
 さっきの少女との出会いは、あたしにそのことを再確認させるに充分のきっかけだった。自分の無力さや『無能さ』にいじけている暇なんてないんだ、って事実を思い起こすのにも、ね。
「・・・いませんね」
 どこかしら寂しそうに吹きすさぶ風をしばらくやり過ごした後、御厨さんがポツリと呟く。
「いないって、何がです?」
「榊さんもそのおつもりで来られたんじゃないんですか? ここで焼け死んだ勇之介の怨霊でも出没していれば、しめたものだと思ったのですが・・・」

 ・・・いつもは朴念仁の癖に、今日はやけに勘が鋭いですこと☆
 だけど根っからのひねくれ根性は、自分のそんな気弱な感情を認めたがらなくて。
「よ、世の中、そう簡単にはいくはずないじゃないですか。だ、大体・・・長命寺近くと京橋で人を襲った怨霊がわざわざここへ戻る理由があるか、ってことの方にあたしは首を傾げたいですよ。姉との思い出がたくさんある自宅の方と言うのなら、ともかくもね」
 そう憎まれ口を叩いているうちあたしは、自分が無意識のうちに事の真相にたどり着いている気がしてきた。

 そうよ。
 どちらかと言えば、むごい最期を迎えることになったここよりは、おろくと勇之介が住んでいた家の方に立ち寄る可能性の方が、高いじゃないの。
 全く、迂闊だったわ。

「ここへは単なる暇つぶしに来た、って言ったじゃないですか。・・・それよりも、おろくたちの以前住んでいたところって、どこになるんでしたっけ? べ、別にこれから寄ろうってわけじゃないですよ。もう遅いですし。明日《龍閃組》に説明する時の材料に、と思いましてね」
 あたしの苦し紛れの話題転換をどう思ったかは知らないけど、御厨さんはいつも通りに律義に応えようとした。
「確か・・・神田の・・・」

 その直後。

「・・・っ!?」

 彼らしくなく、強引な唐突さで会話を打ち切る御厨さん。
 そして、こちらから視線をさりげなく外したくせに、何故か体はあたしの近くへすっ、とばかりに擦り寄る。
 その左親指で、刀の鍔を静かに持ち上げながら・・・。
「御厨さん?」
「榊さん、私から離れないで下さい」
 低く押さえられた彼の声からは、いつになく緊張と殺気が満ち満ちていて。
 ───それでやっとあたしは、御厨さんが上司であるあたしを庇っていることに気が付いたんだった。

 誰から、ですって? 
 さっきからずっと息を潜めてこちらの様子をうかがってる、物陰の無粋な連中から、よっ!

 こういう時、剣術がからっきしって言うのは不利よね。連中の気配にすら、あたしは言われるまで気づかなかったんだもの。
 けど、これでも火附盗賊改方与力の端くれですからね。部下ばかりに危ないことをさせるわけにはいかないわ。一刀両断は無理でも、戦闘不能に陥らせる方法はいくらでもあるんだから。

 ───などと、頭の中で何とか戦闘作戦? を練り終わったところで。
 刀に手をかけた御厨さんの厳しい誰何(すいか)の声が発せられた。

「そこに潜んでいるのは分かっている! こそこそしていないで出てきたらどうなんだ!? 我らを火附盗賊改方と知ってのことであろう!」

 今の、御厨さんの剣幕に恐れをなした連中が、引き上げてくれたら楽なんだけど・・・。それでも、向こうからの奇襲だけは防ぐことができたわけだから、上出来よね。
 一応あたしは、次に敵がとる手段についていくつか予測を立てていたの。
 でも。連中の行動と来たらそのどれらでもなくって、あたしを一瞬だけ呆れさせたわ。

「・・・そう喧嘩腰に怒鳴られても困るな。刀を納めてくれないか? 八丁堀。別に俺たちは危害を加えるつもりはないのだから」

 どこかで聞いたような声。
「・・・お前たちは・・・」
 あいにくあたしからは、御厨さんの体に隠れて相手の顔は見えないけど、どうやら知った顔だったらしい。
 御厨さんの肩から、露骨なまでに力が抜けるのが見て取れる。
 ───一体誰かしら?
 あたしは必死で、声だけで記憶を溯ることにした。

「だったらこそこそしていないで、堂々と声をかけてくれたら良かったのだぞ」
「いや、単に様子をうかがっていただけで・・・何やら神妙な話をしている風に思えたから、どことなく声がかけづらくてな。これが与助と一緒なのなら、多分気安く声をかけたんだろうが・・・」
「ほう? ・・・桔梗殿もそう思うのか?」
「そうだねえ。確かにその方が声をかけやすいだろうよ」
 今度はやけに艶っぽい女の声。これも・・・どこかで聞いたことがあるような。
「与助がそれを聞けばきっと喜ぶだろうな」

 あらあら。御厨さんてば、随分優しい口調になっていますこと。女相手だからって、鼻の下を伸ばしてるんじゃないでしょうねえ。お凛に言いつけちゃおうかしら。

 でも。
 悠長に「声だけ判断」をしていられたのもここまでだった。

「いい気になるだけなんじゃねえのか? あいつにわざわざ言うことねえぞ。そうでなくても与助の野郎、いつもいつも騒がしいんだからよ」

 ───今聞こえた3人目の声は、忘れようたって忘れられないにっくきあの男と同じもの!


「風祭・・・お前に騒がしいなどと評されると、与助が気の毒なのではないか?」
「あはは、それはそうだ。坊やも与助と似たり寄ったりの騒がしさだものねえ」
「何だとおっ」

 会話そのものは平和極まりない内容だったけど、あたしはいてもたってもいられなかった。
 風祭とやらの男の顔を確かめるべく、あたしを庇ってくれていた御厨さんの体を押しのける。


「榊さん?」
 御厨さんが怪訝がって。
「そう言えばさっきから、誰を庇っていたんだい? 八丁堀」
 あたしの行動に気づいた桔梗、と呼ばれた女が尋ね。
「・・・・・」
 あいにく何の言葉も発しなかったのは、見れば僧侶風の男。
 そして・・・。

「「ああーーーーーーっ!!」」

 あたしと、そのお子様が叫び声をあげたのは、ほぼ同時だった。

 髪を短く切ったそいつは一見、女の子みたいな優しげな顔をしている。
 だけど口調は聞くからに乱暴だし、ガキ大将がそのまま大きくなったような奔放さと残忍性が見て取れる。
 何より・・・あたしはこのガキんちょのことをよく知ってるもの。
 あの日、あの刻、小傳馬町でっ!

 だから、つい。

「て、てめえはあン時の役人っ! 火付盗賊改ってマジだったのかよっ!?」

 風祭、と呼ばれたお子様の大声につられてしまって。

「あ、あんたたちはっ! よくもおめおめとあたしの目の前に顔を出せたものですねっ! ああっ!? まさか・・・まさかあんたたちがここにいるって事は、勇之介の魂とやらをそそのかしたのは、他ならないあんたたちってことっ!?」

 御厨さんが。
 『部外者』がこの場にいたことを、思わず忘れ。
 あたしは心の赴くまま、声に出してしまっていたのだった───あたしにとって禁忌中の禁忌であるはずの、その言葉。

「鬼道衆!」

 と・・・・。

《続》



*******************

※はああああ・・・やっとここまで来たぞ・・・。長かったああ・・・☆ とは言っても、これから更に長いですが(汗)。これから鬼道衆ファンにとっては、かなり納得のいかない展開になろうかと思いますけど、悪気はありません。ちゃんちゃん☆ も天戒さん初めとする鬼道衆は好きですんで、良かったらお付き合い下さいね。・・・え? どんな展開になるか? それではヒントを出しましょう。陰ディスク拾壱話の直後、と言えばあるいは分かるかもしれません。
 ところで榊さんが、九桐さんや桔梗の声に聞き覚えはあっても思い出せず、風祭の声は一発で思い出したその理由は、実はゲーム本編・陰4話にて「オッサン」呼ばわりされた怨みがあるからなんですな(苦笑)。(蹴飛ばされたような気もするんだけど・・・記憶違い?)ウチの榊さんてば、そういう観点ではちょっとばかり心が狭いです。
 ちなみに文中で書いた八百屋お七火事ですが、落語と人形浄瑠璃と歌舞伎とがあり、さらにそれぞれの役名が違ってたりします。吉三郎と言うのが実は、お七が思いを寄せた寺小姓の方だという話もあったり・・・(汗)。とりあえず今回は太郎兵衛=寺小姓、吉三郎=ならずものとさせていただきましたが、唐変木の御厨さんはこういうものに興味があったんでしょうか。まあ、このころの娯楽って言ったらそのくらいしかないから、そういう知識はあったと言うことにしておきませうv
 本当は、もっと御厨さんを格好よく描いてあげたかったんですがねえ・・・下手をすると彼の色香に迷った、なんてとられてはシャレになんない☆ このSSでは榊さん=モーホー説は抹殺! しておりますんで、そのつもりで。



4月27日分修正報告、その他
2002年04月29日(月)

茂保衛門様 快刀乱麻!(7)−2、何とか修正済みました。よろしければ読んでくださいませ。
しかし、本日のHPの日記にも書いたんですが、榊さんってモノホンのモーホーだったんですねえ(汗)。それならそうと早く言ってくれないと、な気分であります。今のところ「モーホーだからこういう行動は取らないだろう」みたいな文面は、書いてないからまだ助かってるんですけどね。
ってわけで、SS「茂保衛門様 快刀乱麻!」を読むに当たる注意事項が1つ、加わるわけであります。
曰く「この物語は、先日発売された『キャラクターズファイル』を読む前に構想&執筆されたものであります。よって、多少の人物設定に矛盾等あると思われますが、どうぞご了承下さいませ」。
 ははははは・・・どこまで墓穴を掘れば気が済むんだろ・・・(滝汗)。


茂保衛門様 快刀乱麻!(7)−2 外法帖
2002年04月27日(土)

*また長くなってしまって申しわけありません。
おまけにこの(7)ー2に限り、後日加筆訂正の予定ありです。急ぎ働き・・・もとい、やっつけ仕事の執筆なんぞ、やるもんじゃありませんな。でもせめて休みに入る前に、このコーナー更新していきたかったもので・・・。
 これからしばらく、PCの前にはいません。5月3日辺りまでですけど。よかったら感想とか、下さいね。約1名申告してくださった以外、誰も感想くれないんですもの・・・(涙)

(4月29日加筆)
※と言うわけで、加筆修正しました。話の内容自体はあまり変わっていないのですが、具体的な描写を入れることで、隠された事件のおぞましさが伝わってくるのでは、と思います(汗)。一度でいいから人死にが出ない謎解き話、書いてみたいんですけどねえ・・・。では。

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茂保衛門様 快刀乱麻!(7)−2



「・・・榊さん、一体今のは何だったんですか? 又之助のあの引っ掻き傷に関しては、ちゃんと報告があったはずでしょう」
 子供相手に大人げない口論をしたことで、御厨さんは呆れ顔をあたしに向けたけど、その問いにあたしは答えてあげない。あえて。
 代わりにあたしがしたのは、別室から湯飲みを持ってくることだった。これは以前うっかり床に落としちゃって、飲み口の部分にヒビが入っちゃったやつ。気に入った形だったから直そうかとも思ったけど、実験にはちょうどいいわ。
 呆気に取られている御厨さんをよそに、あたしは湯飲みを布にくるんだ状態で机の上に置き、まず上から拳で思いっきり! 叩いてみた。

 ごすっ!

「・・・・・・いったあいぃ・・・☆」
 や、やっぱりあたしの腕力じゃ無理みたいね。
 お次は湯飲みを床に立て、手で支えた状態で足で蹴飛ばしてみる。

 がつん!

 ううっ・・・例え蹴りでも単に足袋越しでだと、痛いのには変わりはないわ。でも今度は我慢我慢。
 さっきよりは力が入ったみたいだけど、それでも納得の行く結果が出ない。
「榊さん、さっきから一体何を・・・その湯飲みを割って、何をなさるおつもりですか」
 それでも御厨さんは、あたしがどうやらその湯飲みを自力で割ろうとしていることだけは、把握したみたい。
 まあ、あたしの部下としてならそのくらい頭が働かないとね。欠片が飛び散らないようにと布に包んじゃった辺から、勘付いたってところかしら。

「・・・ダメね。御厨さんならあるいは、割れるかもしれないけど」
 つれない湯飲みを、つんつんつつくあたし。
「私が試してみましょうか?」
「それじゃ意味がないのよ。あたしみたいに非力な人間にでも割れるかどうか、の実験なんだから」
 言いながら、最後にあたしが持ち出したのは巾着袋だった。
「榊さん、それは大事な物証で・・・」
 そう。今あたしが手にしてるのは、さっき岸井屋が持ってきた血まみれの巾着袋なの。
 御厨さんが止めるのも聞かないで、あたしはその巾着袋をゆっくりと湯飲みの上へと移動させ───そのまま落とした。

 がっしゃーん!!

 予想に違わず、湯飲みは粉々に割れてしまった。

「・・・よねえ、やっぱり」
 あたしは巾着袋と、原形をとどめない湯飲みの包みを見比べながらひとりごちた。
「こんなに固い湯飲みでさえこうなっちゃうんだから、もしこれが人間に振り下ろされたりでもしたら、単なる巾着袋でもれっきとした武器になっちゃうわよねえ」
「なっ・・・!?」
 あまりに飛躍した結論に、御厨さんが息を呑むのが分かる。
「ましてやそれが、体の弱い子供相手なら・・・昏倒させるのくらい、わけありませんよね」
「ま、待って下さい榊さん! いきなりどうしてそんなことを・・・大体この巾着袋は、岸井屋の持ち物ではないと言う話では・・・」
「・・・事件に関係してるとはまさか思わなかったから、あなたにはうっかり言い忘れていたんですけどね、御厨さん」
 あたしの視線は哀れな『犠牲物』から、御厨さんへとゆっくりと移り、とどまる。

「先ほど訪問した笹屋で、あたしは奥方から打ち明けられたんですよ。亭主が持っていたはずの巾着袋が、おろくの火事以後見当たらないのだと。小銭も相当入っていたはずだと。・・・そして何より久兵衛自身、巾着袋なんてどうでもいいと、新しい巾着も作りたがらなかったそうなんですよ」
 ───御厨さんの青褪めた顔がゆるゆると、驚愕から絶望の表情へと変貌していくのを、でもあたしはどこか他人事のように眺めていた。

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 多分───あたしと御厨さんは今、同じような情景を思い描いていることでしょうね。

 刻は1ヶ月前。姉の凶行を止めるべく、病の身を押して日本橋の呉服屋・小津屋を目指す、おろくの弟・勇之介。
 それが小津屋の裏手にたどり着いたところで、いきなり後ろから殴り掛かられ、必死に抵抗するもあえなく昏倒・・・。
 血の滴り落ちる巾着袋を、悲鳴を上げて放り投げるは笹屋の久兵衛。それを拾い上げるは岸井屋の又之助。
 2人は1度だけ振り向いたけれど、それは勇之介が起き上がらないことを確かめるため。微動だにしないのを見て取るや否や、一目散にその場を立ち去る。
 そして・・・小津屋は炎に包まれた・・・・・!!


 火付盗賊改を勤めるようになってから、何となく分かるようになった心理なんだけど。
 ごくごくまっとうな生活をしている人間がうっかりある日、人を傷付けてしまったとする。そして自分のその犯罪を、世間から隠そうとしたとする。
 すると人間の当然の心理として、その犯人は凶器なり事件を連想するものなりを無意識のうちに、避けてしまう傾向があるのよ。事件を自分自身思い出したくないと言うことと、下手な尻尾を出したくないって言う、自己防衛本能からね。

 今回にもこの法則が、当てはまらないかしら?
 巾着袋を無くしたくせに、新しいものを作りたがらなかった久兵衛。
「死んだ勇之介と似たような年頃の」息子を近寄らせたがらず、「顎の傷を作ったはずの」飼い猫は可愛がっていたと言う又之助。
 そして───彼ら2人が襲われた時、どちらも『自分たちは小津屋の火事とは無関係だ』と言わんばかりに、発火しそうなものは何も持ちあわせていなかった、と言う、一見偶然にも見える共通点───!

***************

「まさか・・・まさか榊さんは、岸井屋と笹屋がおろくの火付けを知りながら止めなかったどころか、それを止めようとした弟まで見殺しにしたと、そうおっしゃるんですか・・・? そ、それじゃあ岸井屋は、万が一にも久兵衛の口から事件の真相がバレないようにと、共犯の質草としてあの巾着袋を預かっていたと・・・!?」
 真っ正直な御厨さんだけに、あたしが立てたあまりにおぞましい仮説を、そしてその結論へ到達するに至った自分自身の心を、信じたくないに違いない。
 けれどそれを否定するには、あまりに状況証拠が揃い過ぎていて。
「・・・物的証拠はどこにもありませんよ、御厨さん。それに・・・それを証言する者も、もう誰もいやしない。勇之介と岸井屋は焼け死に、笹屋は廃人同然。それこそイタコにでも縋るほか、ないじゃありませんか・・・」
 何の慰めにもならないと分かっていながら、あたしは自分自身の心の平静のために、そう告げることにした。

 ───おそらくは。
 焼死した勇之介の怨霊だわ。岸井屋・又之助と笹屋・久兵衛を襲ったのは。
 久兵衛は襲われた瞬間、そして又之助は久兵衛の様子を奥方から聞いて、そのことに勘付いたに違いない。
 だから又之助は、久兵衛が襲われてから死ぬ直前まで、岡場所の遊女たちに庇ってもらっていたのよ。彼女たちの名を「おろく」と呼ぶことで、姉大事の勇之介が自分を害せないように・・・!

 けどこれはもはや、あたしたち火附盗賊改の仕事じゃない。鬼や物の怪の専門家とも言える《龍閃組》の領分だ───。
「明日にでも・・・龍泉寺の連中に、この事件の収拾を頼みに行くことにいたしましょう。そうすれば・・・勇之介とやらの迷える魂も、何とか見つけることぐらいはできるでしょうから・・・」
 そう、強がりを呟きながら。
 自分の無力さに、あたしは拳を固く握り締めるしかなかった。

《続》
****************

*・・・というわけであります。これじゃあ怪奇モノと言うよりは、二流推理小説と言った感じですな(苦笑)。
 ところで文中、榊さんの過去やら家族構成やらが色々と出てきますが、もちろんこれはちゃんちゃん☆ のかんっぺき! な創作であります。だってえ、榊さんの人間像に関しては、初期に出版されたコー●ーの攻略本にしか、書かれてないんですもん・・・(涙)。あ、でも、そろそろ発売予定の外法帖関連本って、確かキャラクターに焦点を当てているそうだから、少しは榊さんの家族構成とか分かるのかしら。
 でも・・・もしちゃんちゃん☆ の想像と大きく隔たっていたらどおしよお・・・CDドラマ発売後と同じような墓穴を、せっせせっせと掘りまくってないか、をい(汗)。でも、陰ディスクでの行動を見る限り、腕っ節や武術に関してはからっきし、ってところは当たらずとも遠からず、だと思うんだけどなあ・・・。
 ちなみに、文中で出てきた「牝誑(めたらし)」と言う言葉は、皆さんもご存知であろうあの「鬼平犯科帳」で使用されているものから拝借しました。盗賊にも多分そういう役目はあったんだろうけど、実世界ではどのように呼ばれていたかは、ちゃんちゃん☆ は知りません。念のため。





茂保衛門様 快刀乱麻!(7)−1 外法帖
2002年04月26日(金)

※ここへの書き込みが、一体何日ぶりになるのでありましょうか。でも、1ヶ月は間が空いていないだけ、まだマシと言ったところなのかな? 以前と比べて、ではありますが(笑)。
 さて今回にて、とりあえず話の伏線は全部張り尽くしたつもりであります。後は鬼道衆を出すのみなんですが・・・彼らの今作品での境遇に対して、どうか怒らないで下さいね。今のうち謝っておきますが(汗)。

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茂保衛門様 快刀乱麻!(7)−1


 奇妙な夢を見た。

 いかにも腕っ節の強そうな盗賊の頭が(名のってもいないくせに、何故かそうだと分かってる辺り、夢って証拠よね)、あたしに向かって刀で斬り込んで来る。ぎらぎらと、殺気走った目をして
 それを見事な剣さばきで攻撃をかわしたあたしはと言えば、手のひらを広げたかと思うと何やら呪文のようなものを唱え始める。
 そこへ、盗賊たちがわんさとばかりに押し寄せてきて、視界いっぱいがまばゆい光に覆われたところで・・・。

 唐突に目が、覚めた。

*********

 疲れのあまり、布団の中で寝入っている男───それが現実のあたし。
 だけど夢の名残か、広げられた手のひらだけは天井目掛けて突き出されており、あたしを自嘲気味にさせた。
 手を布団の中に戻そうとして、ふと思い直す。わずかに入ってくる夕陽にかざすようにして、手の平を天井からこちらへと転じて見た。
 そこにあったのは竹刀ダコがあるわけでもない、何かの<妖力>を使えるでもない、ひょろりとしたいかにも鍛えていない青白い手、だった。
 ・・・そのまま手の平で顔を覆いながら、今し方まで見ていた夢を反芻する。
 別に悪夢と言うわけではない。夢の中のあたしは随分と優秀な与力で、どんなに強い盗賊でもねじ伏せてしまう剣術と<妖力>を、持っている。それがおぞましいわけでもない。
 ただ───目が覚めた時無性に、惨めになるだけ。

<・・・久しぶりに見ちゃったわね、こんな夢>

 初めて見たのは、確か火附盗賊改与力を拝命すると決まってから。やはり与力を勤めていた父親が隠居したいからと、あたしに火附盗賊改になるよう言い渡した時から。

 ───正直言ってあの時は、自分の耳を疑ったわね。当時のあたしは、そりゃまあ勉学についてはそこそこイイ線言っていたけれど、剣術はからっきし。唯一得意な乗馬も不純な理由で会得しただけで、別に与力になるべく心がけていたわけじゃなかったから。

 え? どうして与力が乗馬の心得がなきゃいけないのか、ですって? ・・・ふむ、すこし説明不足だったわね。
 奉行所であれ火附盗賊改であれ、配属される人員のうち同心は「1人2人」って数えるけど、与力は「1騎2騎」って数えるのがしきたりになってるの。何故かって? 与力は元々非常時には、馬に跨って戦うことになってるせいよ。まあ、徳川幕府もこう太平の時代が続けば、武士ですらそんなに乗馬に卓越してないのが、実状ではあるんだけどね。だからあたしが乗馬を会得しているのも、他人からはかなり変わり者だと思われてしまったみたい。
 話がそれてしまったわね。ええと、どこまで話したんでしたっけ? ・・・ああ、あたしが火附盗賊改与力を、父親から申し渡されたところからだったかしら。

 これが同じ与力でも、奉行所勤めだってならまだ話は分かるわ。だけど、ものが火附盗賊改よ? いざとなったら盗賊相手に斬り合いまでしなきゃならない、泣く子も黙る火附盗賊改なのよ? どう考えたって、あたしに勤まるはずがないじゃない。
 だけど、父親はいい加減高齢でこれ以上のお勤めは無理だって言うし、母親からは情けないだのそれでも男かだのと泣き付かれるし、他に仕事があるわけでもなしで、あたしは本当に渋々、父親の後を継いで火附盗賊改与力になったんだっけ。

 さっきみたいな夢を見始めたのは、ちょうどその頃。多分、自分の待遇に反した実力に隔たりを自覚して、焦っていたせいなんでしょうね。
 でもあたしはじきに、自分のやるべき事を見出すことが出来た。確かに武術では皆に劣っていたけど、頭脳なら誰にも引けを取りはしないもの。何度も事件現場に足を運んで、なるべく経験を積むように心がけた。
 そのうち、決定的な物的証拠を見つけることができるようになったり、効率がいい聞き取り方法って言うのが分かるようになったから、それらを部下に命じて成果を上げたり───後は、部下同士のいざこざを収めることとか、上司へのとりなしとか、まあそう言った細細としたことを、何時の間にか引き受けるようになっていたわね。
 だから、ある程度職務に慣れてきてからは、こんな夢も見なくなっていたんだけど・・・。


 次に、再びこの夢を見るようになったきっかけは、とある盗賊をやむを得ず、この手で斬り捨てる羽目になった時だったわ。

 盗賊って言ってもその男は、一見そうは見えない優男。・・・まあそれも無理はない話で、彼の仕事は盗みに押入ったり鍵穴をこじ開けたりするものじゃない。いわゆる『牝誑(めたらし)』ってヤツ。ここぞと思った店関連の女───たまぁに男相手のこともあったらしいけど───を篭絡し、引き込みなり店の情報の入手なりを手伝わせるの。挙げ句には押入った仲間に、誑し込んだ相手を口封じにと殺させてしまう、そんな物騒な男だった。
 だけど悪いことは出来ないものね。結局彼の色男ぶりから逆に足がつき、お縄にする日が来たってわけなんだけど、捕物の時にはそりゃあもう、とんでもない大乱闘になっちゃったのよ。

 その時、よほど彼は捕まりたくなかったらしくって、自分がこんな身分になったのは冷たい世の中のせいだだの、自分は進んで盗賊にも『牝誑』にもなったわけじゃないだのと、暴れながらわめいてた。世の中のもの全て、呪って憎んでるのを露骨にも吐き捨てて。
 運の悪いことに、その時近所の親子がその男に捕まっちゃって。その頃にはもう狂気染みた笑みさえ浮かべてたそいつは、
「オレがこうなったのは、全ては親を盗賊に殺されてみなしごになったせいだ。おまえらもそうしてやる!」
 そう言って、親の方を斬り殺そうとしたから・・・一番近い位置にいたあたしが、とっさに刀を抜いたってわけ。さすがに一刀両断ってわけにはいかなくて、そいつは地面に倒れ付してからも生きていた。
 そうしてその男は、引き立てていかれるまでの間、ずうっと世間を呪う言葉を垂れ流し続けたの。

「オレを不幸にしたのは世間のせいだ、親を殺した盗賊も、その盗賊を事前に捕らえることの出来なかったお前ら(火附盗賊改)も、全員同罪だ、殺してやる、殺してやる、殺してやる・・・」

 そう、何度も何度も。
 まるで、自分以外のものを憎むことでしか、生きる術を持たないかのように。
 その『牝誑』が、あたしが斬った傷が原因で死んだのは、それから数日後のことだった・・・。


 ───断っておくけど、あたしは別にその盗賊を斬り捨てたことを後悔してるわけじゃないのよ。あたしがそうしなかったら、また1人不幸な孤児が増えるだけなんだし。
 ただ・・・例の妙な夢をまたしばらく見る羽目になったのは、多分身につまされたせいなんでしょうね。自分の不遇を、世間を憎むことでしか晴らすことが出来なかったって男に対して。
 もしあたしが、与力としての自分の居場所や意義を見つけることが出来ずにいたら、一体どうなっていたかしら。やっぱりあの男のように世間を怨み、自分の職権を乱用した挙げ句に、悪事にでも手を染めていたかも知れないわ。
 まあ、あくまでも仮定の話だから、言うだけ馬鹿馬鹿しいけど。


 そして今回、またこの夢を見た、ってことは・・・。
 無意識のうちに焦っているんだろうなあ。事件の捜査が、まるで進展しないことに対して。
 おまけに《龍閃組》なんていう、与助の言う『専門家』までしゃしゃり出てきたから、尚更なんでしょうね。
 あたしに《龍閃組》の連中みたいな、不思議な妖力でも使うことができれば、こんな事件ぐらいたちどころに解決できるだろうに、って・・・。


 ───あたしは布団の中でもう1度、手の平をこちらへ向けて眺めてみた。
 御厨さんのような竹刀ダコもなく、《龍閃組》の連中のような妖力も使えない、これっぽっちも男らしくも武士らしくもない、なまっちょろい手を・・・。

*********************

 その時、部屋の外に人の気配を感じた。
「・・・榊さん、起きていらっしゃいますか」
 眠りを妨げぬよう、静かに押さえたその声は、御厨さんのもの。
 あたしがつい返事をせずにいると、もう1度。
「榊さん・・・」
「・・・起きていますよ」
 溜め息を1つ吐いた後、あたしはゆっくりと身を起こした。

 御厨さんは廊下から障子越しに、そのままあたしに用件を伝える。
「お休みのところ申し訳ありませんが、目通りを願いたいと申す者が来ております」
「あたしに? 誰なんです?」
「それが・・・岸井屋の女房と息子でして。どうしても相談したいことがあるから、と」
 ───岸井屋ですって?
 あたしの脳裏に、亭主の死を悼みつつも、詰所って事でどこか居心地悪そうにしていた女の姿が浮かんだ。
 だけど・・・確か岸井屋って、奥方と一緒に来ていたのって番頭だったんじゃなかったかしら?

「女房と一緒に来ているのが、息子なんですか? 今日ここへ来た番頭じゃなく?」
「はい、親に良く似た息子です。どうなされますか?」
「・・・会いましょう。今行きますから、待たせておいて下さいな」
 そう言って、一旦御厨さんを下げようとしたあたしだけど、ふと思うことがあり引き止める。
「・・・あたし、何刻ぐらい休んでいましたかしらね?」
「半刻(約1時間)ほどかと。申し訳ありません。折角休んでおられたのに・・・」
「気にする事はありませんよ。事件は待っちゃくれないし、それに少なくとも、目の疲れだけは取れたみたいですから。・・・悪かったですね、色々と気を遣わせて」
 思わず付け加えた言葉は、照れのせいかどこかぶっきらぼう。多分そのことが分かったんでしょうね。「いえ」とだけ答えながらも御厨さんが、どこか笑いを含んだような声になっていたのは、単なるあたしの気のせいかしら。

*************

 すこしだけ乱れた髪に櫛を通し、脱いでいた羽織に手を通してから、あたしは詰所に姿を見せた。
 そこには御厨さんの言う通り、今日会ったばかりの岸井屋の奥方と、目鼻立ちが母親似の息子が待っていた。あたしの顔を見ると、恐る恐る頭を下げる。
「・・・相談したいことがあるそうですね。今回の事件と、何か関係があるのかしら?」
 あたしがそう持ち掛けたところ、奥方は「関係あるかどうかは分からないのですが」と前置きした上で、話を始めた。
 その横で、年のわりには利発そうな息子が、挑むような眼差しで睨んでくる。多分、あたしが母親に言葉だけであろうと害を与えようものなら、たちまち噛み付いてくるぐらいはするだろう。
 父親がいない今、母親を助けられるのは自分だけ───そう心に決めているのが見て取れて、あたしは痛ましさと共に羨望を、彼に感じたわ。
 すっかりヒネちゃったあたしには、多分こんな瞳をするのは無理でしょうね。

「実は・・・主人の身の回りのものを整理しておりましたら、変なものが見つかったのでございます」
 そう言って、奥方が取り出したのは何やら重そうな風呂敷包み。
「まるで人目を避けるかのように置かれていたのでございますが、このようなものをどう扱っていいものか分からず、こちらへ来た次第で・・・」
「律義者の番頭に相談しても良かったんじゃないですか?」
 とりあえず牽制してみたら、奥方の表情は見事に強張った。
「店のことならともかくも・・・夫としての又之助の相談は、あの男になどしたくはございませぬ」
 ・・・なんだか、随分とややこしい人間関係がありそうよね。でも、それでわざわざ息子を連れてきたって事なのか。血の繋がりのある、実の息子の方が信頼が置けるって事なんでしょうね。
 奥方は風呂敷包みを解こうとしたが、手元がもつれてなかなかうまくいかないみたい。別にもったいぶってるんじゃないんでしょうけど、いい加減イライラして来たあたしは、そばにいた与助に代って貰った。
「・・・?」
 風呂敷きの中から出てきた物を見て、あたしは眉をひそめずにはいられない。

 それは、一見何の変哲もない巾着袋だった。どうやらかなりの小銭が入っているらしく、じゃらじゃらと音が聞こえる。
 ただ、柄の趣味はいただけないわね。全体的には深緑、そして底の部分には白い格子模様が入った布が使われているんだけど、どういうわけか褐色色の染めが入れられている。何もこんな染めを入れなくたって、もっと違う色の方が引き立つでしょうに。これを作った人間って、よほど美的感覚がないらしいわ。
 しかし・・・これのどこが、奥方を震え上がらせるような代物だって言うのかしら?

「小銭とか、瓦版とか、色々入ってるみたいっすね」
 与助は言いながら、巾着の中のものを1つ1つ取り出す。だけど、それを見守っているうちにあたしは、段々胸の中がむかついてくるのを覚えていた。
 紐で束ねられた小銭は銅貨でみんな妙に変色しているし、瓦版のはずの紙が何故か真っ赤に染められている。そして、こちらに漂ってくる鉄錆の匂い・・・。
「榊さん、どうかなさったんですか?」
 あたしの顔色の悪さに気づき、御厨さんが声をかけてきたけど、あたしは返事をするどころじゃなかった。
 ただちに与助から巾着袋を引ったくり、自分で検分する。中から出てきたのは他に、端が赤くなった手ぬぐいに、薄い桃色の鼻紙、そしてところどころが紫色になっている緑色のお守り袋・・・。
「こんな桃色の鼻紙なんて、どうやって手に入れたんでありやしょうねえ? しかも男が。綺麗な女人って言うなら、話は分かりやすけど・・・」
 後ろから覗き込んでノンキなことを言ってる与助に、あたしはきっぱり言ってやった。
「・・・別に桃色の鼻紙なんて、ありはしませんよ」
「え? けど現にこうやって・・・」
「これは普通の鼻紙に他なりません。ただ・・・少し血に染まっているみたいですけどね」

 一瞬の沈黙の後。
「・・・・うわわわわっ!?」
 事の次第を知った与助が、情けない叫び声を上げるのを聞きながら、あたしはゆっくりと手の中の瓦版を広げた。
 丁寧に畳まれていたそれは、広げようとすると紙同士がくっ付いてしまっていて、下手をすると破れそうだ。それでも苦労をして、内容を検分する。
 これはあたしもよく見かける、杏花って瓦版屋が作って売り出しているものに間違いない。だけど、彼女がこんな色の紙を使ったことなど、今まで一度もなかった。
 だとしたら、答えは1つ。この巾着袋全体が、血に染まっているって事だわ。だから巾着袋に変な染みが入ったり、小銭が変色してしまったわけね。

「どういう意味なのだ、これは!」
「私どもにも訳が分からないのでございます」
 御厨さんの厳しい詰問に、岸井屋の奥方はすっかり脅えてしまっている。
 それでも自分たちは何も知らないのだと言うことを主張すべく、必死でもつれる舌を動かしているって感じね。気休めにも、息子の手をぎゅっと握り締めて。
「い、今までわたしどももこのような巾着、見たことがないのでございます。主人の身の回りのものを整理しておりましたら、まるで隠すようにされていたものを息子が見つけて・・・」
「では、又之助の持ち物ではない、ということなんですね?」
「さ、さようでございます」
 ガチガチと歯まで震え出した奥方は、縋るような目であたしたちに聞き返してくる。
「一体主人は、何をしていたのでございましょうか? こんな、血まみれの大金が入った巾着袋など・・・。ま、まさか、強盗でもしでかしたのでは・・・」
「それは・・・」
 さすがの御厨さんも、多分同じ事を考えてしまったんでしょうね。すっかり言葉を失ってしまっている。

 だけど、あたしにはこれだけは言える。
「・・・そんなことはありえませんよ。もし又之助がそのようなことをしたとして、どうしてわざわざ巾着袋ごと隠しておく必要があるのですか? 万が一見咎められたら、言い訳のしようがないでしょうに。今だってそうなったじゃありませんか」
「し、しかし・・・」
「小銭だけを取り出して水ででも洗い、巾着袋やその他のものは埋めるなり、焼却してしまえば証拠は隠滅できるではないですか。小判ならともかく小銭なら、使ってしまえばまずアシはつかないでしょうしね」
 さすがに犯罪を促進しそうな話題は、御厨さんだけに聞こえるような声音で言ったけどね。
「・・・確かに」
 御厨さんも、あたしの鋭い観察眼に頷いているうちに、いつもの冷静さを取り戻しつつあるみたい。
「じゃあ、一体これは何なんで?」
「それをこれから調べるんですよ、与助。・・・あなた、スミマセンがこの2人を岸井屋まで、送っておあげなさいな。もう夜は遅いことですしね」
 あたしはそう口にする事で、この話題を打ち切ることを暗に提案した。
 むろん巾着袋のことは、誰にも口外しないように言い含めて。

 そうして、岸井屋の親子を帰そうとして、あたしはふと息子の方を呼びとめる。
「・・・そこの坊主、あなた随分威勢がいいみたいね。そんなにおっかさんのことが、大事?」
 揶揄するようなあたしの言葉に、思った通り息子は引っ掛かった。
「あったりまえだろ! 母上は俺が守ってみせるんだ!」
 まあその心意気は頼もしいことだわね。実現できるかどうかは、別物だけど。
「それが盗賊とか、ならず者相手でも?」
「そうだ!」
「ふうん、それでその威勢の良さで、父親ともちょっとしたケンカをしたって事?」
「・・・何だよ、それ」
「だってあんたの父親の顎に、爪で引っかいたような跡があるじゃない。アレ、あんたが取っ組み合いの喧嘩でもした時に、うっかり爪を立てたんじゃなくって?」
「はあ? どうして父上と喧嘩しなきゃいけないんだよ。俺大好きだったのに。それにアレって、ミケにやられたんだろ? 父上が自分で言ってたぜ?」
「あら、そうだったかしら。ごめんなさいねえ、あんたが喧嘩腰にあたしを睨み付けるもんだから、てっきりアレもその名残だったと勘違いしちゃったのよお」
「何だとお・・・!」
 息子は今にもつかみ掛かってくるような形相になったけど、母親と御厨さんに止められて渋々怒りを納めるのだった。

************
(7)−2に続く・・・



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