moonshine  エミ




2007年07月01日(日)  御旗、楯無も御照覧あれ。(其参)

(前々回、前回より続いています)
��そして、大河ドラマ『風林火山』

そして、そんな一億総オタク時代(?)に颯爽と登場したのが、本格派大河ドラマ『風林火山』なのである。
ここのところ放映された、『秀吉』や『利家とまつ』、『功名が辻』みたいな、安っぽい偽ヒューマニズム、薄っぺらいホームドラマ、歴史の常識も知らないような若いアイドルが演じるような拙さの面影は、このドラマにはない。時折、「昼ドラ?」みたいなメロドラマに走るのがちょっと気になりますが、それもまた時代劇っぽくてよい。それに何より基本は骨太である。

今年生誕100年の井上靖さんが原作とはいえ、最近の研究もよく反映されている。今川義元は男前で、三条夫人はあくまで賢妻だ。脚本もすばらしい。45分の一話に、あらゆる刺激と娯楽が無理なく組み込まれ、綿密な脈絡が配置され、設定も台詞もミニマリズムの快感にみちている。脚本さんも演出さんもカメラさんも音楽さんも、すべてが一流! ホンモノを作るぞ、という気魄がぎんぎんとみなぎっています。

そして役者たちがすばらしい。若者も重鎮たちも、知名度的に地味でも、底知れない演技力がある。中でも私が恋しているのが武田信玄を演じる市川亀治郎さん。年は31歳、屋号は澤瀉屋、歌舞伎界の若きスターである。とはいっても彼に注目したのはこのドラマを見てから。梨園の人だけあって、発声といい所作といい、静も動も凛として、それはそれは素敵なのです。もちろん、彼のこともネットで猛然と調べました。

「若手歌舞伎俳優の中では屈指の理論家、勉強家と評される。自宅には書店が開けるくらい蔵書が置いてあると噂されている。」
慶応大学出身らしいです。ちなみに主役の内野聖陽さんは早稲田出身だから、実は今年の大河は早慶戦です。

ドラマ中でも正妻の池脇千鶴演じる三条夫人に、「お館さまは、こう申してはなんですが、あまり見目よい方ではございませぬ」といわれているとおり(ひどい)、キムタクだとか妻夫木くんだとかみたいに2枚目だったりかわいらしかったりする方ではない。役柄上、小汚いかっこうの多い内野さんはともかく、今川義元を演じる谷原章介なんかと並ぶと、そりゃあ一般の婦女子が亀さまにハートの目を向けることはないでしょう。でもでも、「なれど、寄り添うてみると、お館さまの良さはすぐにわかります。」とちーちゃん三条夫人は言う。さすが正室。そう、このドラマでの武田信玄は、めっぽう魅力的な若殿さまなのである。そして、それは亀さまのすばらしいお芝居が作り上げている面も大きいのである。

亀さまに打ち抜かれたわたくし、会社のお昼休みにBOOK OFFまで走って、『三谷幸喜のありふれた日々5』(朝日新聞社)まで購入してしまいました。彼が書いたパルコ歌舞伎「決戦!高田馬場」に出演していたので、この巻に亀さまに関する三谷さんの記述があるのです。といっても全部で7ページくらいですが、そんな情報でもこの手にしたいという、まさにオタク魂・・・。ちなみに亀さま、私がこんなに夢中になっているこの6月は、ここ博多にて蜷川幸雄演出のシェイクスピア歌舞伎「十二夜」にご出演でした。チケットを取っていなかった自分を殴り倒したい。

実は私、数年前に、博多座で亀さまの歌舞伎を見ているのです。市川海老蔵襲名公演にて、「義経千本桜」の義経役、「助六縁江戸桜」では花魁・白玉を演じておられました。でもでも、そのときは海老蔵と菊之助、団十郎と幸四郎に釘付けで、亀さまの記憶はさだかではありません・・・。南無。

・・・・・・(ここまで一気に書いて、さすがに我に返りました。)

こんなに長い駄文を、いったい、私は本当にアップするつもりでしょうか。や、する。するとも。こんな長文を最後まで読む人がいなくても、画面の前のあなたがドン引きでも、かまいません。これが趣味というものなのだ! そこには、なんの実利も、欲得もありません。こんな情熱が実在の人にでも向けられようものなら、まさにストーカー的危険性がありますが、何しろ相手はテレビドラマ、手の届かない俳優さんです。こうして一人できゃぴきゃぴ言って、困った日記を書くくらい、誰にも実害はありますまい。

オンナ28歳、こんなことに夢中になっているわけにはいきませんぞ、と生活者たる私の側面が諌めていた。でも、そんな制止は、現在ダークサイドに落ちている黒カピ信様に対する家臣の諫言ほどにも、及ばないのである。あ、黒カピ信って、ネットではもっぱら、こんなふうにいわれている信玄なのです。慢心して非道に走っているから黒、信玄の現在の名前”晴信”の信、そしてカピってのは、亀さまがカピバラに似てるって評判で・・・嗚呼、誇り高い亀治郎さんがこんなの知ったら、激怒しそうだ・・・。

ともかく、私の中に息づくオタク性、歴史好き、そして面食いでない本格派の男好みが結集して、こんな事態になっているのですが、まわりのドン引きをよそに、あと半年、続く大河ドラマに私は至福を見出すでしょう。おしまい。

あ、書き忘れてた。タイトルは、代々の武田氏当主が、先祖伝来の家宝の前で宣誓を立てる言葉です。有名ですね。1988年の『武田信玄』でも使われてました。御旗、というのは皇室より授けられた日章旗。楯無、とは、父祖たる甲斐源氏の源義光が用いたとされる鎧の名前であります。楯がいらないほど屈強な鎧、というわけですね。『風林火山』では、第13話冒頭、父である当主・信虎を追放して家督を継いだ晴信(信玄)が、この言葉を口にします。これがまた、かっこいーんだ。このシーンだけでも5回くらい見ました・・・・。やれやれ。(と、ちょっと村上春樹ふうに終わってみる。)
Mail Home

BBS blog






2007年06月30日(土)  御旗、楯無も御照覧あれ。(其弐)

(前回より続いてます。)
まったく、恐ろしい事態になったものだ。もはや私には、息抜きなんて必要なかった。普段自分ののんびりした余剰時間を支えている、雑誌や本を読んだり音楽を聴いたりすることもすっかり忘れていた。気がつけばいつも、心はそこに向かっている。これではまるで、恋ではないですか。是は、如何なることか。

�,發箸發函�熱しやすい性分である。

子どもの頃からそうだった。なわとび、鉄棒、折り紙、ゲーム、音楽、もちろん読書、そして、好きになった人(物語の中の人や、芸能人、スポーツ選手など含む。)もたくさんいる。好きになると止まらない。その偏執に近い情熱の傾け方は、「恋する乙女」というよりは、そう、「オタク」に近いのである。

しかし、対象に向かって突き進む私の集中力は、平穏な生活を重んじる私の両親の目には危うく映っていた。「私たちの子どもなんだから特別な器量があるわけでもあるまいし」「何より大事なのは規則正しい生活です」「この子は一歩間違えば、宗教などに走るタイプではなかろうか・・・」。私が何かに夢中になるたびに、「ほどほどにしなさいよ」とストップがかかった。おかげで私は何かを極めることもないが、そのかわり自制という概念を身につけ、こうして社会に順応した大人になったわけです。それについては基本的に両親に感謝してます。やっぱりほら、基本、凡々とした人間ですから、エキセントリックに生きては苦労するだけなのです。

それでも、三つ子の魂百まで。私のミーハー魂、オタクっぷりは、ふとしたことで爆裂するのだ。

�∪い涼罎脇�々、進歩している。

私が小学3年生のときに放映された大河ドラマが、『武田信玄』。1988年のことである。その少し前に、民放で『おんな風林火山』というドラマをやっていた(主演はなんと、若き日の鈴木保奈美)のだが、その原作となる少女マンガを読んでいたこともあって、私はたちまち、この重厚な大河ドラマに夢中になった。当時20代だった中井貴一の武田信玄は涼やかで男らしく、いかにも時代がかった登場人物たちの言葉遣いの魅力はすばらしく、平幹治郎や小川真由美の怪演に震えあがり、紺野美紗子や南野陽子のお姫様ぶりは夢見がちな少女を虜にした。視聴率も歴代大河ドラマトップクラスの名作だった。

既にオタク魂を会得していた私は、この大河ドラマをきっかけに、みるみる好奇心を歴史の世界に派生させ、そのドラマチックな世界に傾倒していった。図書館や本屋を駆使して本を読み漁っていったのである。私の知識は日本で生まれた学生が学ぶべき常識を凌駕し、小学校、中学校はもとより、高校に至っても、日本史という教科で苦労することはついぞなかった。どうやら、一般的には女性は歴史に興味をもたないようで、今でも会社の飲み会なんかでオジサマたちが歴史の話を始めると、異様に食いつきのいい私は半ば感心され、半ば呆れられている。まあ、それで得したことはほとんどないけど。

といっても、私も歴史ばかりに青春を費やしたわけではなく(あたりまえだ・・・)、興味の矛先はいろんなところに向かっていたのだが、今般、久しぶりに大河ドラマを見て、歴史のおもしろさに再び開眼した(してしまった)。

そんな私を待ち受けていたのが、このネット社会である。座して指を動かすだけにして、なんと膨大な情報の手に入ることか!

そして、世の中は進歩する。この平成の世は当然ながら、日々戦国時代から遠ざかっていくというのに、その研究は驚くばかりに進んでいるのである。私が子どものころに見飽きるほど見ていた(どんだけ好きなのだよ、)信玄の肖像画は、昨今の研究では別人のものであるという見解が広がっていた。『甲陽軍艦』を初めとした歴史資料の真偽のほどの検証は進み、暗君といわれた今川義元や武田勝頼の武将としての評価は見直され、子どものころには理解できなかった当時の政治的状況も、今ではスポンジが水を吸うように飲み込めた。1988年の『武田信玄』であれほど正室の三条夫人が悪し様に、そして諏訪御寮人が可憐に描かれていたのは、あのドラマの原作者たる新田次郎が諏訪の出身であるから、ご当地贔屓的なものがあったのだ、という驚異の事実(?)も知った。

ああ、なんと歴史とは面白いものか。それに、これだけのことを瞬時に探せるネット社会のすさまじさ。客観的資料だけではなく、mixiのコミュニティや個人のホームページ、果ては「2ちゃんねる」の大河ドラマ版にいたるまで、目を皿のようにして読んだ。2ちゃんねるを毛嫌いする人はいまだにいるが、「ヲタ」とか「厨」とか「香具師」とか「粘着」とかいわれるような、目を覆うような書き込みをスルーすれば、やはりその情報量や、オタクゆえの愛情の深さは目をみはるものがあります。ちなみに、なんとわたくし、混みあいがちな2ちゃんねるを快適に閲覧するために、ついに専用ブラウザまでインストールしてしまいました!

かつて、一般的にメジャーでないものを好きになると、その愛情を語り合えることはほとんどなかった。それが今ではクモの巣は世界に張り巡らされているのである。同好の士がこんなにいる、というのは、それだけで盛り上がるもの。かくてオタクの切磋琢磨はすすむのである。(さらにつづく)
Mail Home

BBS blog






2007年06月29日(金)  御旗、楯無も御照覧あれ。(其壱)

タイトルを見てなんのことか察した方、両手で握手を求めさせてください。

ここ最近わたしが矢も盾もたまらず愛しぬいているのは、大河ドラマ『風林火山』である。
最初の3,4日は、「駄文を書いてる時間なんぞ、あろうはずがありません」といった具合だった。
そのあと、この激情を余すところなく書きつくしたい欲に駆られたが、何しろいろんな意味で忙しかったのでまとまった時間もとれず、中途半端に書きたくなかったので見合わせていた。もっとも、こんな「恋は盲目」状態で書く文章など、読むほうにとっては鬱陶しいに違いない、というおそれもあった。いったい何をそんなに自意識過剰になっているのであろうか。これも恋のなせるわざである。

今日は土曜日で、見境ない情熱もひと段落し、激しくも愚かしい恋から、穏やかな愛情へと落ち着いてきたところなので、ようやく書きます。しかし、書きながらエキサイトするであろうことは想像に難くない。

遡ること2週間前、実家に帰った折に、初めて今年の大河ドラマ「風林火山」を見た。第24話である。帰省中なので、テレビはリビングでなんとなくつけられているだけであって、両親との久々の団欒の合間に、目を走らせるくらいだった。それでも、何か心に留まるものがあったのだった。それからは、帰宅後、ネットサーフィンの時間になんとなくこのドラマについて調べるようになった。「うーん、見れば見るほどおもしろそうだぞ。」

土曜日がやってきた。ご存知の方も多いでしょうが、大河ドラマは、毎週土曜の昼に前週の再放送をするのである。
ふだん「めざましテレビ」以外でテレビをつけることのない私だが、前日からテレビ番組表をチェックして時間を確かめておき、改めてじっくり第24話を鑑賞。

やばい、この一週間の期待をはるかに超える面白さだ。すぐにパソコンを立ち上げた。今ほど、このネット社会に感謝したことはない。そして、光ファイバー通信に加入し、動画鑑賞に堪えうるCPUを搭載したパソコンを購入していた自分の先見の明(?)に万歳三唱だ。なんと、かの『you tube』には、これまでの放送のすべてがアップロードされているのである!!! 

著作権とか考えると決してよろしいことではないのでしょうが、もうそんなこと言ってらんない。かくて私は、夏のお昼だというのに部屋を暗くして、これまでの放映をじっくり見始めたのである。もうやめよう、もうやめようと思うのだが、既にかっぱえびせんなんてメじゃないほどの止まらなさ。やばいやばいと思い、途中でごはんを食べたり、洗濯・洗濯をしたりしてみたり、買い物に出かけたりしてみるのだが、すぐに体はパソコンの前に吸い寄せられ、指は勝手に次のプログラムを見るべく、力強くクリックを繰り返していく。日曜日の夜が終わって気がつくと、瞬く間に第24話、約半年分の鑑賞を制覇していた。(つづく)
Mail Home

BBS blog


<< □ >>