今年も例年通り、我が家に連休などない。 主人は1日だけ休みを取れた。
その休日に、主人の友人を連れて、津波被災地に行って来た。彼等が共に過ごした、思い出の地なのだ。 友人は外国人。25年前に1年間だけ日本に住んでいた事があり、主人とはその時に仕事で知り合った。 「俺は日本語覚える気は無いから、お前が英語を覚えろ」と言って、主人に英語を仕込んでくれたのは、この人である。 彼が日本を離れて以来没交渉だったが、数年前にフェイスブックで彼が主人を見付けて連絡をくれたのが、再交流の始まり。インターネット凄い。 本当は昨年来日の予定だったが、家族の急病で急遽キャンセルになり、再会は今年に持ち越されたのであった。 「日本に来るなら是非会いたい。こちらまで足を延ばすのは大変だろうが、君はあの土地をその目で見るべきだと思う」という主人の勧めもあって、今回東北まで来てくれたのだ。
ところで、私は英会話はさっぱりである。センター試験の英語こそそこそこの点を取れたものの、あんなのは所詮マークシート方式だし、大学入試の時をピークに学力は低下の一途。 今回異人さんと英会話するにあたって、予習しなきゃと思ってはいたが、結局何もしなかった。子供の頃から勉強せずにぶっつけ本番で試験に臨むタイプなのは、大人になっても変わらないものだ。(←開き直り) 準備と言えば、主人に頼んで英和&和英の辞書アプリをタブレットにダウンロードして貰った程度で、後は英語ペラペラ(当社比)の主人に任せたが、蓋を開けてみれば、永年英語を使っていない主人の英会話レベルも私とどっこいどっこいだった事が判明したものの、結局は何とか意思の疎通が出来た。 というのも、日本滞在当時は日本にも日本語にも興味が無かった友人だが、その後帰国してから勉強したという事で、思った以上に日本語が通じたためである。英単語と言えば真っ先にファッキンぐらいしか思い付かない私の片言の英語より、彼の日本語の方がレベルが高いと思う。
前日にはこちらに来た友人と夕食を摂り、その夜は近所の宿に泊まって貰った。本当は我が家に泊めて持て成すべきだが、狭い賃貸での転勤生活、客用の布団も部屋も無いのだ。 翌朝は3人で車で出発、昼には沿岸部に到着した。 海の幸で腹拵えをして土産物を買い、嘗て友人が住んでいた辺りを回ってみる。 そこはもろに津波を被った地域で、残った建物には線が記されて、「ここまで津波が来たよ」とわかるようになってた。 グーグルストリートビューで予習していたし、彼が住んでいたアパートは当時から古かったので既に無いのはわかっていたが、それでも実際目にするとショックだったようで、 「(当時の物は)何も残っていない。ナッシング」と言っていた。 まるで別の町みたいだ、とも。主人によると震災以前に区画整理がされたようで、道の形自体が昔と違うのだそうだ。 そして隣の区画には、瓦礫がまだそのままに積まれていた。5年経つのに全然復興してないな……と唖然とする主人。政治家やマスコミや土建屋の関心は熊本地震や東京五輪に移ってしまい、もう東北の復興なんて忘れ去られているのだろう。 同じ津波被災地でも、大規模な嵩上げ工事をやっていた所もあったというのに、一体何が違うのだろう。そしてどれが正解なのだろう。答えが出るのは何年後になるだろう。 その後は、彼と主人の過去の職場も訪れてみた。こちらは津波の被害は無かったけれど、震災の前に建て直されていて、やはり当時の面影は無かった。 それにつけても、街中を走りながら主人が「ここにはこんな店があったんだけど無くなっちゃったな」とか「あっまだこの店残ってるんだ」とか言うのは、殆ど全てが飲食店……この人の記憶は本当に、食べ物中心に構成されているのだなあ。
沿岸部を離れて、内陸部の新幹線駅まで彼を送り届けた。 この後2人で食事するんでしょ、僕の事は置いてって大丈夫だよと言われたが、時間もあるし折角なのでホームまで見送る事に。 そしてホームでお別れの抱擁をするオッサン2人。実に微笑ましい光景である。 主人は別れ際に、「君が幸せそうで、僕も嬉しい」と言われたそうだ。正直な外人の目にもそう映ったのなら、主人は本当に幸せなのだろう。安心した。 今日は有難う、とても楽しかった! 今度は僕の国にも遊びに来てね!と言って、彼は東京に戻って行った。 遊びに行きたいのは山々だけれど、3日で和食が恋しくなる身としては、世界一飯が不味いと言われる国に行くのは、悩ましいところである。
今月2回目の子守も無事終了。 甥っ子は一寸洟が垂れていたものの、頗る元気であった。 食欲は相変わらず旺盛。保育所では有名な食いしん坊で、食の細い余所の子の親から妹は羨ましがられたとか。 好物は、御飯と納豆と豆腐と茄子の味噌汁、あと果物。 ポンカンを剥いて、甥っ子と半分ずつ分けて食べていたら、甥っ子の方がペースが速かったので気付いたのだが、こいつもしかして噛んでないんじゃ……。 ちゃんともぐもぐ噛んでね、お口の中が空っぽになってから次を食べるんだよ、と指導したが、これは毎朝急いで流し込むように食べさせられているせいだと思う。しかも与えられる一口一口が大きいし。
今回の甥っ子 ・語彙が増えた。 それもあれも全て「これ」、美味しいと「んま!」。美味いじゃなくて美味しいと言えるようになって欲しい。 動物は全てワンワン、空飛ぶものは烏も蝙蝠もピッピ或いはチュンチュン。 物を落とすと「おちた」、見付けると「あった」と言う。自動詞と他動詞、現在形と過去形の区別はまだ出来ない ・「チュー」と言いながら、縫い包みにキスをする。そしてそれを今度は私に「チュー」と言いながら押し付けて来る。なんか湿ってるからやめて ・「もこもこもこもこ」或いは「まかまかまかまか」と早口で言うのが楽しいらしい ・イヤ!と拒絶の意思表示が出来る ・型合わせとか嵌め込みタイプの玩具(参照例)で遊べるように。以前は中身を取り出してガラガラやるだけだったが、正しい色と形を見付けて嵌め込む事が出来るまで成長した。 しかし中身が詰まって思うように入らないと、癇癪を起こす。こういう所だけは私や妹に似てるなあ……
先日保育所で、画用紙の鯉幟に目玉のシールを貼る作業があったそうで、「こういうのって、子供達の性格が出るんですよね」と先生が仰っていた。 他の子の鯉幟は、目玉が山羊のように横長だったり飛び出ていたりしている中、甥っ子の作品は、ちゃんと所定の位置に正しく目玉が収まっていた。 こういう所は、妹に似ていない。今は兎も角、子供の頃のあの子は、出来上がりに拘らないタイプだったからな。 甥っ子は一寸繊細な感じ。実験や観察が好きな研究者タイプと見た。
最終日は、妹が早朝から出張に行ったので、私が甥っ子の世話を任されたのだが、大人しくしているのをいい事に炊事洗濯にかまけて放置していたら、甥っ子が突然泣き出した。 何事かと思ったが、どこか痛い訳でもなさそう。 朝から母親はいないし、朝食後はTVの前に一人にされていて、悲しくなったのかも知れない。暫く座って抱っこしてヨシヨシと頭を撫でていたら落ち着いた。 支度を済ませて、じゃあ保育園に行こうね、と乳母車を引っ張り出すと、甥っ子は俄然元気になった。 しかし保育園に到着すると、えっここで降りるの?と騙されたような顔をしていた。こちらとしては騙したつもりは無かったのだが、甥っ子は休日だった前日同様、長いお散歩に連れて行って貰えてワンワンにも会えると期待していたらしい。 期待が裏切られたショックは大きかったようで、保育所の中に入って先生に抱っこされても、全く笑わなかったし、何も言わなかった。 「あらー、まもちゃん(仮)どうしたの? 今日はいつもと違って随分静かねえ」と先生に心配されても、泣きそうな顔をして黙っているだけだった。 その様子はとても不憫で、家に連れ帰って一緒に過ごそうかとも思ったが、昼飯の支度もうんこおしめも出来れば保育所にお願いしたいという気持ちが勝った。 甥っ子の世話は保育所にお願いして、洗濯の続きをしに私だけアパートに戻ったのだった。 連絡帳によると、私が去ってから、甥っ子は暫く泣いていたらしい。平日のようにお友達が沢山いれば、また違ったのかも知れないけれど。 次回はもっと可愛がってもっと遊んでやらなきゃなーと思った。
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