| 2016年02月26日(金) |
映画「プライドと偏見」 |
実家の本棚にあったのは「自負と偏見」だったので、「プライドと偏見」という題名はピンと来ない。 面白いから読んで御覧なさいとずっと母から言われていたけれど、実は未だに読んでいない。
2005年に作られた、イギリスの映画である。 英語はわからないながらも、何となくアメリカ英語とは違うイギリス英語の響きを聞きながら、最初は眠くなりそうだった。 しかし次第に面白くなる。大抵の女性はこういうのが好きなのではないだろうか。 でも同時に、こんな男いねえよ(笑)という気持ちにもなった。そんな大金持ちで見た目も良くて誠実な独身男性なんて、いつまでも残っていないって。家柄が良けりゃ尚更、さっさと親や後見人が相手を決めちまうって。チャンスはド田舎の貧乏貴族の次女にまで回って来ないって。 それでも時代を超えて何度もリメイクされて愛されるのが、王道のラブ・ストーリー。 いつか王子様が。いつの世も、女性は夢見るのだ。
いいなと思ったのは、今時の映画によくある、どぎつい場面が一切無かった事。そう言えばキスシーンすら無かった。 非常に上品な作りであった。主人公の母親と妹達は下品だったけれど。 品と言えば、ゴーンガールの主人公をやっていた姉役の人は品があって良かったけれど(他にも、最近の007シリーズのM婆さんや、トラヴィス巡査が出て来た)、肝心の主人公がイマイチ残念だった。この人は妹役の方が合っていたと思う。 顔はとても綺麗なのだが、さほど品良くも、聡そうにも見えないのだ。こればかりはどうしようもない。その人が醸し出す雰囲気の問題だ。
後でウィキペディアで粗筋を読んでみたが、作者は主人公に自分を投影したらしい。 女の幸せは顔で決まるけれど、知性と教養も大事よ!というお話。 良い結婚相手を掴むには、今も昔も、自分磨きが大事と言うことである。
今更だが、この騒動は他人事として結構面白かったので、感想を書いておこうと思う。
まず驚いたのは、ネットでは意外とベッキーが嫌われていたという事だ。 優等生っぽくて嫌いだったのよねーというよくわからない理由から、痴漢冤罪をドヤ顔で平気で告白していたからと言う尤もらしい理由まで様々だったが、何かのランキングで上位に入るような高感度タレントの割に、アンチも多かったようである。 そしてバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル(面倒なので以下ゲス)が、あの程度のご面相なのに何故かモテモテという事。 清純派と思われていた高感度タレントが、歳下のポッと出のミュージシャンと不倫していたというこのギャップ、そりゃあ世間は盛り上がりますわ。 他人の恋愛に無関心になった私のようなオバサンすら、関心を示したほどである。
今回の騒動で色々な人が色々な事を言っているが、その中で私がおかしいと思った事や、それはおかしくないと思った事など。 既婚者である事を隠していたゲスより、ある意味騙されたベッキーの方がダメージが大きいのに、ゲスが謝罪会見もしない上に干されもしないのはおかしい!と息巻く人もいるけれど、それは職業上致し方ない事だと思うのだ。 タレントはイメージを売る仕事。虚業である。 一方のゲスは、歌を売る仕事。ある意味虚業だが、実業とも言える、まあ微妙な所だ。 タレントと違うのは、音楽家の仕事は作品が全てという事。(少なくとも私はそうあるべきだと思う。だから、槇原敬之や飛鳥涼が覚醒剤で捕まった時、彼等のCDまでが売り場から撤去されたのは行き過ぎだと思った) 従って、両者で扱いの差があるのは当然である。 また、こういう時は男が出て来て説明しろよ!という、特にオッサン達の言い分。 素晴らしい騎士道精神だが、それに対してフェミニスト共は是非とも噛み付いて欲しい。男女差別だ!ってここで叫ばないでどうするよ。 矢鱈ベッキーを擁護するテレビ番組にはうんざりだが、それを覆すようなラインのやり取りやらが出て来たり、全然関係ない人が参戦したりして、傍観者としては結構楽しませて貰った。
ところで、ゲスの極み乙女。曲はいいと思う。 しかしどの曲を聴いても同じように聞こえてしまうのだ。アレンジのせいか? 好みの味付けだが、毎食これでは飽きてしまうよな……という感じなので、特徴と長所を残して、別の方向からガツンと聞かせて欲しい。 先ほど述べたとおり、人格は作品とは別。ボーカル兼作詞作曲がゲスでも、良い作品を送り出してくれる事を期待している。
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