おフランスでテロ発生。 ムハンマドの諷刺画に怒ったイスラム過激派が、それを掲載した新聞社を襲撃したそうな。
なんだかなーと思うのが、この件に関してマスコミはこぞって「表現の自由」を標榜しているが、同じ事を個人がやったら、途端にヘイト・スピーチ扱いするんだよね?という事である。 また、フランスの諷刺画と言えば、フクシマを揶揄したものが記憶に新しい。 私の記憶によれば、あの時日本のマスコミは物凄い勢いで非難していた筈だが、フクシマをネタにするのは許さないくせに、イスラム教の教祖ならいじってもOKなのか? これには酷い矛盾を感じる。
この件について訊いてみたところ、うちの主人は、天皇や国家元首や教祖など、特定の人々にとって大切な存在に関しては、それによって怒り狂う信奉者や傷付く人がいるのだから、軽々しく揶揄すべきではないと言う。 しかし私は反対だ。 どんな些細な事だって、傷付く人というのは存在するのだから、そんなのいちいち線引き出来ないし、気にしていたら限(き)りが無い。 そんな事言ってるから、あんたの大好きなモンティ・パイソンが今の日本では放送出来ないんだよ!と言ったら、あれは別物だと抜かす。 要は、ブラック・ジョークがどこまで通じるかという事なのか。 キリスト教圏は割りと寛容で、教祖キリストや国家元首が揶揄されても平気だが(しかし教義にも寛容過ぎてホモを容認しちゃ駄目だと思うの)、イスラム教圏や日本やアジアではブラック・ジョークの文化が無いからか、真面目に受け取って過剰反応してしまう人が多いようだ。 個人的には、それってつまんなくね?と思うのだが。
イスラム教狂信者というと、私が思い出すのは「悪魔の詩」事件である。 うわーイスラム教徒ってキチガイだわー、これはアンタッチャブルだわーというのを、日本でも印象付けた事件であった。 そう言えば、流石のキリスト教圏でもユダヤ関連はアンタッチャブルらしいが、イスラム教とはこれからも戦い続けるのだろうか。 やはり特別扱いは宜しくないし、諷刺も出来ない存在というのは不公平で不健全だと思うので、シャルリー・エブド紙はイスラム教だけでなく、ユダヤに関しても、表現の自由を行使して、どんどん諷刺したら良いと思う。
年末年始は私の実家で過ごし、主人と2人で本日帰宅した。 主人の実家はまた今度。この時期は凍結した道路が怖いので、行きたくないのだ。
私の実家には、妹が産んだ赤ん坊がいた。 前回会った時は残念大会開催中(父と私と妹とで、赤ん坊なのに何故か加齢臭みたいな匂いがするだの、顔のこの辺が残念だのと頻りに残念がっていたので、その様子を主人がそう名付けた)だったが、今では湿疹も消えて首も据わりつつあり、時々「んきゃ」と声を上げて笑うようになっていたので、だいぶ可愛く思えた。 そして、抱っこしてミルクを吐き掛けられる事2回……ちゃんとげっぷさせたって言ったくせに!駄目じゃん義弟! 汚された服は実家に置いて来たので、これから自分用の服を作らねばならない。 それに対して、赤ん坊の服は増える一方である。 私の幼馴染が実家に寄って、また乳児服のお下がりを沢山プレゼントしてくれた。 着ぐるみまでくれたので、その場で早速着替えさせて写真撮影。 幼馴染は赤ん坊を抱っこして、 「知らないおばちゃんに抱っこされて吃驚してるね〜でもお正月だからね〜お正月は仕方無いんだよ〜赤ちゃんは皆に抱っこされて玩具にされるのが宿命なの〜仕方無いの〜」 と言い聞かせていた。 そして着ぐるみの中で、真っ赤になって暑さに耐える赤ん坊……何という聞き分けの良さ! 私よりよっぽど空気を読める零歳児に驚愕した。
さて、あれほど可愛く見えた赤ん坊だが、撮った写真を後から眺めてみると、何故かそれほどでもない。 一体何の魔術だったのだろう。 一方、写真で見てもうちの主人は可愛い。妻の欲目か。
|