命の教育なんて無駄なのでは?という私に対し、主人は否定した。 仕事の関係で他所の子供達に道徳を説く機会があったのだが、少なくともその場にいた子供達はちゃんと反応していて、真剣に主人の話を聞いて納得してくれた様子だったという。 問題は、命の大切さを教えるべき現場の教員の倫理観が薄い事、真剣さが無い事ではないのだろうか、と主人は言っていた。
確かに普通の子供なら、それでいいだろう。普通の子供なら、ね。 しかし佐世保の少女は、どう見ても普通じゃない。 その前提が間違っているから、TVのコメンテーター共のコメントの悉く頓珍漢な事よ。 世の中に、常人の理解の及ばない人間がいるという事を知らないのだから、ある意味幸せな人達である。 言い方を変えれば、実にお目出度い。
と思っていたら、被害者両親のコメントに負けじと、翌日加害者の父親が謝罪文らしきものを発表した。 「らしきもの」というのは、これ本当に謝罪してるのか……?という箇所が散見されたからである。 遺族以外にも社会への謝罪がある点では評価出来るが、
・「ご両親様及びご親族様が受けた衝撃と悲しみの深さを深慮し、胸が張り裂ける思いでいっぱいです。」→胸が張り裂けるの用法に違和感
・「ご遺族様に対して、せめて道義的な責任を直視した対応をさせていただく」→道義的なの?
・「複数の病院の御助言に従いながら、私たちでできる最大限のことをしてまいりましたが」→家から放逐するのは最大限の努力とは言わないし、さりげなく病院のせいにしようとしているよね?
・「今は私自身生きる自信さえ喪失しかけておりますが、私の命をもってお詫びしても償うことはできないものと捉え」→自分が辛いから死に逃げたいのと、申し訳ないから死んで詫びるのとでは動機が違う。一緒くたにするのは遺族に失礼。 それに、遺族の意向も聞かずに、自分の死では償えないと勝手に結論付けるのもおかしい。 父親として子供の監督責任の至らなさを恥じて死ぬ気など更々無い、と言っているのと同じ。
・「事件が発生したことについては、誠に残念でなりません」→残念て……まるで他人事のような表現である。
なんかもうね、弁護士が付いているのなら、この謝罪文はやり直しさせるべきじゃないの?というレベルの文章である。 娘が勝手にやった事で、俺に責任は無いと言っているようなものである。少なくとも、遺族にはそう思えるだろう。 「未だご遺族様へ直接の謝罪ができていない」というのは、遺族から全ての接触を拒まれているかららしい。 そらそうだよね、被害者の親にしてみれば、親切を仇で返されたようなものなのだから。
では、この父親はどのような謝罪をすべきなのか。 「どんな理由・原因があるにせよ娘の行った行為は、決して許されるべきものではありません」と言うのなら、娘を殺して自分も死ぬべきだ。 モノにだって製造者責任があるのだから、人間にそれが無い訳がない。 不良品を世の中に生み出して、管理出来ずに家の外に捨てたのだ。回収せずに野放しにした責任は大きい。 この父親のみならず、全ての殺人少年の親がすべき謝罪は、子供を始末して自分も死ぬ事。 これが親としての正解なのだ。
とは言え、出した文章からも充分読み取れるように、ちっともその気は無さそうだがな、この親父。
| 2014年08月02日(土) |
誰のせいでもない(本人と親以外) |
新潮と文春を買ってしまった。 オッサンの読み物である週刊誌に手を出すなんて、ゴッチ以来である。
犯人の少女を診察した精神科医が「このままでは人を殺しかねない子供がいる」と児童相談所に相談していたものの、相談所が何の対策も取らなかった事についてお怒りの人がいるようだが、普通に考えて匿名相談じゃどうしようもなかったんじゃ……と思わざるを得ない。 医者には守秘義務があるから該当者の名前を言えない、名前がわからないから児童相談所は動きようがないという、法律のジレンマ。 誰かに危害が及ぶ虞のある時は、守秘義務を解除する法律があって良いのではないか。 但し、「緊急性がある場合に限る」という条件は付けない方がいい。 そんなの結果論なんだから。
そもそも児童相談所は、そこまで強大な権限を持っている訳ではない。 今回の件に限らず、子供に関する権限の殆どが親にあり、何をするにしても親の許可が要る事が問題なのだと思う。 子供の虐待にしろ、今回の育児放棄に近いケースにしても、緊急性の有無に拘らず子供や周囲のためにならないと思われる場合には、親から権限を取り上げて行政が強制執行出来るように法改正しないと、世の中のためにならない。
ところで、犯人の少女が弁護士を通して、一部報道を否定して来た。 曰く、父親の事は尊敬している、父の再婚は歓迎、新しい母が来てくれて嬉しい、と。 ……えーと、友人の証言と違うんですけれど。 友人によると、父の早過ぎる再婚に関して、お父さんはお母さんの事なんてもうどうでもいいのかなと零し、普通に親が揃っている家庭が羨ましいと言っていたという。 友人が嘘を言うメリットは無いし、報道が嘘でなければ、弁護士を通してのコメントとどちらが本当なのだろう。 多分、どちらの内容も彼女の本心ではない気がする。 問題行動はあったものの、この少女が嘘吐きだったという話は出ていないし、「人を殺してみたかった」とあっさり言っちゃうあたり、寧ろ正直者だと思うが、相手によって回答を変えている場合が考えられるので、こうなるともう何が何だかわからない。
長崎県や佐世保市の教育委員会は、夏休みなのに頭を抱えているだろうが、定期的に出て来るこういう子供の出現を防ぐのは難しい気がして来た。 誰かも言っていたが、稀に起こる普通の人間の理解の範疇を超えたこのような事件を防ぐために、多大な人材や税金や時間を注ぎ込むのって果たして割に合うのかな、と。 繰り返すが、教育は基本的に家庭でやるべきで、学校は勉強する所、家庭が崩壊している場合や今回みたいに親がアレな場合は行政が親の権限を奪って子供を隔離して教育し直せるようにすべきだと思う。 命の教育よりそっちの制度の改善が先だろう。
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