| 2012年02月06日(月) |
映画「ムーラン・ルージュ」 |
ニコール・キッドマンとユアン・マクレガーの主演による、2001年のアメリカ映画。 1899年のパリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」を舞台にした、ミュージカル「椿姫」である。 因みに「ムーラン・ルージュ」は仏蘭西語で「赤い風車」の意味だそうで、屋根には確かに赤いネオンの風車があった。 キャバレーだが、踊り子は娼婦でもある。吉原みたいなものか。 そこで、高尾太夫と若い貧乏作家が恋に落ちる。 しかし公爵による太夫の身請けは既に決まっており、店の権利書まで公爵に押さえられている三浦屋の主人は、太夫に作家を諦めさせようとする。 だが既に、太夫の身体は労咳に冒されているのであった……。
まあ結局、太夫は作家の腕の中で若い命を終えるのだが、アメリカのアニメやミュージカルってこんなんばっかだな! まるで若い2人の仲を引き裂こうとする金持ちが悪者みたいだが、公爵は寧ろ被害者じゃね? 三浦屋の主人に太夫は処女だと騙され、水揚げを夢見て散々金を注ぎ込んでも思いを遂げられないって、かなり気の毒なんですけど。 太夫も遊女なんだからさ、プロとして金に見合った仕事をしろよと。 そら殺意も湧くわ。 というか大抵嫉妬の感情って女に向くものなんだけれどな。ライバルの作家を殺そうとする公爵は一寸女々しいぞ。 作家も世間知らずで本番の舞台に乗り込むってどうなのよと。舞台を台無しにする気かと。 自分の感情に振り回されて、周囲の事など目に入らずに暴走する。流石若造、馬鹿である。
細かい事はさておき、映像は豪華で音楽は楽しい。 嗚呼これは「マンマ・ミーア!」と同じで、ストーリーよりオムニバス的な音楽を映像で楽しむものなのか。個人的には「マンマ・ミーア!」の方が好きだけれど。 色んな人の色んな歌が出て来る。私がわかるのはビートルズ「All You Need Is Love」とかマドンナ「Like a Virgin」程度だが、主人は今のはキッスだとかU2だとかデビッド・ボウイだとか、よくもまあ知っている。 しかし彼が一番反応したのが、アルゼンチン・タンゴ風のダンス・シーンでの音楽。 「うな重! 今の、『うな重 うめ〜! 6千円』だよね!?」 なんのこっちゃと思ったら、2002年10月17日放送のタモリ倶楽部の空耳アワーにて、最高賞であるジャンパーを獲得した、「ロクサーヌのタンゴ」という歌であった。(「ソラミミスト」で検索されたし。原曲はポリス「ロクサーヌ」) 早速、お気に入り登録してあるサイトを開いて再生する主人。 「本当に聞こえるもんな、凄いわ」 というか、そんなの覚えている貴方の記憶力と耳が凄いと思うよ。
| 2012年02月05日(日) |
「天使の声」〜死んで花実が咲くものか〜 |
先日、東日本大震災で宮城県本吉郡南三陸町の職員が、津波に飲み込まれる直前まで防災無線で避難を呼びかける放送をしていたという話が、来年度から埼玉の公立校の道徳の教科書に載る事になったというニュースがあった。 埼玉県教育局生徒指導課の主事によると、「任務への使命感、自分より人の事を考える人としての誇りを子供達に教えられる」だそうで。 なんかもう、
もんのすごい違和感。
こんな事言うと非難されるんだろうが、言わせて貰う。 仕事に命かけてどうするよ? 「ミレニアム」3部作の映画「眠れる女と狂卓の騎士」で編集長も言っていた。 日本では美徳とされる「命懸け」だが、外国ではこれが普通なんだなあと驚いた。 考えてみればそうなのだ。仕事より命が大事。 勿論これは、ちゃらんぽらんノススメではなく、仕事を途中で放り出すのを推奨している訳ではない。 でも日本では、陸前高田の新婚女性教員が生徒を迎えにわざわざ海方向に車を飛ばして津波に飲まれた例にしても、特にうら若い女性がこうやって死んじゃった話が受けるんだろうな。 そしてそういう話を好むのは、大概オッサンなんだろうなと思う。
昔のヨーロッパであった、堤防の決壊を防ぐために自分の腕を穴に突っ込んで犠牲になった少年とか、塩狩峠のような例なら話はわかるのだ。 誰も何もしなければ全員が死ぬという状況で、自ら犠牲になって大勢が助かるという話なら、美談として成立するが、津波の場合はそうではない。 乱暴な言い方をすれば、「命の無駄使い」だ。 そこを区別せずに、全てを美談に仕立ててしまう事には、怒りすら覚える。 他にも、自力で動けないような老人を助けるために、未来ある病院職員が犠牲になった話とか聞くと、本当にやり切れない。 絶対に間違っているよ、それって。
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