レディー・ガガのライブ・ドキュメンタリーを見た。 彼女の事はワイドショー程度にしか知らないし、特に好きと言う訳でもないのだが、取り敢えず録っておこうと思ったのだ。 4月の番組改編で10時からのクラシック倶楽部が消えてしまった今、BGM程度にはなるかなと。
彼女のライブは、兎に角パワフルだった。 このジャンルの音楽にはさっぱり疎い私でも、彼女が全く手を抜いていない事だけは判った。 本人曰く、金を払って来てくれている観客に失礼だから口パクはしていないし、これからもするつもりは無いと。 昔々付き合いでTRFのライブビデオを見た事があるが、息切れも音程の乱れも酷くて、口パクじゃないと所詮この程度なのかと興醒めした覚えがある。 それに比べて、ガガはあれだけ激しく踊っているにも拘らず、しっかり歌っているのだ。 本当だとしたら凄い事だ。 ライブは少し物語仕立てで、トークの合間にボルテージの上がったガガが屡(しばしば)絶叫するのだが、商売道具の喉を痛めやしないかと見ているこっちが心配になる。 でも痛めないらしい。喉が丈夫なのか、上手なシャウトの方法を心得ているのか。 彼女の曲は3つぐらいしか知らないが、そのうちの2つ「ポーカー・フェイス」と「ボーン・ディス・ウェイ」は何だか似ていると思った。 曲名は忘れたが、大人しめの曲では、物凄い違和感を覚えた。 何故だろうと思ったら、曲はドリカムなのに衣装が小林幸子だったからである。 主人にそう言うと、美川憲一じゃないのかと言う。 余り変わらない気もするが、流石に美川はスカート穿かんじゃろ。
BGMのつもりが、パフォーマンスに目が釘付けになって全部しっかり見てしまった訳だが、これだけ全力疾走してこの人は大丈夫なんだろうか。 どこかで疲れて精神に障りが出なければいいのだけれど。 彼女の過剰なゲイ擁護は私の信条と相容れないのでお友達にはなれないが、日本を大好きでいてくれるのは、日本人として有難いと思う。 これからも日本大好きでいてね。
1956年の日活映画。 長門裕之追悼スペシャルとしてわうわうで放送されていたので、取り敢えず録画してみた。
小説家・石原慎太郎のデビュー作だとか、その弟の役者デビュー作だとか、こないだ死んだ長門裕之と南田洋子が結婚する契機になった映画だとか、その程度の予備知識はあったのだが、有名な割には読んだ事も無ければ観た事も無い、粗筋すら知らないと来たもんだ。 上映時間も1時間半と、最近の2時間超えの大作に比べればお手軽だし、軽い気持ちで観てみたのだが。 つ、つまんね……途中で止めて消去しようと何度思った事か。 当時はこの程度でも役者になれたんだなあとか、この程度でも世の中を席捲する流行の最先端だったんだなあとか、今の時代の何と贅沢な事かと思い知ったのだった。 兎に角、役者の台詞が速い。 特にヒロインのお友達が酷い。ちっとも聞き取れない。 速さのせいで台詞が上滑りするんで、長門さんなんか主役の癖に物凄い大根に見える。まあ当時は駆け出しの大根だったんだろうけれど。 それに引き換え、ヒロイン英子役の南田さんは、ちゃんと演技していたと思う。 ただお肌は荒れていたような。白黒だから目立たないけれど。
肝心のストーリーはクソだった。 親の金でプラプラ遊んでいる若者達が、やりまくって子供が出来ちゃって、堕胎に失敗して女が死んじゃう、みたいな。 男の方は葬式に駆けつけたものの、遺影に物をぶつけてぶっ壊しといて、 「あんた達は何もわかっちゃいないんだ!」 って、遺族のみならず観ているこっちもさっぱりわかりませんが。 原作を読んでいないから原作の批判は出来ないが、これは脚本が悪いのかね。 監督は明らかに悪いけれど。 ちっとも理論的じゃないし、かと言って感情的にも理解出来なかった。 明らかに男目線な話で、石原作品と知らずとも、これ作った奴は男だろとすぐ判るものだった。 女の方はクールな美人なのに、なんであんな子供っぽいのに惚れちゃうのか、全くワカラン話だった。 南田さんはこの映画で呪いにかけられたのかな……映画同様、長門さんに振り回される人生だったし。 一寸気の毒に思った。
そんな超絶つまらない映画を何故最後まで観通したのかと言えば、当然噂の障子プスプスシーンを見たかったからだ。 それだけを楽しみに観たのに、最後までそれは出て来なかった。 「何なのよー、騙されたー!」 とエンディングで絶叫する私に、あーハイハイいつもの事かとスルーする主人。 ネットで調べたところ、流石にそれは映像化出来なかったそうで、映画ではカットされたらしい。 最初からカットを知ってりゃくだらない映画で時間を浪費する事も無かったのに……と悔やまれた。 下調べも時には必要だね!
因みにプスプスするのは当時まだスリムだったデブ次郎ではなく、主人公だったようで。 私はてっきりデブ次郎が主人公かつプスプスするのかと思っていたよ。
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