天上天下唯我独尊

2011年04月17日(日) 映画「スペル」

録画していた映画を観た。
原題は「Drag Me to Hell」。
別に特別な呪文は出て来なかったし、邦題は「私を地獄に連れてって」でも良かったと思う。
私が観たくて録画したのだが、こういう逆恨み系の話は好きではないので、途中で止めて消そうとしたら、主人がPCそっちのけで画面に見入っていた。
まあいいけれど……。
主人はそれなりに面白かったらしいが、やはり私は理不尽物は好かん。

「『ロマ』ってなあに?」
と主人に聞かれたので、ジプシーの事だと教えた。
ジプシーは元が差別用語らしく、今はロマと呼ぶらしい。
「最近多いよね、そういうの。差別だ差別だって、いちいち煩いっつーの。まさかジプシー・キングズまでロマ・キングズに改名したりしないだろうな」
と私が案ずると、それはナイナイと主人に言われた。
「わかんないわよう。アホウドリだって、名前が差別的だってんで、呼び方を変えるとか何とか言っていたもの。メクラもだめだし、ツンボも駄目。該当者に面と向かって言う訳じゃないんだから、既に定着している呼び名まで変えちゃうのは行き過ぎよね」
とプンスカする私に、主人がのんびりと言った。
「じゃあメクラトンボも駄目なのか」
「『目の不自由な蜻蛉』とでも改名するのかしら。嗚呼面倒臭い」
「いや、メクラトンボは別名が既にあったような……何だっけな、忘れた」
「『聾桟敷』は何て変えるのかしらね。『耳の不自由な人桟敷』にでもするのかしら!」
「いやそれはおかしいだろ流石に……」
じゃあ『耳の不自由な方のための特別席』か。
うわあ面倒くせえ!

そういやロマって、ディズニー映画「ノートルダムの鐘」にも出て来たな。
あの映画の題名は元々「ノートルダムのせむし男」なんだっけ。
「せむし」が差別用語だから題名を変えたのだった。
「せむしの仔馬」も題名変えちゃうのか。
別名「イワンの馬鹿」とも言うんだっけ。
あっでも馬鹿も差別用語なの……?



2011年04月16日(土) NHKにはがっかりだ

NHK「マイケル・サンデル 究極の選択」大震災特別講義を見た。
日本、アメリカ、中国の一流大学の学生達に、ハーバードのサンデル教授が特別講義を行うという事で、割と楽しみにしていたのだが、日本チームの偏差値の低さにかなり失望した。
何を考えているんだ、NHKは。
日本チームだけは何故か大人4人が付いていたのだが、まるで意味がない。寧ろマイナス。
高橋ジョージ、高畑淳子、石田衣良って……民放のワイドショーかと思った。
しかも何故、ジャパネットたかたの社長がNHKに?
NHK的に、民間の会社の宣伝に繋がるような事はNGなのでは?
義捐金5億出したとまで言っていて、これは宣伝にしか見えない。
学生達もゆとり揃いで、アメリカや中国と比べて、遜色が甚だしい。
何故、一体NHKは何を考えて、何を狙って、この人選にしたのだろうか。
「高橋ジョージやこのおばさんより、キッチュを出して欲しかったなあ。こういう番組には知的な人を出さないと意味がないよ」
と主人が言うので、私も同意した。
「松尾貴史か。あの人ならいいかもね。高畑さんは好きな女優さんだけれど、こういうのは向かないわ。こんな人達出すぐらいなら、私が出て、サンデル教授と直接対決したかったわ」
「いや、これは対決する番組じゃないから……」

講義では、日本では何故、ハリケーン・カトリーナの時のような暴動や略奪が見られなかったのか、という話が出た。
中国人学生から、それは日本だけではない、根底に儒教精神があるから中国だってそれぐらい出来ますよ、みたいな話も飛び出したが、概ね、日本人は統率が取れていて素晴らしいというような流れであった。
しかし、私が思うに、それは違う。
日本の田舎はムラ社会だ。
幾ら非常時でも、皆と違う行動を取れば、ムラでは暮らし難くなる。
人の目があるから、列ではきちんと並び、問題行動は起こさない。
今回の震災では、日本でも火事場泥棒が出た。だが恐らく、多くが余所者による犯行だと思われる。
自分の属するコミュニティでその様な事を行えば、今後そこでは暮らせなくなるからだ。
そんな事を考えながらTVを見ていたら、主人が、そうかわかったぞと言った。
何が解ったのかと思ったら、
「シオンの考え方は、西洋的なんだな」
と言う。
自分では保守派だと思っていたので、私は驚いた。
「どこがよ」
「シオンは他人は他人、自分は自分。自分の事は自分で何とかしようという考えでしょ。津波が来ても、他の人は放っておいて、1人ででも逃げようと思っているんだよね」
「そらそうよ。だって語り部の婆ちゃんが言ってたじゃん、『津波が来たら、命はてんでんこ』って」
それに私は行き過ぎた福祉は大嫌い。自分の面倒は自分で見ようぜ。
平等なんて幻想。余所は余所、うちはうち。
他人の評価を気にして生きていたって、楽しくない。
特に先月の大地震で死を身近に感じてから、その思いは強くなった。
評価のために周りを気にして生きるなんて、馬鹿馬鹿しい。
「それは個人主義だ。でも僕は、自分の居場所を獲得するために、自分が居心地良くいたいがために、他の人にも手を差し伸べるんだよ。これが日本的なやり方」
いつも通り言い包められそうになったので、慌てて反論した。
「待って。そこだけを取り出して『個人主義』と言われても困るんだけれど。私は個人主義者じゃないし、どちらかというと全体主義者だよ。自分だけが良けりゃ他人はどうでもいいなんて思わないし、略奪なんてしませんけれど」
「そうだけれどさ。でも大雑把に見て僕と比較してみたら、シオンはそういう意味で西洋的だと思ったんだ。僕達2人の考え方の違いが判って、スッキリしたよ」
主人は1人でスッキリして風呂に行ってしまったが、残された私は何だか釈然としないのだった。


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