天上天下唯我独尊

2011年03月28日(月) もはや電話ではない

今日になって、震災以来初めて、やっと、給油する事が出来た。
一寸並んだけれど。
給油制限はもう無かった。
主人には満タンにしとけと言われたのだが、仕事で車を使う人達への遠慮と、ほぼ空→満タンにしたら幾らかかるんだという不安から、途中で止めて貰った。
それでも車にガソリンが入ったら、なんか安心した。
そのまま買い物へゴー。

花粉症の主人のために、ドラッグ・ストアへ行き、眼鏡の曇らないマスクを買った。
店内は寒かった。
天井を見上げると、エアコンがあった筈の場所に、ぽっかりと四角い穴が開いている。地震で壊れたらしい。
そう言えば、いつも行くスーパーでも、エアコンの周囲に罅が入って下方に迫り出していた。あれは弱点なのか。
外套を着ていても寒いのに、店員さんはカーディガン姿で、手を紫色にしてレジを打っていた。
防寒着の着用ぐらい許してあげてよ、店長……。

次は携帯電話会社へ。
今の携帯電話はとても気に入っているのだが、機種変更を決断したのだ。
バッテリーは交換して貰ったのに、機種が旧いからか、すぐに電池が減るので停電時にとても困ったからである。
しかし、今以上に気に入る機種には巡り合えず。
悩んだ挙句、まあこれならいいかな、という次善の策的に妥協出来る物を選んだ。
一寸高いけれどまあいいか……と思ったら、なんと今月は災害特別値引きがあるのだそうで。
人が大勢死んだ災害のお蔭で安くなるなんて、流石の私も素直に喜べない。
貯めたポイントと併せて1.5万円も値引きして貰った。それでも私にとっては高いのだけれど。
新しい玩具を手に入れてほくほくして帰宅したが、今もテーブルの上には、新しい携帯と一緒に旧い奴が置いてある。
やっぱりこの型、旧くても好きだったんだなあと改めて思う。
電池さえ持てばもっと使っていたかったものの、新しいのを手にすると、その画面の大きさ・見易さ・使い易さには目を瞠るものがある。
ううむ、電話機として使うだけなら今までのでも充分だったが、情報アイテムとしてならやはり新しい方が断然いいのか。
私としては、両方持ち歩きたいけれど、それは無駄だよなあ。

折角新しい玩具を手に入れたので、使いこなせるように鋭意勉強中。
今のままでは完全にオーバースペックだもん。



2011年03月27日(日) 弱い行政

津波の被災者達は、本当にあの場所で生活を再開させたいのだろうか。
TVで見たアンケート結果によると、YES;またここで暮らしたいという人が8割、NO;もうこんな所嫌だという人が2割、そして全体の半数が「ここにいたいけれどもう無理だろうな」も含めて引っ越したいんだそうで。
でも、人の移動は遅々として進まない。
宿泊施設として内陸部の温泉地に被災者を受け入れるという案は、実行されているのに、行く人は少ないという。
1日中避難所で眠っているジジババなんてどうせ邪魔なんだから、さっさと集団で温泉地に移動すればいいのに、何故か動かない。
それは、田舎特有の「皆と違う事をしたら村八分にされる」という恐怖があるかららしい。
正直、馬鹿馬鹿しいとしか思えない。
行政も、いちいち避難民のお伺いなんて立てなくていいから、さっさと強制移動させればいいのに。

もうひとつもどかしいのは、「思い出の品」というやつ。
瓦礫の中から自衛隊員達がアルバムやら位牌やらを拾っているのだとか。
それは死体探しの序でなのかも知れないが、ごみ拾いは自衛隊の仕事じゃないでしょ。
(そもそも死体探しも自衛隊の仕事ではないのだが、本来それをやるべき地元の警察官も流されちゃって人手が足りないらしい)
「住民の思い出の品を、一律ごみとして処理してしまっていいものか」という思い遣りから出た話らしいが、そんな事やっている場合かよ。
行政も保管場所や方法などで、その処理に困っているらしい。
貴重品以外は全部ごみ扱いで、さっさと瓦礫の処理をしないと、復興なんて無理無理。
どうしてもと言うなら、避難所にいて動ける人達が自力で思い出探しをすればいいのだろうが、瓦礫の中の死後何日も経った死体とコンニチハする覚悟があるか、あっても心の傷とやらになる虞があるから、これはお勧め出来ない。
(というか自衛隊員達の心の傷も心配。まあそんなもんは自力で日薬で治すしかないのだが)
滅茶苦茶に破壊された家の片付けをしながら、思い出の品を片手に談笑するジジババを見て、せっかちな私はどうにも苛々したのだった。
住民達が復興を望むなら、この際個人の感情は排除して、行政が強権を発動して、もっと合理的に手早くやらないと。
尤も、あの場所が再び津波に呑まれない保障は全く無いのだけれど。

嗚呼でも私が主人と死に別れて、死体も上がらなくて、しょっちゅう外している結婚指輪も全部津波に呑まれて何にも無くなったら、流石に泣くかも。
指が痒くても、指輪はしておこうと思った。
11日の地震の時も、指輪外しっ放しだったんだよな。帰宅して流し脇の小物入れの中にあるのを見付けて、そういや外してたんだっけと思い出した次第。
大事な物は肌身離しちゃいけないね。


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