| 2010年11月15日(月) |
一卵性親子の成れの果て |
松平健の2番目の妻が自殺した。 鬱病だったらしい。 仲良しだったお母さんが今年の6月に死んでから、益々酷くなったのだとか。 結婚したものの夫は多忙だし、そういう気質だったのなら、支えとしていた母親を喪って精神的に限界に達したのだろうというのは理解出来る。 しかし、こういう結末になると、遺された子供は可哀相だ。 「ママは僕よりお祖母ちゃんの事が好きなんだ。だからお祖母ちゃんの所に行っちゃったんだ」 といずれ思うんだろうな。 そうならないように、上様が可愛がってフォローしてくれればいいんだけれど。
今回のこのニュースを聞いて、やはり「友達親子」は欺瞞だと思った。 幾ら仲が良くても、親は友達じゃない。 ベッタリし過ぎの親子は、やはり良くない。 適度な親離れ・子離れというのは、大切だ。 一時期持て囃された一卵性親子なんてのもあったが、実に気持ち悪い。
でも私、 「お義父さんとシオンって、一卵性親子だよね!」 と主人に言われる。 確かに私は子供の頃から色々な人に「お父さんにそっくり」と言われ続け、母親に似ていると言われた事が無い。 しかし主人に言わせると、嫌いな食べ物とか、TVにつっこみを入れるところとか、くしゃみの仕方が似ているんだとか。 そういや昔、父の知人から「歩き方がお父さんと同じ」と言われた事もあったな……。 父と一卵性親子だと言われても、ちっとも嬉しくない。 寧ろショック。
この度初めて弾き振りというのを見て来た。
協奏曲というのは、独奏者に合わせて指揮者がオーケストラ(以下オケ)を振るのが一般的だが、独奏者が楽器を弾きながら指揮をするスタイルが「弾き振り」である。 つまり、指揮者兼独奏者がオケを率いると言う事。
プログラムの中では1番楽しみにしていた曲だったが、残念ながら迫力はいまいちであった。 というのも、指揮者兼独奏者がかなりの高齢で、フォルテが出ないのだ。 そのせいでオケは抑え気味だし、一緒に奏でると肝心の独奏楽器がオケに埋もれて全然聴こえないし、聴いていてフラストレーションの溜まる演奏だった。 一緒に行った主人は、 「この曲で弾き振りは無理があるなあ。弾き振りが主流だったのが指揮者と役割を分けるようになったのには、やはり理由があっての事だったんだな」 と言っていたが、もっと体力のある若い独奏者なら、弾き振りでも行けたんじゃないかと私は思う。 でも曲は好き。 通しで聴くのは初めてだが、聴いた事ある曲だなと思ったら、昨シーズンのフィギュア・スケートで、キム・ヨナがこれで滑っていたのだった。 そうか、それで聴き覚えがあったのだな。
他の2曲はオケ曲だったが、どちらもかなりの現代曲。 有名な日本人作曲家のは、私はどうにも駄目だった。あれって演奏していて楽しいのか? 主人に言わせると、覇気の無いイマイチな演奏だったという事だが、あの曲じゃあどんな演奏だって私にはイマイチどころかイマサンにしか聴こえない。 最後の1曲は主人が1番楽しみにしていたもので、「3楽章が綺麗なんだよ。寝ないでね」と予め注意を受けていたため、私は休憩時間にロビーでお茶をがぶ飲みしてから後半戦に臨んだ。 この3日ほどよく眠れていなかったので心配だったが、カフェインのお蔭もあり、3楽章まで無事に乗り切った。 よし、眠らなかったぞ! 3楽章も終わり、さあ指揮者が指揮棒を置くかと思ったその時。 引き続いて第4楽章に突入〜……ええ!? 3楽章とは違って軽快なテンポの賑やかな4楽章だったが、もう限界。 襲い来る睡魔と闘いながら、仲良く下瞼とくっ付こうとする上瞼を押し上げ、何とか耐え抜いた。 主人は私が寝ているとは思わなかったそうだ。どうやら舟は漕いでいなかったらしいと一寸ホッとした。
このホールに来たのは10年振り2度目だが、音響は悪くなかった。 前回はわざわざS席を取ったのに、ホントにSなの?ってぐらい酷かったのだ。 あの時は目を凝らして、舞台上のピアノを確認しちゃったもんな……STEINWAY&SONSと書いてあるよね?って。 今回は安い席だったが、音響は良かった。技術が進歩して改善したのか、安い席の方が当たりなのか、どちらかわからないが。 しかし聴衆の質は落ちたと思う。 堂々と咳をするバカって、どうにかならんのかね。せめてハンカチを口に当てて、音を立てないようにするのは、クラシック・ファンとして当然の配慮だと思うのだが。 ベルリン・フィルみたいに、日本のコンサート・ホールも咳禁止にしたらいいのに。 我慢出来ないほどの風邪っ引きは来なきゃいいんだよ!
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