所用があり、街中まで出掛ける事になった。 しかし今日は主人が仕事で車を持って行ってしまったので、バスかタクシーで行くしかない。 天気も悪くないし、時間的に少し余裕があったので、バスを使う事にした。 家から歩いて行くと、近くの高校の女生徒が4人、バスを待っていた。 女生徒のグループを通り過ぎてバス停反対側に回り込み、時刻表を見ると、丁度2〜3分前にバスが行ってしまったらしい。 次のバスまで15分……タイミングが悪かったなあと思って待っていると、同じ学校の生徒達が次々とやって来て、最初に待っていた女生徒達の隣りに並び始めた。 今から最後尾に並ぶのは癪だし、5人目に入れて貰えばいいやと思っていると、見知らぬおっさんが私の隣にやって来た。 「随分並んでますね。次のバスまで後何分ですか」 と言うので、 「下校時刻ですからね。もう2〜3分で来ると思いますよ」 と答えておくと、おっさんは携帯電話を取り出して 「おかしいなあ、これによるともう来ている頃なんですがねえ」 と私の目の前に突き付けて来た。 そんな事私に言われてもなあ……と思いながらハアそうですかと返事をしていると、丁度バスがやって来た。 「ああ、来た来た」 とおっさん、バスのドアが開くと、
何故か真っ先に乗り込もうとした。 ええ〜〜〜〜!? 余りの出来事に、一瞬で血が上った。 「一寸、おじさん!」 ん?と振り返るおっさんに、私は尚も呼び掛けた。 「おじさん、割り込みですよ! 貴方一番最後に来たんじゃありませんか」 20人近い高校生とバスの乗客の注目を浴びたおっさんは、ああそう……とか何とかモゴモゴいいながら、素直に引き返して来た。 私は隣で固まっている女子生徒4人組に先を譲り、次に並んでいた生徒(私より少し後に来た子)に譲って貰い、当初の計画通り5番目にバスに乗り込む事が出来た。 しかし席には座れたものの、前の席のご婦人の化粧品の匂いが余りに強かったため、私は目的地までずっとハンカチで口を塞いでいなければならず、席選びには失敗したのだった。
随分後になって気付いたが、あれは最初から割り込むつもりで馴れ馴れしく話し掛けて来たのか! 何だこの人、小太りで薄汚れていて変な人だな……でも患者ではないようだと警戒しながら観察していたが、そういう意図だったとすれば合点が行く。気付くの遅いよ私。 確かに後から来た人にしてみれば、私が最前列に並んでいるように見えるだろうし、列から少し離れていたから、話の内容は届かない。何やら親しく話しているようだから知り合いなのか、と誤解されるだろう。 それで私がターゲットにされた訳か。 しかしその私より先に乗り込んだら、私が文句言うに決まっているではないか。私の後から乗り込めば上手く誤魔化せたかも知れないのに。 そのまま順番を譲るとでも思ったのだろうか。 そういや私は学生時代から、よく「あんたは喋んなきゃいいのに」と言われていた。 今日は日傘にワンピースだったし、大人しそうな女に見えたのかも知れない。 だからあのおっさん、あんなに鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたのか? 確かに服装のせいはあったかも。私にとっても。 もっとラフな格好だったら、間違いなく「おいコラ何やってんだよ。高校生の前で恥ずかしくねえのか」だったろうな……。 後で主人に言ったら、 「逆切れされて刺されなくて良かったね」 だった。 私も後先考えないからなあ。あっさり引き下がってくれて良かったよ。
それにしても、大勢の子供達の前であんなに堂々と不正を働く大人がいる事に吃驚した。 私としては誰のためでもない私のために言った事だが、男子生徒の1人がこっそりグッジョブを送ってくれたのは嬉しかった。
害虫駆除業者のおじさんは、ヤスデ退治には薬剤が有効と言っていたが、私は薬が怖い。 扱い方を間違ったら、こっちが死ぬ目に遭うからだ。(体験済み) それに使い切らなかった薬は越冬する訳で、使用期限もあるだろうし、管理する自信も無いし、何かがあった時に松本サリン事件の河野さんみたいに「お前はこんな薬品を所持していたではないか、だからお前が犯人だ」と謂われなき疑いをかけられるのも御免なので、なるべく薬は使いたくない。 除草剤すら嫌なので、こつこつ草取りしているぐらいだ。 薬は怖い。自然の物ではないから、耐性種が出来たり、生態系が壊れたり、いずれ自分の身に返って来るのではないか。
薬剤散布をして貰って、数は減ったものの、相変わらずヤスデは家の中に這入って来る。 出来れば家中の穴という穴を塞ぎたいが、侵入経路が判らぬ以上、どうしようもない。 でもこれ以上薬に頼るのは嫌。 ではどうするか。 料理をしていて、ピコーンと思い付いた。自然を汚さぬ方法を。 錆が浮いて捨てようと思っていた薬缶にお湯を沸かし、外に出た。 雨が降っているので、ヤスデが壁を這っている。何で薬で死なないんだ。 沸騰したお湯を掛けると、ヤスデは落ちた。 尚も掛け続け、暫く様子を見た。ピクリとも動かない。 これはいけると思った。
それから毎日、雨が降ると私はお湯を沸かした。 薬缶を持って壁の前をうろついている様子は、不審者か気狂いのようだったろう。 実際、気が狂う寸前だったと思う。常に床や壁、天井にまで目を走らせてからでないと、足を踏み出せない。 「無駄な殺生をして……」 と主人はため息をついた。 私だって本当はこんな事はしたくない。 しかしやらないとこっちの精神が参ってしまう。 母も泊まった翌朝、 「薬缶を火に掛けているからお茶でも入れてくれるのかと思ったら、どこかに行っちゃうんだもの」 と呆れていた。お茶が欲しいならそう言ってくれればいいのに! 伝え聞いた父は笑っていたそうだ。ヤスデは気味が悪いだけで悪さはしないぞ、と。 でも私にとっては、家に侵入される事が悪なのだ。
ある夜、雨が降っていたので懐中電灯を持って外に出ると、小さい物が跳ねている。 雨蛙だった。 ヤスデにお湯を掛けようとしても、近くの蛙にかかってしまいそうになる。 翌日、蛙は数を増していた。 蛙に恨みは無いので、それからお湯作戦は実行出来なくなった。
しかしそれから、家の中でヤスデを見掛ける事は無くなった。 蛙はヤスデを捕食するのだろうか。もしそうなら、来年からは蛙を飼いたい。 というか、ヤスデの発生時期に合わせて雨蛙も生まれてくれればいいのに……! 兎に角、私の心に平安が訪れた。どっとはらい。
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