ほんの数日前までは、空にお日様が照っていてもカラリとした空気だったのに、何これ。 昨日から恐ろしく蒸し暑い。 とうとう、私の嫌いな季節の到来だ。 それでも主人に頼まれて、とある所に出かけた。 尤も、家にいるより涼しく過ごせるのだから、ものは考えようだ。駐車料金とお茶代等で、出費は1,000円を軽く上回ったが。 主人はというとあろう事か、忘れ物をしてしまい、他人様からお借りする事に。忘れないように自分で用意しなさいと昨夜あれだけ言ったのに。奥さんがやってあげないと駄目なのか? 後でお礼の商品券でも付けて、お返ししなければ。これまた出費である。
帰宅して、スリッパではなく裸足で歩きたいと思い、床を全て雑巾掛けしたら、滝のように汗が流れた。 掃除を終えてすぐにシャワーを浴び、部屋着に着替えて、部屋の冷房をかけた。 涼んでいると主人から電話があり、迎えに来て欲しそうな様子だったので、しょうがないなあと車を出す。 迎えに来た私を見て、主人は驚いていた。近所に買い物にも行けない程の、パジャマに近い部屋着だったから。絶対に事故に遭えない格好だ。 もう一寸、何とかならなかったのその格好……と主人は呆れたが、風呂上がりなのに迎えに来ただけ有難いと思って欲しいものだ。
ニュースを見たら、洞爺湖サミットが始まったと言っていた。 いいなあ北海道、私も行きたい……とぼやくと、主人がすかさず言った。 「シオンは毎日、ひとりサミットやってるじゃん」 「何ソレ?」 「私が世界の頂点よ!って。ひとり脳内サミット☆」 それじゃちっとも涼しくないじゃんか!
また日本人旅行者による、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の落書きが発覚した。 岐阜市立女子短大の次は、京都産業大学だそうで。 少し前にも、国内の重要文化財だか国宝だかに、修学旅行の中学生が残した落書きが見付かって騒がれた事件があった。 またゆとりか……と言いたくなるが、世界中の観光地で日本語の落書きを見られるという話は以前からあるし、折角薄れていた珊瑚の落書きをわざわざ書き直したカメラマンもいた事を思えば、落書きをするのは子供に限らないのである。 これは、年代ではなく、道徳の問題なのだ。 困った事に、いい歳こいた大人でも、「旅の恥はかき捨て」とばかりに、「記念」の落書きを残す馬鹿はいる。
落書きといえば、とある少女漫画で、高校生達が生徒会室の壁に、卒業記念の寄せ書きを残していた場面があった。 その漫画は面白かったし、私も好きだったのに、そのラストでぶち壊しになった気分がした。 取り壊し間近の古い校舎ならまだ解るが、新設校のピッカピカの校舎に落書きするなんて、信じられない。 作者の程度が知れて、大層がっかりした覚えがある。
そりゃあ私だって子供の頃は、落書きぐらいはした。 しかしルールは守った。落とせない落書きはしてはいけない。 他所の家の埃の積もった窓ガラスや、うっすらと雪の積もった車のフロントガラスに指でかく程度である。 しかし、何とかアートなどと言って、公共の塀や他人様のシャッターに、スプレーで落書きする連中は許せない。 あれは芸術ではない。犯罪だ。 小さい頃なら兎も角、私は自分の教科書にすら落書きをしなかったので(教科書に書き込んではいけないと、親に厳しく言われていた)、他所の物に、ましてや油性ペンで落書きをするという、その神経がわからない。 京産大の学長は 「神聖な聖堂、かつ、世界遺産で落書きをしていたことは誠に遺憾」 と述べたが、それは一寸違うと思う。 世界遺産だろうが国宝だろうが、他人の所有物に落書きをしてはいけないのだ。 同じく京産大サイトのお詫び頁には、 「当該学生に対しては、厳正な処分、そして教育を実施していくべく現在対応を検討しています」 とあるが、本当に厳正な処分をするなら退学だし、教育を実施するなら大学に残して指導する事になるし、何だか矛盾を感じた。
大聖堂のほんの一角のつもりが、全世界にその落書きを発信された、まな・ちい・ゆい・あやな・りか・みきと、信太郎・誠・慶久は、よくよく反省するように。
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