天上天下唯我独尊

2007年08月21日(火) ラスト侍

録画していた日曜洋画劇場「ラストサムライ」を観た。

あれだけ絶賛されていたのだから、さぞかし素晴らしい映画なのかと思いきや、嗚呼またかという感じであった。


どこの国だよ、コレ(怒)。


幾ら文明開化の明治時代でも、あんな侍はおらんだろ……。
勿論私だってその時代に生きていた訳ではないし、これまで観た時代劇や小説などによる伝聞や想像に過ぎないが、少なくともハリウッド映画の時代考証が、日本の時代劇よりも正確だとは到底思えない。
役者も日本人スタッフも、誰一人として、あの演出や背景に文句を付けなかったのだろうか。
だとしたら、ハリウッド進出だ〜などと、喜んで参加している日本人も情けない。
日本国籍なんて、棄てちまえ。

西洋人は何故、勝手なイメージで、他国の文化を脚色したがるのだろう。
まあ、それだけ無神経なんだからこそ、自分の言うところの「自由」や「民主主義」をアラブ社会にまで持ち込もうとして、ドンパチおっ始めちゃうんだろうな。
本当にこの連中と来たら、「王様と私」の時代から進歩が無いよなあ。

それと、負けると判っていながらも最後に華々しく散るのって、美学なのか?
無意味な戦争にしか思えんのだが。
10年ちょい前に見た、織田裕二主演の「きけ、わだつみの声」を思い出させるラストだった。
製作者はハラキリと重ね合わせているのかも知れないが、どうにも質が違うと思うんだが。



2007年08月20日(月) 「残虐記」

本を買った。
文庫本だが、この私が、古本屋ではなく普通の本屋で買うなんて。
ハードカバーなら高いからと絶対に買わないが、新潮45シリーズのせいで、箍が外れてしまったようである。

題名に惹かれて買ってしまった「残虐記」。
桐野夏生を読むのは、「OUT」「柔らかな頬」に続いて、これが3作目である。
「柔らかな頬」と「残虐記」に共通するのは、「想像力」というキーワードだ。
作者が敢えて「推理」と呼ばないのは、それが当たっているかどうかが、最後まで明らかにされないからである。
そして、これらの3作品に共通するのは、主婦の失踪だ。
作者自身に逃走願望でもあるのだろうか。

亭主や子供を放り出して自分だけ逃亡しても、そこに幸せな未来が開けているとは、私には到底思えない。
今の世の中、普通に生きるにしても、色々と手続きが面倒だ。
そこから逃れて生活するという事は、日陰者になる事を意味する。
日の当たらない生活って、楽しいの? 一体何の魅力があるの?
私には、全く理解出来ない。
この人の話は、ドキドキして読み進めてしまうが、最後に残るのは、「それで?」という感想だけだ。
読後の清涼感や満足感は、得られない。
勿論、新潮45シリーズの比ではないが(笑)。


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