現在の住居は田舎で、裏は畑だ。 しかも1階なので、どこからか虫が這入って来る。 梅雨の頃には、うっかり窓を開けておくと、ヤスデが部屋の中を這っていたりするので、うっかりも出来ない。 外には大きな蜘蛛もいる。山でもないのに。 一応住宅地なんだけれど……。
そんな環境で、窓の外の植え込みに、毛虫が大発生した。 毛虫は勿論毎年湧くが、今年は凄い。 玄関のドアを開ければ、そこにいる。 気持ち良くは無いが、家の中にさえ入ってこなければ私にとって実害は無いので、放っておいた。 しかし、誰かがアパートの管理会社に通報したらしく、ある日業者がやって来た。 害虫駆除のために薬剤を撒くから、窓を閉めて欲しいと言う。 薬剤か……トラウマが蘇り、嫌だなあと思いつつ、言われた通りにした。 全ての窓を閉め切って暫くすると、また業者が玄関のチャイムを鳴らした。 撒布は終わったが、まだ薬剤が残っているので、夕方まで窓は閉めたままでお願いしますと言われた。 夕方、そろそろいいかな〜と、買い物に出かけるために外に出ると。
無い。
植え込みの躑躅が1本残らず、無くなっていた。 まさか捨てた訳ではあるまいが、植え込みスペースは綺麗さっぱり、剥き出しの土と毛虫の屍骸だけが残されていた。 確かに、薬を撒いても効果はもって今年だけ。来年以降もまた毛虫は湧くだろう。 だからと言って、この方法は如何なものか。
昔TVで見た、「アニメ一休さん」を思い出した。 近くの大木を塒とする鳥の群れが、農作物を荒らして困るという農民の訴えを受け、一休さんは大きな音を出して鳥を追い払った。 しかし鳥はすぐに慣れて、音を出しても逃げなくなった。 そこに一休さんのライバル登場。 そんなの簡単さ。鳥の塒であるところの大木を伐ってしまえば良いのだ、と彼は言い、その通りにすると、塒の無くなった鳥達はどこかに行ってしまい、農作物が荒らされる事は無くなった。 しかしその年の嵐の日、今まで何ともなかった所で、土砂崩れが発生した。 根を張ってそこの土を守っていた大木が、害鳥駆除で伐られたために、地盤が緩くなって土砂崩れが起こったのだ。 目先の事に囚われて自然を破壊してはいけないよ、というお話だった(と思う)。
ショボイ植え込みぐらいはどうって事無いかも知れないが、無ければ無いで、このスペースに一体どんな意味が?という、間抜けな空間が出来てしまった。 ああそう言えばこの地域には、他の件だが似たような事が毎年あるのだった。 そのお話は、また秋にでも。
ブログにしろ日記にしろ、普段はお気に入りの定番しか見ないが、更にその人のお気に入りやお友達の所に飛んでみたりする。 エンピツのジャンプ機能で飛んだ所は、新たなお気に入りになる事があっても、お気に入りのお友達が私のお気に入りになる事は、何故か殆ど無い。 巡回先を余り増やしたくないという理由もあるかも知れぬ。
飛んで飛んで、全く知らない人の日記を読んだ。 その女性には、とても気に入ったブログがあったようで、 「ああ、こんな文章を書く男の人と、恋に落ちてみたい」 というような感想があった。 リンク先に飛んでみると、私が全く知らない男性のブログだった。 1頁だけ読んでみたが、読み難い。 文章がくどいのだ。 人の好みはそれぞれ。 先の妙齢の女性は、この男性の、手の込んだ表現を多用している文章に、知性を感じて気に入ったのだろう。 しかし私は、もっとシンプルな文が好きだ。 この男性の会話がこんな調子なら、私はきっと話の途中で、 「んで? 結局何を言いたい訳?」 と痺れを切らしてしまうだろう。イラチだから。 男は黙ってサントリー、とは言わないが、喋り過ぎる男は私の恋愛対象外だ。声が高かったら尚更辟易してしまう。 うちの主人も喋り過ぎる嫌いがある。 得意分野になると滔々と話すので、私の虫の居所が悪いと、 「で?」 とか 「あ、ごめん。聴いてなかった」 となる事もある。 悪い事したかなーと思わない事も無いのだが、相手に口を挟む隙も与えずに喋られるのは不快である。
つまり、私にも喋らせろ!という事なのだ。 だって喋られっぱなしだと、こっちが何を言おうとしたか忘れちゃうじゃん!
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