「テレチカ友の会」会長であるところの友人から、本を薦められた。 「新潮45」編集部の本である。 確かにこれは、食指が動く。 近所の古本屋に無かったので、我慢出来ず、普通の本屋で買ってしまった。 しかも全冊。
「殺人者はそこにいる」 「殺ったのはおまえだ」 「その時殺しの手が動く」 「殺戮者は二度わらう」
早速読み耽っていると、主人に白い目で見られた。 「あーあ、本当にシオンは猟奇殺人マニアなんだから……」 ちっ、違う! マニアなんじゃなくて、心理学や法律の勉強だよ!!! しかしこの本、一気に全部読むのは無理。 すぐにお腹が一杯になってしまうのだ。 1話読んだら他の事をしないと、心に負担がかかり過ぎる。 心が重くて鬱々としてしまうので、用法・用量に注意が必要だ。
シリーズ1作目「殺人者はそこにいる」の「熊本お礼参り連続殺人事件」に出て来る、遺族の言葉が重く胸に響く。
「残された被害者の遺族なんか、惨めなもんです。(中略) 他人が聞くと、そんな馬鹿げたことがあるか、ち思うでしょうが、我々の気持ちは理解できんでしょうね。憎しみと恐怖、それがこの数年間、交互にやって来るとです。 最近は死刑廃止論が盛んに叫ばれとるようですが、私に言わせれば、事件に何も関わっとりもせんもんが無責任な話ばするな、て思います。 だいたい、人を一人殺したら、自分の命でつぐなうのが当たり前じゃないでしょうか。それなのに、無期懲役でも十年経ったら刑務所から出て来て、簡単にまた人を殺す……そぎゃん馬鹿な法律があるでしょうか」
相手の立場になって考えて、というのは、基本的な事だと思うのだが。 子供の頃に親や教師から教わらなかったのだろうか。
24日午後、広島高裁にて、山口県光市母子殺害事件(1999年)の差し戻し控訴審の初公判が行われた。
被告の元少年の言い訳には、吃驚した。 何故ドラえもん……原作者は既にこの世の人ではないが、彼の主張についてどう思うのか、訊いてみたい。 言っている事が1審2審と大きく違う。殺意は無かったと、前言を翻しているのだ。 死んだ被害者を生き返らせるために死姦したって、それってどこの新興宗教だよ。 おまけに、母性を求めて抱き付いた筈なのに、死姦。 つまり、元少年の当時の精神年齢はコドモなのだからと言いたいらしいが、そもそも子供なら死姦しないだろ。 しかも母親を。どんだけ鬼畜なんだよ。 会津若松の母殺し破瓜型少年だって、そこまでしてないだろうが。 ここだけ取ってみても、元少年の主張は、激しく矛盾していると思うのだが、如何なものか。
元少年の主張にも吃驚だが、それを教唆したと思われる22人の大弁護団には、もっと吃驚だ。 私は死刑廃止論者ではないので、彼等の主張の正当性がよく解らん。 死刑は野蛮だ!とか言うが、目には目を、はにわニーハオだろうが。 TVを見ていても、殆どのコメンテーターはこれは酷いと言う見解のようだった。 でも誰も、弁護団に対して、 「こいつらの奥さんが、同じ方法で殺されたらいいのに」 とは言わない。 皆、大人だねえ。 私は言っちゃうよ。 誰かがこいつらの身内を、殺しちゃえばいいのに。 そしたら、被害者遺族の気持ちも少しは解るでしょ。
|