高校に合格した時、初めて腕時計を買って貰った。 田舎の学校だし、当時は分不相応なブランドものを身に着けている子供など皆無で、周囲の友人達は、2,980円や3,980といったリーズナブルな時計を腕に嵌めていた。 しかし父が出張先で見付けて私に買ってくれた時計は、当時の高校生にとっては高い物で、デザインも少し変わっており、私のお気に入りだった。 制服の胸ポケットに入れたまま、洗濯機で洗った事も2〜3回あるが、時計はちゃんと動いていたので、社会人になってもそのまま使って来た。 最近は携帯電話を持つようになって、腕時計が無くとも時間がわかるようになったが、それでも時々思い出したように電池交換をし、外出時には腕に嵌めていた。
久し振りに腕時計を出したら、時間がずれている。 おかしいなあ、ふた月ほど前に電池交換した筈なのに、そんなに頻繁に消耗するもの? そう思いながらも、買い物序でに駅前の時計屋に持って行った。 店員は時計を調べて、動いているので電池交換の必要は無い、しかし時間がずれると言うのはどこか故障していると思われるので、製造元に修理に出す事になると告げた。 修理か……幾らかかるのだろう、と考えていると、私の心を見透かしたように、まずは見積もりをと言う店員。 よく考えれば判る話だが、心を読まれたというよりは、マニュアル通りの対応なのだろう。 取り敢えず、見積もりを頼んで来た。
数日後、時計屋から電話があった。 製造終了で、部品も無いそうな……ガーン。 お金はかからないけれど、直りもしない。 出来れば使い続けたかったが、仕方ない。しかし捨てるには忍びない。 後日取りに行くと言って、電話を切った。
帰宅した主人に報告すると、驚かれた。 「そりゃあ寿命だよ、仕方ないよ。しかし20年近くも使っていたって、凄いなあ。充分元も取れただろ」 「そうなの? 私、時計って一生ものだと思っていたのに。歌にもあるじゃない。大きなのっぽの古時計は、100年も動いたのよ」 「うん、でもあれは腕時計じゃないから」 納得がいかずに反論したのに、あっさり返された。 主人にとって、腕時計の寿命は数年らしい。 そりゃあね、婚約記念品を失くしても凹まないぐらい物に執着しない貴方には、解らないでしょうよ。
私が初めてお笑いコンビ「南海キャンディーズ」を知ったのは、M1グランプリ決勝の生放送を見た時だった。 2004年の第4回大会か、翌年の第5回だったかは忘れた。 ちっとも面白くなかったので、多分、彼等が最下位だった2005年の大晦日だったのだろうと思う。
その片割れのしずちゃんこと、山崎静代。 彼女のどこが面白いのか、私にはよく解らないが、最近よくTVのCMなどで見かけるようになった。 別に嫌いではないので、ふーん、売れて来ているのかしらね、ぐらいに思っていた。 私の主人も、 「この子、最近よく出るようになったね」 と言ったが、続きが凄かった。 「そのうち、『いちごの日』みたいな事になるぞ」
解説しよう。 「いちごの日」とは筒井康隆の短編で、醜い女の子が小さい頃から「貴女はとっても可愛いのよ」と言われ続けて育ち、本人が完璧にその気になったところで、「ハイ、これは嘘でしたー。貴女は本当は不細工なんですよ!」と皆が笑うと言う壮大なビックリの、残酷物語である。
「このままでは、この子のために良くない。誰か彼女に現実をちゃんとしらせてやらないと」 と主人は言った。 うーん、確か彼女は、アイドル・オーディションに応募した事があると聞いた覚えがある。 主人の言う事も、もしかすると当たっているのかも……。 しかし彼の言う事だから、どこまで本気なのかは、誰も知らない。
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