山道に、気になる建物がある。 道沿いではなく少し入った所にあるので、車で通り過ぎるだけの我々にはよく見えない。 木々の間から覗くその建物群は、シンデレラや眠り姫の物語に出て来るお城のような、三角帽子の屋根を付けている。 こんな山奥にこんなお洒落なお城、一体どういう施設? 採算も取れなさそうだし、第3セクター系? 前から気になって、 「ねえねえ、あれは何?」 と主人に訊いたのだが、確かこの辺に子供向けの施設があった筈だから、多分それだろうという返事だった。 偶に通りがかる度に、寄ってみたいなあと思いつつ、子供向けの施設に子供のいない夫婦が立ち寄るのは一寸おかしいので、今度主人の甥っ子を借りて行こうと思っていた。
甥っ子ももう小学生。 もたもたしていたら、中学生になってしまう。 気が重いが今年の夏にはまた皆で主人の実家に行くだろうから、その時にでも一緒に行こうと思い、何と言う施設か調べる事にした。 地図は車の中。取りに行くのは面倒臭い。 そんな時には便利なネット。そして便利な主人。 ネットの地図を広げ、お城のあった場所を教えて貰い、拡大する。 しかし幾ら拡大しても、施設名どころか住所も出て来ない。真っ白である。何故だ。 仕方ないので、別窓で自治体(市町村)のサイトを調べる。 「あった。これかな? ○×こどもランド(仮)」 と早速施設のサイトへ飛ぼうとした私だが、主人に止められた。 「待って。住所が違う。○×こどもランド(仮)の住所だと、山の中じゃなくて川の反対側になるよ」 「地図では、この場所に間違い無いのよね? じゃあ市町村じゃなくて件の施設って事?」 県のサイトも調べたが、該当する施設は出て来ず。 「うーん……」 「もうこれは、直接行ってみた方がいいんじゃない?」 とすっかり突撃する気満々の私だったが、主人は慎重だ。 キーワード「○×(地名) 施設」を打ち込んで、検索をかけ始めた。 「出た。これだな」 と主人が示したのは、
「特別養護老人ホーム ○×苑(仮)」
「……子供向け施設じゃなかったのね。寧ろアダルト」 「そうだな。これじゃあ竜太(甥っ子)よりも、シオンの方が近いかもな。シオンがここに入れるように、僕も一所懸命働くよ」 いや、こういう所に世話にならずに済むよう頑張りますよ。
私は、1度に2つ以上の事が出来ない。 当然、複数のおかずを同時進行で作るのは苦手で、料理なんてのは、もはや苦行の域だ。 食卓でも、向こうにあるソースを取ろうと手を伸ばし、目の前にある醤油差しをドーンと倒すなんてのは日常茶飯事だ。 私の脳は、1つの事に目が行くと、他の事が見えなくなってしまう仕組みらしい。
その日、義妹が来ると言うので、私は慌てて片付けをしていた。 仮令到着30分前の連絡であっても、アポ無し訪問よりは遥かに有難い。 仕事が休みで在宅していた主人に手伝って貰いながら、余計な物を魔窟に仕舞いこんでいた。 右手で押入れに紙バッグを突っ込み、左手で押入れの戸を閉める筈が、何故かそれを同時にやってしまったのである。 「ぐおおお!」 丁度肘の骨の所を勢い良く挟んでしまい、悶絶する私に、冷たい視線を投げかける主人。 更に冷たい言葉でも投げかけるのかと思いきや、ふうと溜め息を吐いただけだった。 ……言葉よりも、余計冷たかった。
お茶でも飲んで行けばと勧めたが、義妹一家は上がらずに、玄関先で帰って行った。 あの苦労は何だったのかと。 数日経って見ると、肘には黄色い痣が出来ていた。 青いのも目立つけれど、黄色いのは老人ぽくて何だか嫌。
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