アンナ・ニコル・スミスと、パメラ・アンダーソンの違いがよく判らなかった私。 金持ちの老人を篭絡した方が、アンナだったのね。 しかし、うまいやり方だよなあ! 老い先短いジジイと法的に有効な結婚をして、1年後にジジイ死亡。何て理想的なパターン。 でも、ジジイに先妻の子供がいたのがまずかったよなあ。あんだけ揉めるなんて。 ま、どれだけ大金があっても、あの世には持って行けない訳だが。
最近の私は、手ん棒生活を送っている。 先週から利き手を痛めているが、一向に良くならない。 良くならないのは、手を使うからだという事が判った。 「手を使わないで安静にしていれば良くなる」 とは言われたが、普通に家事をしていて利き手を使わない訳には行かぬ。 しかし、手を使うと痛い。 ど、どうすれば……と考えて、手を使わなければ良いという結論に達した。 何をするにも、左手メイン。 已むを得ず利き手を使う時も、痛い指は隣の手に添えて、なるべく独立して動かさないようにする。 そうすると、自然に指と指がくっ付いた形になる。 子供時代に「手ん棒」とからかわれた、野口英世の左手のようになるのだ。
困るのは、雑巾しぼりである。 これは、片手では出来ない。 従って、掃除は掃除機をかけるだけ。 これも利き手は使えず、通常より時間がかかる。利き手で掃除機を持つと痛いのだ。 床用ワイパーも試してみたが、利き手を使わないと、自分の意思とは違う方向に行ってしまう上、力の加減が難しいので諦めた。 料理も難しい。 左手で包丁を握るのは流石に怖いので、出来合いの物を買って来て、何とか凌いでいる。
有体に言ってしまうと、家事の放棄である。
いや、勿論必要最低限の事はやる。 しかし、必要最低限の事しかやらない。 当然、負担は主人へ……悪いとは思うが、仕方あるまい。 食事の後片付けが嫌になった彼が言った。 「明日は外食にしようか」 「嫌。この前贅沢をしたばかりだから、暫く節約生活しましょうよ」 と私が拒否すると、彼は言った。 「シオン、それじゃあまるで、巨万の富を銀行に預金したまま死んじゃう人みたいだよ。お金は生きているうちに遣わないと!」 そして、こう語り始めた。 「落語で、蕎麦通の話があるんだけれど、知ってるかい? 『つゆなんてのはなあ、蕎麦に一寸だけ付けるもんなんだよ。どっぷりつゆに漬けちまったら、蕎麦本来の味がわかんねえだろ!』と言っていた蕎麦通が、死ぬ間際に、『ああ、おらぁ1度でいいから、蕎麦にたっぷりのつゆをつけて食べてみたかったよ……ガクリ』って死んじゃう話。シオンはそんな感じだね!」 そんな感じって言われても……。 でも、何だか酷い事を言われている、という事だけはよく判った。
昨夜は初めて聘珍樓で晩御飯を食べたのだった。 そう、聘珍樓デビュー。 聘珍樓なんて、冷凍のやつしか食べた事が無かったのだ。しかも片手で足りるほどの回数。 庶民にとっては、聘珍樓は高嶺の花なのだ。 それを、生で食べられるなんて! 感動的に美味しかった。高かったけれど。 これで、暫く贅沢は出来ないな。
仙台で1泊し、市内の百貨店などをちらりと見て、帰途に着いた。 そしてTVを見ながら、「テスト・ザ・ネイション2007 人間関係力テスト」をやってみた。
感想:最高につまらん。
普通のIQテストの方がよっぽど楽しいよ! 成績もだけれど。 この人間関係テスト、我々夫婦はどちらも偏差値93。 私の場合は初めから予想内だからいいが、主人が93て……。 彼は視力が悪いので、目に頼っていない。 つまり、直感や霊感で、雰囲気を敏感に感じ取り、それで判断する事が多いため、TVの画面を見ながらのテストでは、いまいち点が伸びないのだろうと思われる。 私は前半部分は調子が良かったのだが、後半、特に終盤の「自己制御力」(だったかな? 兎に角、自分の感情を抑制出来るかどうか、という部門)がほぼ全滅だった。 ま、まあ……これも予測は付いた事だが、こっちにつけたら確実に点数が取れないと判っていながらチェックするのも、辛いものがあった。 ところが主人はここがほぼ満点。流石バランス夫婦。 「嫌な出来事を思い出すと、その時の怒りの感情も一緒にぶり返してしまう」という設問で、彼と私の違いがまた明らかになったのだ。 「どうして!? 普通は、嫌な目に遭った事を思い出したら、その時の感情も一緒に思い出すでしょ?」 と驚く私。 しかし彼は首を振る。 「ううん。ああ、そう言えばそんな事もあったなあ、と思い出すだけで、感情までは付いて来ないなあ」 何故……何故だ? 「駄目よ、そんな事では! 『感覚の再現』よ、マヤ! それが出来ないようでは、紅天女は演れなくてよ!!」 と私がキィーとなってみても、彼にはそんな事どうでも良いらしい。 私にとって彼が不思議な生き物であるように、彼にとっては私がそうなのだろう。
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