6日の記者会見で柳沢大臣が、またまた問題発言。 「若い人たちは結婚したい、子供を2人以上持ちたいという、極めて健全な状況にいる。若者の健全な希望にフィットした政策を出して行く事が非常に大事だ」
これにまた、社民党の福島瑞穂等が噛み付いた。 「1人っ子や子供がいない人は、健全じゃないのか?」というのである。 ここまで来ると、重箱の隅どころか、重箱の蓋、しかもゴムパッキンの中を突付くようなものである。 子供がいない私が気にならない程度の発言なのに、何故そこまで熱くなれるのか、全く不思議だ。 私に言わせれば、子供がいるのに姓が変わるのが嫌という自分の我が儘で籍を入れずに事実婚で済ませてしまっている家庭の方が、よっぽど健全じゃないんだが。
民主党だったかの女性議員は、 「謝って済む問題とそうでない問題がある」 と言うような発言をしていたが、どれだけ謝っても済まないと言うなら、柳沢は腹でも切れと言うのか? ここまで来ると、もうこれは立派な苛めであろう。 いじめカッコ悪い! 子供達に「苛めはいけない事」と教える立場の大人、しかも国会議員が、公然と苛めを行っているのである。 この一連の騒動を見て、判った事がある。 苛めは、苛められる側にも問題があるのだ。 苛める方も大概悪いが、苛められる原因というのが必ずある筈だ。
安倍首相は同日夜、記者団に「そういう言葉に一々反応するのではなく、真意を汲み取るべきだ」と苦言を呈したが、全くその通りだと思う。 人間は、言葉でコミュニケーションを取るが、言葉が全てではない。 勿論、言葉がコミュニケーションの道具である以上、それを正しく遣うのは、書き手・話し手の義務であり、責任である。 (蛇足だが、ネット上でも、判ればいいじゃんという調子で、誤字脱字を気にしない人間がいるが、私は嫌いだ。気付いたら直せよ! 相手に解読の苦労を負わせるな) しかし、読み手・聞き手は字面を追うだけではなく、行間を読む事も必要だ。 多くの人がそれをわかっている筈なのに、何故マスコミと国会はこんな揚げ足取りに時間を費やすのだろう。
先月24日、浪人生による妹殺し&死体損壊事件の後、加害者被害者の両親が手記を公表していた。
この度は息子勇貴の事件によって、世間の皆様に対し、大変なご心配をおかけしお騒がせ致しましたことを、紙面をお借りして心よりお詫び申し上げます。 私ども家族にとりましては、事件を知ったこの正月3日から今日まで、正直申し上げ、どのくらいの日時が経ったものか、正確には考えられない精神状態でございます。 娘亜澄の死亡と二男の凶行とがどうしても結びつかないということが、私ども家族の苦しみ悩むところでございます。家族でさえこの情況でありますから、世間の皆様にはご理解できないことは尚更のことと存じます。 事件から約20日が経ち、警察のお調べが進むにつれて、事実については少しずつ解明されてきていますが、何故息子があれほどまでの凶行をしてしまったのかという点につきましては、未だに理解できないのです。 しかし、時間の経過にともない、お陰様で少し落ち着いて考えることができるようになりましたので、現在の心境を少ししたためさせていただきます。 そこでまず、亜澄と勇貴の関係についてですが、「3年間も口をきかなかったような冷たい関係」と報道されていますが、それは若干事実と違います。亜澄が在籍していた短大の入学についても、勇貴が懸命にパソコンで探し当て、やっと入学期限に間に合ったという経緯からも、兄妹の関係は決して険悪というものではありませんでした。 しかし、亜澄の他を顧みない自由奔放な性格と言動は、家族から理解されていなかったのは事実です。こうした亜澄の生活態度を見ているうちに、亜澄と一歳しか違わない勇貴は、妹が両親を悩ます元凶と思い込むようになったのではないかと思います。 また勇貴の性格ですが、優しく、家族に対し暴力を振るったりするようなことは一度もありませんでした。しかし、残念なことに、妹の亜澄は大変気が強く、絶対と言っていいくらい自分から非を認め謝るということのできない子供でした。 とはいえ、二人とも私たちにとっては掛け替えのない子供たちです。今となっては、何故あの時、亜澄が「ご免なさい」と兄に謝ってくれなかったのか、もし、謝ってさえいてくれれば、兄も我に返り、このような凶行に至らずに済んだのではないか……、と今更ながらせん無い繰り言を繰り返す日々でございます。 今後私ども夫婦は、生涯にわたり亜澄の霊を弔うとともに、勇貴が一日も早く更生できるように支え続けたいと考えております。
「二人とも掛け替えのない子供たち」と言う割りに、事件の責任は妹にある、というような文章である。 でも実際にそうだったのだろうし、私は、殺された妹が可哀相!酷い親!とも思わない。 世間では、暴力はいかん、人殺しはいかんと言うが、人を殺すにゃ刃物は要らぬ。 妹の過ぎた言葉が兄を傷付けた事もまた、事実であろう。 そして毛色の違う妹は、3浪した次兄よりも、この親にとっては「いらない子」だったんだろうなあ、と思った。 手記によると「亜澄は大変気が強く、絶対と言っていいくらい自分から非を認め謝るということのできない子供」だそうだが、そのような子供に育てたのも、この親なのだ。
最近は身内による人殺しが多くなって来ていると聞くが、その方がまだ、赤の他人に迷惑をかけるよりはましなんじゃないだろうか、と私などは思ってしまう。
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