| 2006年09月13日(水) |
縫い物の神と共に肩凝りの神も降臨 |
直線ミシンは修理に出してしまったが、ロックミシンがあるではないか! という訳で、ニット・ソーイング(本当はこの言い方は好きではない。横文字だらけだから)をする事にした。 先月買ったものの、余りの暑さに寝かせていたスキッパーの型紙と、安売りで購入した3枚980円のニット生地を引っ張り出し、鋏を入れた。 しかし切り進むうちに、布帛のパーツも必要な型紙だった事を知る……つまり、直線ミシンで縫わなければならない部分があるという事だ。 しかも、それは1番初めの段階で。 取り敢えず裁断と芯貼りだけ済ませて、続きはミシンが退院してからと言う事に。 修理に2週間ほどかかるとは言われたが、2週間経ったらすっかり秋である。 縫い上がっても、着るのは来年か〜。
気を取り直して、普通のカット&ソーを作る事にした。 ニット・ソーイングは楽だと聞いていたが、ここまで楽だとは。 1日で出来たし、初めてにしては、なかなか上手く縫えた♪ しかし。 布の時はとっても素敵に見えた生地なのに、模様のせいかデザインのせいか、形にしてみると何だか婆臭い……。 でも、この生地はこの形にしようという選択は、間違っていなかった気がするんだな。
そして、記念すべきカット&ソー1作目は、実家の母の所に引き取られたのだった。
先日出かけた時、社民党のポスターが目に入った。 そこには、笑顔の福島党首と共に、こんな言葉が書かれていた。 『なくせ格差、まもれ9条、めざせ平和』 「なくせ格差って事は、めざせ共産主義って事? 共産主義と社会主義の違いって何だっけ?」 「まあ、似たようなものだよ。流石、社会党って感じだな。『なくせ9条、守れ平和、めざせ格差』」 ……意味がわかりませんよ、貴方。
夕方、テレビ朝日系列のニュースで、大阪のホームレス特集をやっていた。 自分の物ではない土地を勝手に占有し、そこを住処としてしまっている人々の話である。 ナレーションは明言していなかったが、物悲しい調子の曲が流れ、もしかして、格差社会の犠牲者とも言えるこの気の毒な人々をどうしたら良いでしょうか?という論調に持って行きたいのだろうかと思ってしまった。 深読み?
悪いがそれは、社会や政府のせいではなく、自分のせいだろう……。 自分の面倒は、自分で看ようよ。 世の中には子供夫婦に負んぶに抱っこという老人もいるようだが、子供夫婦は更にその子供の面倒を看なければならないのだ。 最低限の備えすらしていなかった、自分の無計画さを呪うしかないだろう。 福祉を否定はしないが、福祉に頼り切りなのも如何なものか。
10年の無宿生活から足を洗い、生活保護を受けて生きる夫婦は、まだましだと思った。 一旦故郷に戻ったものの、船酔いするから兄の漁仕事の手伝いが出来ず、兄貴も周囲も煩く言うから嫌だと、また大阪に舞い戻った60歳宿無し老人を見て、そんなに我が儘では誰も面倒を看てくれないだろうよと、我が儘な私でさえも思った。 ああはなりたくない。 結局、自分の人生、自己責任なのだ。
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