天上天下唯我独尊

2006年01月21日(土) 午前様

土日なのに、ダーリンは日帰り出張が入っていて、みっちりお仕事。
「駐車場が無い所に行かなきゃなんだよね。シオン、車で送ってくれる?」
と言われたので、出発時刻を訊いたら朝の7時だそうで……なぬぅ。
タクシーで行けよと思ったが、送って欲しそうだったので、頑張っていつもより1時間も早起きした。
送って行く途中で、センター試験を受けに行くらしい高校生の集団を見掛けた。
いいなあ、懐かしいなあ。

送った序でにスーパーで買い物を済ませて帰宅すると、もう「ワッツ!?ニッポン」が始まるところだった。
内容はライブドア事件と宮崎死刑判決がメインで、驚いた事に、今週火曜と木曜に行われた耐震偽装事件の証人喚問は、ほんの1分程度しか触れられていなかった。
しかも伊藤公介議員の名前は全く登場せず。
同じ伊藤でもテリー伊藤出演の映画の話は長々と取り上げたくせに、一体何なのさこの比率は。
どちらがより重要なニュースか普通は判る筈なのに、フジテレビは敢えてこの話題に触れたくないのか?と裏を勘繰りたくなるようなバランスの悪さだった。
これは、ライブドア強制捜査をヒューザー小嶋社長の証人喚問前日にぶつけてわざと話題をずらしたという噂も、案外本当かも知れないと思えて来る。

夜10時、接待中のダーリンから電話で、遅くなるかも知れないから先に寝てていいよと言われた。
いつもなら、どんなに遅くなっても22時には帰宅する人なのに、今日は帰して貰えないのか?
23時になっても帰って来ないため、先にお風呂を済ませ、破れた枕カバーの修繕をしながら帰宅を待つ。
久し振りにNHK「ラジオ深夜便」を聞いた。
ゲストはワイドショーのコメンテーターで御馴染みの、作家の吉永みち子。
文章を書く事が得意な人は大抵話が下手なものだが、この人は流石に話も上手い。
アパートの真上の部屋が空室なのを良い事に、夜中なのにミシンカタカタしていると、終盤に差し掛かって糸調子がおかしい。
キィ!と怒りながら絡まった糸と格闘しているうちに、日付けが変わってしまった……。
ダーリン未だ帰らず。
どうしたんだろう、車で事故った? それとも凍った道で滑って転んで病院に運ばれた?
と心配になった頃、やっと玄関で鍵の音がした。
結婚して初めての午前様だったダーリンは、頗る御機嫌だった。
接待の相手と意気投合して、随分盛り上がったらしい。
以前から知っている相手で、この人はどんどん上に行く人だと目を付けていたらその通りに出世して、今では一流どころで働いているのだそうだ。
ふうんとダーリンの話を聞きながら、この人の慧眼は凄いなあと思ってしまった。
「今まで伊達に投資していた訳じゃなかったのね。ごめんね、無理解な妻で。これからは、家計に響かない程度でどんどん買っちゃって下さい」
と私が職業費の事を言うと、彼はエヘヘと笑った。



2006年01月20日(金) 正体不明な恐怖

お風呂から上がると、先に寝たかと思ったダーリンがまだ居間にいて、ニュース23を見ていた。
ニュース23って、金曜日もやってたっけか。
椅子に座ればいいのに、彼はTVの真ん前に突っ立っていた。
目が悪い彼はよく見たい時にはそうするので、何か面白いニュースでもやっているのかと思い、彼の肩越しに私も画面を見た。

何これ。

ダーリンに説明を求めると、その建物は脳性麻痺などの病気で障害を負った子供達の施設なのだそうで、ベッドに寝たきりの「子供達」が映されていた。
彼等は植物状態でチューブに繋がれており、その身体つきはあちこちが変形していて、中には瞬きが出来ないからなのか、半開きの瞼にテープを貼られている者もいた。
顔貌は明らかに普通の子供とは違う。
ダウン症とも全く違い、言葉も喋れなければ意思の疎通も出来ないのだ。

「怖い」
私はダーリンにしがみ付いた。
正直言って、可哀相というよりも、それは恐怖だった。
肉塊としか思えない人間達。
生きているのだろうか。
自分が生きているという自覚があるのだろうか。

施設の医者は言う。
「昔なら治療の施しようが無かった患者さん達が、医療の進歩によって亡くならないんです」
現代医療が半端に進んでしまっているため、患者が死なないで、ずっとこのままだというのだ。
昔なら死人が出れば空床が出来、そこに新たな患者を迎えていたのが、それが出来ないために、多くの人が空きを待っている状態らしい。
別の施設は障害児用なのに、子供の頃からそこにいるのか、57歳の入所者もいるという。
そう、彼等はずっと子供のサイズではなく、生きている限り成長するのだ。
20歳を過ぎた子供の面倒を自宅では見切れなくなり、施設に入れた母親もいた。
それでも母親は職員と一緒に、大きくなったのに動けない子供をお風呂に入れていた。

57歳には驚いたが、20年も永過ぎる。
母親は何を思って、このような子供の面倒を看るのだろう。
愛情? 義務? それとも意地?
それとも回復という奇跡を待っているのだろうか。
中には、全く子供に会いに来ない親もいるという。
普通に生まれても親に殺される子供もいれば、生まれ付き植物状態でも親に可愛がって貰える子供もいる。
どちらが幸せなのだろう。
そもそも、この「子供達」には、幸せという感覚がわかるのだろうか。

画像が強烈過ぎて、何を言いたい特集だったのかさっぱりわからなかったが、あのような所で働いている職員達の精神が気にかかってしまった。
砂漠に水を撒くような徒労感に襲われないのだろうか。
こうして一寸TVで見ただけで凹むのに、毎日平気なのか、それとも慣れるのか。
比較するべきものではないが、五体満足に生まれただけでも幸せなのだと、つくづく思った。


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