主人はバスに乗るのが嫌いで、職場の1泊旅行でも自家用車で行きたがる。 私もバスの匂いは苦手だが我慢ならないほどではないので、新婚旅行の時、空港に向かうバスの中で彼が苦悶の表情を浮かべたのには驚いた。 本当に嫌いらしいという事が判ったので、私の実家に行く時も、2人だと割高な鉄道を使わざるを得ないのだった。 バスならもっともっと安いのに!
そんな不経済な主人が、週末に同僚の結婚式に出る事になった。 遠方なのだが、職場からも大勢出席するため新郎がバスを用意するというのに、彼はやっぱり自家用車で行くと言う……。 私から見たら、我慢しなくてもいいような所で我慢するくせに、ヘンな所で協調性が無いなこの人は。
「シオンも行こうよ。僕が式に出ている間に、久し振りに都会の空気を楽しんでおいで」 と主人が言ってくれたので、迷ったが、一緒に行く事にした。 「で、やっぱり車?」 「うん。皆バスで行くって言うけれど、乗った途端に宴会になるからな。付き合いきれません」 「そか……なるほど」 主人は体質的にアルコールに弱く、お酒の匂いも嫌いなのだ。 時々私が酎ハイを飲んで、気分が良くなって彼に抱き付こうものなら「アッチ行け」と言われ、不意打ちでキスしようものなら露骨にイヤ〜〜〜な顔をされるぐらいである。
「貴方って本当にバスが嫌いよね。修学旅行とかどうしてたの?」 「あんまり覚えてないけれど、我慢してたと思う。僕より先に友達が吐いてたしな」 「貰いゲロしたの?」 「ううん、『大丈夫だよ』って声を掛けて、後片付けしたなあ」 「ええーっ、偉いのねえ、バスに弱いのに」 「だって可哀相でしょ。自分だったらと思うと、そうして欲しくない?」 「う……うん、そうだね。でも私は、仮令そういう立場になったとしても、顔で『大丈夫よ〜』と笑って、心で『畜生、何で私がこんな事をっ』と怒るんだろうなあ」 「うん、シオンはそうだろうね……。でも僕には、『自分で洗え』って言ったよね」 「え?」 何の話?と私がぽかーんとしていると、 「覚えてないのか。結婚した年の夏に車で旅行した時、」 と、彼の話を聞くうちに、私の眠っていた記憶が呼び起こされた。
纏まった休みが取れたので、主人が車で旅行に連れて行ってくれたのだ。 しかし間の悪い事に、彼は体調を崩していた。 お腹が痛いと言う彼のために、我々は早目に宿に入った。 それなのに、彼は間に合わなかったのだ……トイレに。 「ごめん、パンツ汚しちゃった。ズボンも少し」 しょんぼりしてトイレから出て来た彼に、少しだけれど旅行の日程を狂わされた私は、 「そのままそれ持ってお風呂にどうぞ」 と冷たく言い放ったのだった……。
「思い出した! そう言えばそんな事もあったわね。今の今まですっかり忘れていたけれど」 「あの時シオン、何だか怒ってたよね。『自分で汚したんだから、自分で洗ってね』って言われたし」 と彼に冷たさを指摘され、 「じゃあどうしろと!? 汚れ物を私に洗って欲しかったの!?」 と逆切れする私。 「ううん、そうじゃないけれど……」 「私だって、貴方が死にそうだったらそれぐらいしますよ! でも動けたからああ自分で出来るなって判断したんじゃない。何かご不満でも! キー!」 「そりゃ動けたけど……。まあシオンはこういう人なんだな、って思った。悪い意味じゃなくてね」 そうは仰いますが、どうあっても良い意味には取れませんがっ。 ごめんね、冷たい妻で。 貴方は私のおむつの世話もするよと断言してくれるけれど、私は……出来るのかしら(汗)。
巨大なクマのぬいぐるみによる、大量連続殺人が発生した。 しかし、その姿を見た者は1人もいない。 何故ならば、見た者は必ず殺されるからだ……。
クマが近くまで来ている。 教室には大勢の人がいるが、皆にそれを報せたら途端にパニックになるのは目に見えている。 そうなったら、誰も助からないだろう。 私は1番仲の良い友人にだけその事を伝え、2人でこっそりその場を抜け出し、全力で走り去った。 暫くして戻って来た時には、もうクマさんの姿は無く、現場は血の海だった。 その中に、恋人がいた。 正義感の強い人だった。 私が危険を報せれば、彼は必ずその場にいた全員で逃げる事を考えただろう。 しかしそんな余裕は無かった。 だから私は逃げたのだ。彼を見殺しにして。 「ごめんね」 彼の亡骸に呼び掛け、見開いたままの瞼をそっと閉じてやった。
目覚めた時の感想は、「嗚呼、夢で良かった」。 そして酷く疲れていた。 どんな意味の夢なのか知らないが、兎に角怖かった。
夜、お布団に入って、その夢を思い出した。 「ねえねえ、今朝夢を見たの。凄く怖かったよ〜」 とダーリンに引っ付くと、彼はいい子いい子してくれた。 「よしよし、じゃあ幸せな夢を見られるように、おまじないをかけてあげよう。『お金お金お金』〜」 「……何ソレ」 「だって、シオンお金好きでしょ。宝籤の当たる夢とか、嬉しくない?」 「そりゃ現実に当たったら嬉しいよ。でもね、夢だと却って目覚めた時にがっかりすると思う」 と私が反論すると、彼は一瞬考え込んだ。 「よし判った。じゃあ『連続殺人連続殺人連続殺人』〜」 「いや、それは今朝見たから。全然いい夢じゃなかったし」 「そうか。じゃあ、『他人の不幸他人の不幸他人の不幸』〜」 それが私にとっての幸せって……貴方何か勘違いしていませんか!?
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