ま お の 日 記...まお

 

 

ツイッターって。 - 2013年07月22日(月)

 おひさしぶりでございます。まおでございます。

 ツイッターって何なのでしょう。

 自分でもいろいろと余計なことを言っているので、一方的な批判的態度に出るのはルール違反だという自覚はあるのですが、正直、厄介ですよね。
 ツイッターそのものの付き合い方とか、フォロワーさんが特に、リアルでも知り合いである場合の付き合い方とか。

 いや、あの。
 会社辞めたいとか死にたいとか言うのには、ほんと、何と返して良いのか、と。
 そう思いながら、リアル知り合いのツイートを読んでいます。

 何か。
 そう書かれてもかまってやる気がしないものですね…。

 私も、数年前の失恋のとき、ほんと生きてられないと思って、死にたいとか毎日言っていて、今は没交渉となってしまったネット上の知り合いの方に、ものすごく強い口調で窘められたことがある。
 きっと、そのときの私の態度が悪すぎて、その方に見放されてしまったのだけど、今、その方の気持ちがよくわかります。と、同時に、私のことを気にかけてくださったんだろうなぁ、という感謝も今はとてもあるのです。
 ただ、そういう経験をしているからこそ、ただ中にいるときは、本人に何を言っても無駄ってこともわかる。

 うーん、いろいろと自殺とかが問題になっているこの時代にこういうことを言うのは、本当に不謹慎かも知れないけど、こいつまだ死なないな、というのはわかる。
 おそらく過去の自分と同じ淵に、彼女いるからだと決めつけているから、そんなことを思ったりします。

 ヘンな話――まあ、僻みじゃないのか、と言われてもいいと思って書くけど、恋人がいる子は、その恋人自身が悩みの種じゃない限り、死なないですよ(笑)。
 彼女は遠距離恋愛だけど彼氏がいるので、本当の慰めはそっちから得るといいよ、と。私のターンが来ることがあれば役を果たそうと思いますが、素早さ発揮してほしいのはそっちです。

 …しかし。
 文字にすると、ほんと私ってヒドいひとだね…。

 でも、恋人と子どものパワーは、ほんと、地獄からひとを引き上げる力があると思っているので。
 そんなことで頼れないなら、何の恋人ですか!


 あと。
 会社やめたいってことに対しては、じゃあ、やめたら?、としか言いようがないので、本当に黙っています(笑)。たぶん相手が求めている答えはこれじゃないと思うので。

 仕事がやめられない理由は、個人的にですが、実は1個しかないと思っていて。

 それは「今の生活が続けられなくなる決断ができないから」。です。仕事が好きだから、とかいうのは、今の会社にいつづける理由じゃない。仕事が好きなやつはぶっちゃけ独立でもしろよ、って。

 私の場合、おそらく暮らしている地域や年齢からしても、女ひとりが稼ぐ額としてはもらってると思います。
 だから、外食続けられるし、趣味にお金かけたり、旅行行けたり、鳥飼えたりする。
 たぶんこの仕事をやめたら、その全部が無理。今の家にも暮らせないでしょう。
 それを続けたいというのだけが理由で、会社やめない。たぶん、健康が続く限り。
 だから、やめたいと言いながらやめないのは、自覚がなくても選んでしまってるんですよ。極端過ぎるという自覚はあって書くけど、生きるだけなら方法は別にあるからさ。

 間違っても仕事を苦にして自殺とかしないでほしい。別に仕事だけが、君をはかる価値じゃないんだし。

 なんてことは、まあ、口に出しては言わないけど。
 これは親が言ってあげるべきのことだと思うから。


...

優しくなれよ。 - 2013年06月10日(月)

 おひさしぶりです。
 後追いで、過去日の日記を書くかも知れませんが、とりあえずすっ飛ばして今日の日記。

 ちょっと、自分の性格ってこんな感じだったかなぁ、って。
 若干失望したことがあって、まあ、落ち込んでいます。
 体調が悪いので、自分より元気そうなのに悩んでいるひとに優しくなれないのかも知れませんが、他人にシンクロしづらくなっている。非常に。

 関係ないのかも知れないけど、キャラが降りて来ず、全くはなしが書けなくなってしまって。←こっちは燃え尽きたのかも知れないんですが。

 物忘れという定義もできないくらい物を忘れているような気もして、少しおかしい気がしています。

 いやー。
 ぶっちゃけ、このまま死んだらどうしよう…(笑)。


...

3.11 - 2013年03月11日(月)

 おつかれさまです。まおでございます。

 2年前の今日の日記を見たんですが、何も書いていませんでした。12日になって、テレビを見たら昨日のことは夢じゃなかったらしい、と書いている。

 2年前の3月11日は、金曜日でした。
 その次の日の土曜日は、SPの劇場版が公開で、実は私は姐さんとそれを見に行きました(このことも日記には書いてないけど)。
 12日のことはだいぶ前から「映画に行こう」という約束はしていたのですが、携帯の回線がつながりにくくなっていたので、連絡が取れなかったりして会えなかったら困ると思い、姐さんが11日のうちに私の家の固定電話に電話をくれ、待ち合わせ時間と待ち合わせ場所をきっかり約束し直して、翌日に臨みました。

 11日の夜か、12日の夜に、メッセで師匠に偶然お会いできて、何だかとても救われた気になりました。
 テレビで津波の絵を見すぎたのと、余震で、本当に悪い酔っぱらったようになっていたので。

 あと、思い出しましたが、この頃、大江戸線の駅を全部覚えてたみたい、私(笑)。


 実は去年の3.11の記憶がない。
 今年以上に仕事に追われて、吐きそうになっていたので。
 今年は、事前に、会社で避難訓練があると言われていたこともあって、災害のあった日だというのを朝から意識していました。

 14時46分がだんだん近づいてきて。
 昼休みとかにすごく

 ああ、2年前に亡くなった方も、この先に何が起こるか知らずに、2年前のこの時間には、おひるごはん食べたりしたんだろうなぁ。

 ――と思いました。
 X時間が近づいてくるほどに、すごく、何が起こるのか知らなかったひとたちが、亡くなったんだな、って。すごく強く思いました。


 しかし、どうして去年はこんな簡単な気づきすら得られなかったんだろう。
 …と。
 今、一年前の日記を見て、去年の自分の状況を把握しました。

 ああ、これは無理だ…。他人に優しくできる状況じゃなかったんだな…。
 他人に優しくするのにも、心身ともに健康じゃないとダメなんだな…。それも今日の気づきでした。


...




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