日々是迷々之記
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2002年11月17日(日) 鬱病かもしれない日々

金曜日に仕事上で事件が起きた。勤めている会社の飛行機で日本に来る貨物のオーバーブッキングが起きて、一部の貨物が追い出されて遅れてしまったのだ。まぁ、それ自体は珍しいことでもなんでもなく、一日数件はある。が、今回のは一番優先順位が高く、まず遅れることはありえない種類の荷物だったのだ。めっちゃ金額が高くて、遅れたら倍返し、みたいな契約のついたものだった。

朝から罵倒叱責の電話ががんがん鳴る。基本的に輸入の荷物は日本側に責任はないのだが、電話がかかってきても無視するわけにはいかない。にとにととオーバーブッキングを責め立てるオヤジ、ババアの罵倒。「じゃあ、私はどうすればいいんですか!」と半分キレかけで何故か皆絶対に言う。「来るまで待て。」としか言いようがないのだが…。

そうこうしていると、夕方、上司が私たちを集めて言った。何でも、東京の日本支店長のところに直接苦情を陳情したやつがいて、大阪じゃらちが開かないから東京に陳情して行ったらしかった。しかもどこで調べたか知らないが、その日本支店長にダイレクトでつながる番号でかけてきたらしい。恐怖!である。んでもって、輸入に対して責任はないけれど、お客はそう思っていないから、誠意を持って対応するようにみたいに言われてしまった。さらに悪いことに、結局その東京陳情男の電話を最初に取ったのは私で、私がらちの開かない対応をしたから逆ギレして東京に文句を言ったのだった。(そういう電話がかかってきたことを管理しているのもコワイし疲れるが。)

結局、その陳情男は夕方5時55分にもかけてきた。そしてその電話を取ったのはまたわたしで、一から話を聞かされる。6時を過ぎてもまだ続く。私は6時に帰るのだが、そう言うこともできずに男の電話を耳に当てている。すでに話を聞いているわけでもなく、何だか、「声の滝」に打たれているように身を任せているだけだった。やっと6時20分ごろ、相手も疲れたのか「おまえらそういう商売がいつまでも続くと思うなよ。」と捨てぜりふを残して電話は終わった。もう帰ってもいいのだ。

その日はスーパーでコーヒーを買い、忘年会の下調べをしにゆき、雑誌を立ち読みしてと週末に向けていろいろと計画をしていたのだが、全部忘れてしまった。スーパーに行ったけど、何だか別のスーパーのほうが安かったような気がして買わずに済ましてしまい、宴会の下調べは店の前を通る頃には忘れており、立ち読みはもうとっくに忘れている。

何だかすぐに忘れてしまうのだ。それに唐突に眠くなるが、フトンに入ると眠くなくなり、出てきてパソコンをいじってしまう。今週はずっとそうで、今週末は最たる物だった。夜中に起きたはいいけれど、しゃべりたかったが相手が見つからず、結局カナダの友人のところに電話をした。それは楽しかったがいつもそうするわけにもいかない。酒を飲みながら掲示板を閲覧し、ぼーっとする。ああ、これも忘れた、あれもやらなきゃ。とぼーっとしている時ほど思い出す。

土日も目覚めるのは早いが昼間に眠くなり、フトンに入ると眠くなくなりの繰り返しである。土曜日はお金をおろしに行って、バイク屋さんに行っただけで終わってしまった。しかも、バイクの部品を買いに行ったのに自転車で行ってしまったので、日曜日にバイクで出直すことになったのだ。普通そんなの忘れないと思うが忘れてしまったのである。

日曜日はバイクで出たついでに市場へ行く。いつもの魚屋さんでカニを見ていたら50円まけておくから買っとき〜と声をかけられて、ああ、カニかぁ。そういえば解禁になったなぁと思ったら、もう買っていた。バイクのカゴにカニと酒を入れてバイク屋に行き、用品を付けてもらう。ちょっとうれしい。

そして、深夜になり、ハタと部屋を見渡す。洗濯物はいっさいたたんでおらず、ぬか床は軽くカビが生え、再生中のパワーブックは床に転がっている。週末にやるべきことは何もやらなかったようだ。月曜日が来るのが怖い。もう来ているが。さっさと寝ようと思いつつそういう気持ちになれない。今現在3時半だ。6時間後に会社に座っていることができるのだろうか?

不眠と物忘れに振り回される日々。「鬱は病院で直ります。」のコマーシャルが気になる今日この頃だ。あと3日くらいこの状態が続いたら病院に行った方がいいかもしれない。これから邪悪なクリスマスシーズンが来るのも何だか受け入れがたいし。

骨折の話から始まったこの日記。今度は鬱の話になるのだろうか。


2002年11月11日(月) 日だまり自転車紀行 後編

沖縄食屋さんで買ったおにぎりと揚げ菓子をザックに詰めて、今度は駅周辺を散策した。このへんは沖縄出身の人が多く、沖縄居酒屋が目立つ。ガード下には新しい沖縄食堂のような店が出来ていた。う〜、沖縄そばが食べたい!でも、また今度にして、近所のユニクロへ向かった。

ここのユニクロは会社の近所のものとは客層が違う。会社の近所はギャル系が多いが、こっちは金髪夫婦と幼児の組み合わせが多い。うっとうしさはどっちもどっち。くさくないだけ金髪一家の方がましか。コットンのカーゴパンツのちょっと細い感じのものが欲しかったが、そんな物はなくてちょっとがっかり。コーデュロイのものはあったが自転車に乗ると尻部分が光って悲しいので自粛した。結局、グレーのカーディガンと黒のハイネックのシャツを買った。(なんか最近地味である)

またもやお腹が空いてきたので、どこかでおにぎりなどを食べようと自転車で走り出した。あと5分で渡し船の乗り場というところで公園があったので、ベンチに腰掛けた。背後ではリトルリーグの試合をやっている。



左がポークおにぎり、右が紅イモサータアンダギーである。ポークおにぎりは初めてなのでわくわくだ。中には薄焼きタマゴ、キュウリの薄切り、肉のかんずめをスライスして焼いた物、そして、みそ&マヨ味のたれがかかっていた。それがなんだかビミョーに美味しいのである。しかも、しっかり握ってあるので食べごたえがある。0.5合くらいはありそうだ。ぷはー!うまい。お腹一杯なので、サータアンダギーは家で食べることにした。

時計を見ると3時30分ちょっと前だ。30分に渡し船が出るので渡船場へ自転車を走らせる。すると、子供らが「早よう来ーへんかなぁ。」と対岸の船を眺めていた。



「なぁなぁ、ほんまに乗るん?」右側の女の子が大きな男の子に聞いている。「おれは乗るで。」「私乗ったことないねん。」「おれもないで。」「いやや。行ったら帰ってこられへんもん。」「でもおれは乗るねん。」「わたし行かんもん。」「じゃあやめる。」と微妙に意味がわかりにくい会話をして二人はどこかへ行ってしまった。女の子は補助輪付きの自転車に乗っていた。こんな小さな子にとってはこんな小さな渡し船も大冒険なんだろうなぁと思った。

私も事実、「渡し船」というものに乗ったのは結婚してからだ。「渡船場→」という看板を見て、「なんやろ?」って感じで見に行ったのが始まりだ。タダというのも気に入った。調べてみると、ここだけでなく、何カ所かあるようだ。



ほんの一分ほどのちいさな船旅。こういう休日も悪くないなぁと思った一日だった。


2002年11月10日(日) 日だまり自転車紀行 前編

目が覚めると外はニコニコと青空が光っていた。ちょっと風は強いけれど、ほのほのと暖かい。今日は自転車日和だ。午前中にカオスと化した家の中を片づける。隣家のギャルの歌の練習も、上の家のカラオケ絶唱も気にならない。今日は自転車の日だからだ。

お昼過ぎに外へ出る。半袖Tシャツにフルジップのフリース、マウンテンパーカーで暑かったら脱げるようにした。下はジーンズと運動靴(スニーカーって言うべきか)である。

今日の自転車はロードレーサーにした。買い物をするかもしれないのでママチャリの方がいいかもしれないが気分はロードレーサーなので素直に気の向くままだ。

久しぶりのロードレーサーは気持ちがいい。こう、キュっと走って、くぃっと曲がるって、字で書くと何のことやらだが、全体が意のままなのが快感だ。ママチャリはまったりしてていいんだけど、緊張感はない。めんどくさいのにマニュアルミッション車を購入したダンナさんの気持ちがこういうときに少しわかる。

ほんの2分ほどで渡し船の乗り場に着いた。



渡し船と言ってもすぐ目の前に渡るだけである。水さえきれいだったら泳いで渡っても平気だろう。朝の6時台から晩の11時台まで一時間に4本運行している。地下鉄だったら15分も待つとイライラするが、渡し船を15分待つのはさほど気にならない。近所のじいちゃんと孫がパンの耳を持ってきてカモメにあげていた。カモメは空中でキャッチしている。頭の中で風向きとか風速とかちゃんと計算してキャッチしてるんだなぁと感心してしまった。カモメの目はちょっとコワイが…。

船がきたので対岸に渡る。降りるときは、船員さんが船を押さえていてくれる。みんな降りるときに、「ありがとう。」と声をかけて降りてゆくのがなんかいい。金髪の青年も、こてこて化粧の女子高生も、買い出し主婦もみんな「ありがとう」を口にする。ほんとにここは大阪か?っていつも思う。

さぁ、ここからは隣の区だ。商店街を目指して川沿いの道をこぐ。天気が良くて気持ちがいい。国道の高架を越えたら目的の商店街だ。自転車を降りて押しながら歩く。ここは地元に根付いた商店街で、ほどほどに活気があって楽しい。たこ焼き、たこせん、お好み焼き、焼き芋などなど、店頭で売っていて思わずお腹がグウグウと鳴る。そこでたいやきカスタードを購入した。70円也。



この店には、たいやきの他に、フライドポテトを円錐状の紙に包んでくれるものや、野菜焼きなどがあって、ちょっとそそられた。でもまだ商店街は続くのでここで沈没はできない。てくてくとたいやきを食べながら歩く。

途中で模型屋さんを発見。間口が1メートルくらいしかないが奥行きが5倍くらいある。中を覗くと、パッケージが日焼けした古いプラモがたくさんあった。特に、田宮の「シティターボモトコンポ付き」フジミの「CR-X Si1.5グラストップ」にかなり惹かれた。でも買っても作る精神的余裕がないのでとりあえずチェックして外に出た。はぁはぁ。

そこで沖縄フードのお店を見つけた。



サータアンダギー各種、紅いものふかしイモ、ポークおにぎりなどがある。サータアンダギーはミニが20円、普通が60円だった。そこに小学生の女の子二人組が買いに来た。二人とも40円を出して、ミニを二個竹串に刺してもらっていた。なんだかほのぼのである。わたしはポークおにぎり180円と、紅イモサータアンダギー80円を2個購入した。

その後、タイムサービスのドラッグストアで入浴剤と、ペットボトルのお茶を購入し、今度は駅前の沖縄料理店や飲み屋が建ち並ぶ地域へと向かった。

続きはまた明日なのだ。


nao-zo |MAIL

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