日々是迷々之記
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2002年05月22日(水) ヨロコビの解雇通告

その日はヒマだったが案の定夕方になるとばたばたと忙しくなってきた。ふと電話がかかってくる。何故か営業に出ている所長から私へ電話だ。

「あんなぁ、なおぞうさん。ちょっとビルの下のパンジーまで来てくれへんか?」パンジーはうちの会社御用達のつけのきく喫茶店である。あることを予感しながらわたしはパンジーへ向かった。あることとは「今回の契約で終わりにしてね。」ということだ。うちの会社みたいになんもかんも筒抜け構造だと込み入ったことを話すにはサテンに行くくらいしかないんだなぁと思っていたらパンジーに着いてしまった。

「ああ、おつかれさん。」「いえ、おつかれさまです。」挨拶をして店内へ。昔ながらのコーヒー喫茶だ。重厚なコーヒーテーブルがいい感じである。「なおぞうさん、何飲む。おねぇちゃん、わし、コーラな。」そうかおっちゃんもスーツ着てコーラなんか飲むのだなと思いつつアイスコーヒーを注文した。

「んでな、なおぞうさん。社長、声でかいから知ってると思うけど、うちの会社な。ごっつ厳しいねん。でな、パソコンの何やようわからんけど自動でやるようにするねんて。便利になるんやから人切れ、そない言うてくるんや。なおぞうさんはみんなともうまくやってくれてるし、海外に連絡あるときなんか任せっきりや。ほやからおって欲しいねん。せやけどな、わかってくれへんか?」

コテコテ度が高く難解だが、要はこういうことである。「景気が悪い」→「あえてプログラムで自動処理をするシステムを導入する」→「お金かかるし人員削減だぁ」ふむふむ、やはり私の思ったとおりだ。

「はぁ、わかりました。で、引継は誰にやりますか?」と、私は答えた。すると、「あんた。ええんかいな?次探すの大変やろ?もしアレやったら忙しいときにでもバイトで来てもらおうかと思っとったんやけど。」それ、私のためでなく会社のために言ってるやろと思いつつ丁重にお断りした。

「契約終了まで1ヶ月以上あります。これだけあったらまず確実に次の仕事は見つかりますのでご心配なく。」事実である。登録している派遣会社のメールサービスに入っているので、一日2件ほどの情報が入るのだ。その中から、能力アップにつながる、家から30分以内、英作文と英会話両方生かせる、ちゃんと保険に入れる、などと条件をつけて選別してゆくのである。

「あんた、ええ根性してるなぁ。そんなうまくいくもんかいな。」どうも私が虚勢を張っているように感じるらしい。「○○さんかて、うち来る前4ヶ月職探ししてたって言うしやな。」

○○さんとは新入社員の24歳の子である。例の「☆なまえ☆」という名前のフォルダがデスクトップにある子だ。客観的に仕事能力だけで考えるとそれもうなずける。入力の仕事をしていて、拡張子を知らない、エクセルで次のセルに行くときキーボードを使わずにいちいち目的のセルをマウスでクリックしてるようではなかなか仕事も見つからないだろう。入社して、パソコンの使い方を教えてくれる会社ってあるんだろうか?

話はそれたが、その辺はその人次第なので、「まぁ、運もありますからね。職探しは。」とやんわりと答えておいた。これでとにかく7月9日には自由が訪れるのだ。ビバ!解雇!

が、しかし、その後の「新システム導入」にまつわるドタバタにつきあわされるとは思ってもみなかった。ブレーンのいないワンマン社長のITかぶれの素人思考で、システム屋さんに食い物にされる。絵に描いたような世界をかいま見ることになるのだ。

これから一ヶ月強。日記で逐一お知らせしていこうと思う。


2002年05月18日(土) 髪の毛哀話・少女編

アジの南蛮漬けとチクワというどうみてもつまみにしかならない夕食を食べながら、NHK教育の「おしゃれ工房」を見た。今日のお題は「家で子供のヘアカット」である。

美容院代が勿体ないから…という理由で家で子供の髪の毛を切るお母さんが増えてきているらしい。わたしの中では美容院に行きはじめたのは中学生になるくらいのころからだったので、「4歳児の娘の髪を美容院でカットする。」というのはなんだかイメージが湧かない。が、世間ではそうであるようだ。

番組では、毛先を揃えるだけの基本的なカットから、シャギーを入れる方法まで説明していた。使う道具も、散髪バサミに梳きバサミ、くし、髪を留めておくバレッタのようなもの、スプレーなどを用意していた。もちろん、タオルを首に巻き、ケープを巻いててるてる坊主スタイルでカットしている。

本当にどこのご家庭でもそうやっているのかは知らないが、私はビックリした。家庭での散髪はもっとシンプル、というかズサンなものだと認識していたからだ。

約20年ほど前まで、私は母に髪の毛を切ってもらっていた。というか、切られていた。昔なので、女子の髪型にバラエティーはなく、おかっぱ、ストレートのロング、ちょっとこじゃれてもお姫様カットくらいのものしかなかった。そこで私は生まれてから10年ほど常におかっぱアタマだった。イメージとしては楠田枝里子のような超正当派のおかっぱである。

が、しかし、わたしは楠田女史のようにほっそりしたシャープなタイプではなくかたぶとりの健康超優良児、髪質も剛・黒・多毛のくせ毛である。それでおかっぱにするとどうなるか?答えは性別不明である。ホラ、たまにいるでしょう?小学生男子でちょっと小太り、なんか髪の毛が長くて、ハンバーグ大好き、走るの大嫌いみたいなヤツが。わかりやすくビジュアル化すると、平民に変装したパタリロが近い。ほっぺたを覆うようなふわりとしたおかっぱである。

そんなヤツ現実にいねーよ!と思うかもしれないが、いるのである。私がそうだった。私は当時からまわりが見えていなかったので、おでこの生え際とまゆ毛の真ん中で前髪がブツリと切られていようとも、膨らんだサイドの髪の毛がほっぺたに覆い被さっていようとも、えりあしを父親のひげそり用T字かみそりでゾリゾリされようとも、いっこうに気にせずそのへんを走り回っていた。

しかし、転機が訪れた。小学5年の夏休みだったと思う。母親の田舎である鹿児島に行ったとき、親戚が集結しわいわいがやがややっていた。そこに、母親の妹で美容院をやっている人がいた。その人がわたしの髪型がおかしいと言い出したのだ。そして、「私がやってみせるわ。」という感じで私の髪の毛を切り出した。数分後、私は世界で一番滑稽な生き物に降格させられた。

マッシュルームカットである。しかも、「マッシュルームカットになり損ねた」マッシュルームカットである。ベースは、おかっぱである。そこで無理矢理前髪を曲線にカットし、サイドとつなげてエッジは内巻きである。マッシュルームカットといえば、来日当時のビートルズだが、彼らがそれなりに見れるのは襟足が長いからである。私の場合はおかっぱで強引に丸みを出しました!というのがありありで、どう見ても「えのきだけ」である。

わたしは2学期が来るのがイヤだった。学校に行ったら「死ね!毒キノコ!」とか言ってアホな男子に蹴り入れられるだろう。そんなアホに負けはしないが、「所詮キノコのあがき」でしかないのは事実だ。

結局それからかなり長い間髪の毛を切らなかったように思う。そして一年後、私は大阪に転校し、初めて友達と一緒に美容院へ行くという経験をした。大阪は以前住んでいた町と比べるとものすごい都会で、みんなモダンだった。おかっぱ振り乱して暴れ回るという感じではなく、小学生でも編み込みにしていたり、ボーイッシュなショートカットの子がいたりして、みんな美容院でカットしていたのだ。

そこに髪の毛ぼさぼさの山ゴリラのような転入生が来たのである。わたしは今までの自分を急激に恥じ、かぱっとショートカットにしたのである。そして、朝髪の毛を洗うという暴挙にまで発展した。そしてそれは中学生になってからも続いた。しかし、まだ若い私は美容院に行くときに「少女マンガ」を持って行き、「こういう感じにしてください。」と注文していたのだ。

それは時に、「紡木たく」のマンガであったり、「渡辺多恵子」のマンガであったりいろいろだったのだが、要は「耳を出したショートカット」である。本人はマンガのキャラになりきっている。そして朝シャン。が、ズボラなのは生まれつきで、洗っても乾かす時間がなかったのだ。そこでブラシでとかして学校までは爆走してゆく。そして、口の悪い友人がある日こう言った。

「なんか、斉藤清六に似てんなぁ。自分。」がががが〜ん…。当時私はかなりデブ化が進んでいた。そしてショートカット。ほっぺたが膨らんでいる。どう見ても斉藤清六である。しかし、自分では少女マンガのキャラのつもりなのだ。私はテレビの中の斉藤清六を見て見ぬ振りでごまかした。ここで現実を直視すれば、もっと違う人生があったのだろうが、なおぞう14歳はまだまだ未熟者だったのである。

ここまで書いたところで急激に若さゆえの恥ずかしい暴走、恥走とでもいうのだろうか?に過去を消してしまいたい気持ちになってきた。パタリロ→毒キノコ→斉藤清六という髪型遍歴はこれからどうなっていくのだろうか。

思い出すと熱が出そうである。(以下明日につづく。ううう、ダサくて苦しい…。)


2002年05月16日(木) コーヒーと生活

私の仕事というのは昼下がり2時過ぎくらいに手が空くことが多い。その時に洗い物や、書類をちょっと整理したりすることがある。今日はお客さんが多く、コーヒーカップを片づけないと次にお客さんが来たら困るなという感じに使い果たしていた。

ちょうど、お客さんが帰られたところやし…と思い、応接セットのカップを片づけようとしてびっくりした。20代後半と思われるこの業界としては比較的若めのの男性二人組が来ていたのだが、二人ともコーヒーを9割ほど残している。

いや、わたしがビックリしたのはコーヒーを残していることにではない。そのコーヒーの色、正確に記すなら透明度が私の知っているコーヒーのものではないからびっくりしたのだ。砂糖もミルクも入れていないコーヒーカップに9割ほど残ったコーヒーは何色だろうか?それは、濃いコーヒー色(当たり前すぎ?)で、決して底が透けて見えることはないはずだ。が、昨日登場した彼女の入れたインスタントコーヒーは、まるでウーロン茶のように明るい琥珀色だったのだ。つまり、底が透けて見えているのだ。

もしや、コーヒーカップにウーロン茶でも入れたのかな?と思ってちょっとニオイを確かめてみたが、確かにコーヒーだった。いやはや。

確かにコーヒーの濃さにも好みというものがあるかもしれないが、お茶ならでがらしより入れ立て、コーヒーは薄すぎるよりは濃くてコーヒーらしいほうが好ましいと思うのは私だけであろうか?私は彼女に教えてあげたほうがいいのか迷いつつ、自分の仕事に戻った。

夕方になり、自分の仕事が忙しくなり、コーヒーのことなどすっかり忘れた頃、またも彼女がお客さんにコーヒーを出した。今度は某商社を退職し、異業種に転職してきたおじいさんがお客さんだった。カップを片づけるときにまた、ビックリした。今度は全て飲み干されているのだ。しかも、小袋の砂糖2袋が空になって添えられていた。

このことから察するに、以下のような結論に辿り着いた。まず、若者は濃いコーヒーが普通であると思っている。おじいさんは薄いコーヒーを甘くして飲むのが好きである。何をいまさらと思うかもしれないが、これは私の長年の会社生活で発見した法則なのである。だからスターバックスにじいさんは少ない。

この考察をダンナさんに話したら、ダンナさんの会社でもコーヒーにまつわる笑い話があったそうだ。ある日、たまにしか来ないおっさんがおみやげとして近所の業務用の食品店でコーヒーを買ってきた。それはでっかい缶に入っており、上にはプラスチックの赤いふたがしてある。いわゆるレギュラーコーヒーなのはコーヒーを自分で入れる人間ならまぁ分かるだろう。

しかし、ダンナさんの会社にはコーヒーメーカーがなく、なんでこんなものをおっさんは買ってくるのだろうとわたしのダンナさんは思ったらしい。が、そこでだんなさんの直属のヨイショ上司が「ありがとうございます!」という感じでそのコーヒーを缶切りでがしがし開け、スプーンでそのコーヒーをカップに入れ、ポットのお湯を注いで飲んだそうな。それで、「なんじゃこりゃ!」という展開になったらしい。

わたしはこれを聞いて、レギュラーコーヒーかインスタントコーヒーかわからない人間がいることに驚いた。コーヒーを飲まない人ならそうかもしれないが、飲む人間でそれである。これはきっと、家ではヨメさんが、会社では女子社員が入れてくれるので、そういうことになったのだと思う。

その後、だんなさんの会社のコーヒーがどうなったかというと、ダンナさんが夜勤の時に自前で購入したペーパードリッパーでコーヒーを入れ、自分だけ飲んでいるらしい。

いやはや。どんなに会社でエラソーにしていても、自分の口に入る物のことをろくすっぽ知りもしないというのはどんなもんかと思う。「わし、スターバックス、苦手やねん。アメリカンも冷コーもないやろ?あの砂糖入れも匙ないからどんだけ入れていいかわからへんし。」とつぶやく50ウン歳。しっかりせえよ!と言いたい。(実際にそういう人がいます。)

男の人は、カップに残したコーヒーに生活が見えてしまう。さしずめ、女はどこに生活が見えてしまうのだろう?これ、という決め手がわたしにはまだわからない。食事の作法、好きなテレビ番組、いろいろと思いつくが決め手には欠ける。

う〜ん、どこなんだろう?


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