日々是迷々之記
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2002年05月06日(月) パソコンの謎、一気氷塊。しかし…

休み明けにふぁふぁふぁ〜、眠い〜という感じで出勤し、パソコンの電源を入れた。何の気ナシにメールをチェックしてみると、ちゃんとメールチェックできる。おお!ネットワークにちゃんとつながってるではないか!IT関連担当のおっちゃんもやればできるのだなぁと感動した。

そして、おっちゃんにありがとうと言うと、「俺何にもやってないで。」とのこと。ハテハテと思い、よく考えてみた。その日はたまたま支店長のパソコンに電源を入れていなかったのだ。

よく考えた。そして導き出した結論はこうである。会社の回線はISDNでルーターを使いIPアドレスを自動取得するようにしているようだ。使用しているルーターはご家庭用である。一般的にご家庭用ルーターは一度に接続できるのは8台までである。現在、会社にパソコンは9台。私は派遣社員なので出勤は一番遅く、8時59分である。その時点でみんなはパソコンに電源を入れたあとである。

ということは、最後に電源をいれたパソコンがネットワークからはじき出されるのは当たり前といえば当たり前である。私なりの結論をそのIT関連担当のおっちゃんに告げ、支店長にパソコンの電源を入れないように頼んでもらった。だいたい「マウスの使い方」から練習しないといけない人間が今更パソコンもないと思う。どうせ、きったない手書きで書いて、わたしに打たせる状況は変わらないのだから。

そして、環境はいつもの環境に戻った。

が、しかしである。新たなる問題が起きそうなのだ。経理を担当している女性に聞いたのだが、近々、もう一台パソコンが導入されるようだ。月水金だけ本社から来る営業本部長のオッチャン用だそうな。

このオッチャンは横山やすしに激似しており、髪の毛が茶髪である。そして縦縞のスーツで登場し、最初は地上げ屋かと思ったほどの濃いキャラクターの持ち主である。そのオッチャンにパソコン。なかなか思いつかない組み合わせである。まるで「わたしとネイルサロン」「叶姉妹にトラクター」くらい連想しづらいのである。

しかも、今日、そのおっちゃんを観察していると「ワープロまだかいな!ワシのワープロ!」と言っている。パソコンではなくワープロだと思っているようだ。しかも「インターネットのワシのアドレスは…」などという発言もあったのでネットに接続してメールを書いたりするようである。

恐怖の9台目。先が思いやられる。

この会社の常識として、地位の高い者に物が配給されるという仕組みがある。顧問や支店長、営業のオッチャン達はそれぞれの机に電話があるが、5人の女子社員は3台の電話を使っている。外線は5本入っているようだ。が、顧問や支店長はまず自分から電話を取らない。ということは電話が鳴って4本目以降はどっかの机に女子がとりに行くことになるのだ。これがかなりうざい。

最初は一切電話を取っていなかったが、取るようにと注意されたので私の机に電話を置いて欲しいと伝えると、「前はあったけど壊れたから。」で終わりである。

ということで、わたしは楽しそうに阪神タイガースについて熱弁をふるっているオッチャン(嘱託でおそらく70歳前)のデスクの電話を取り、でっかい声で英語でしゃべるようにしている。(英語でしゃべり出すと何故か黙るのだ。)

今日はもう一つ衝撃のできごとがあったのだが、それはまた明日なのだ。
(しかしネタに事欠かない会社やなぁ。)


2002年05月05日(日) アウトドアブーム、逝ってよし!

5月4日の日記の続きである。

夕方4時頃、ねぎとろを購入しサイトに戻ってきた私はビックリし、そして激しく落胆した。テントの数が昨晩の倍以上になっている。どうみても難民キャンプ場である。ぽつんと離れたところに張ったつもりの私のテントも埋もれていた。しかも、家族連れの巨大テントに囲まれている。しかし、私のテントより海側は起伏があり、テントを張るには適さないはずだ。あんな斜めのところに張ってどうやって寝ているのか謎だ。

むむむ!と眉間にしわを寄せつつも、鍋に米を1合入れ、炊事場に研ぎにゆき、水加減をした。モンベルのアウトドア用座椅子セットを持って、少し離れた芝生に行く。ほんの少しだが人間が目に入らない場所を見つけ、座椅子をセット。傍らにはニッカのポケットボトル、フライ豆、そして先ほど購入したNAVI誌。「愛と欲望のスモールカー」特集。沈み行く夕陽の中で、ポケットボトルをあおりつつ豆をつまみ、車雑誌を読む。私なりの至福の時間だ。

ぼちぼち自然光で文字を追うのがつらくなったころ、私はサイトに戻ってご飯を炊き始めた。ぶくぶく、フゴフゴといい匂いがしてくる。炊けた頃を見計らって火から下ろし、鍋を逆さまにして蒸らしておく。一方でフライパンに鶏チーズフライを入れ、軽く暖める。フライをつまみつつ、S&B粉末わさびを水に溶く。そして、刻みねぎとわさび、ショウユを、まぐろの中落ちに投入。ちょうどご飯もむれたころだろう。カパっとフタを開けるとふわ〜んと炊き立てご飯がニコニコと立っている。久しぶりの鍋炊きご飯は大成功だった。大きなスプーンで大きくかき混ぜ、どさっとネギトロを乗せる。すかさずがふっとかき込む。う!うまい。が、わさびがくる!うまい!ツン!ううう!などとうめきながらあっという間に一合のご飯とネギトロを食べてしまった。

あー、うまかった、うまかったと、横になって、今度はランタンを灯して雑誌の続きを読む。ぼんやりしているとやにわに外が騒がしくなってきた。外を見ると、新たな一家の見参だ。観察する。

父親と母親、小学校低学年とおぼしき男女の子供。お父さんは若き日の郷ひろみ風で、マドラスチェックの半袖シャツに、麻のベストとスラックスのスーツ、ウエストポーチを着用している。お母さんは、100円ショップでよく見るタイプのお母さんで、ロングヘアーを1つにくくり、丸めがね、らくらくジーンズに、お尻が隠れる丈のでっかい犬のイラストが描かれたTシャツを着ている。

傍らの荷物が巨大なのが目を引いた。ご家庭の1間幅の押入の上段一杯分くらいあるのだ。長期滞在だろうか?

彼らがテントを立てる様を観察する。なんせヒマなのだ。彼らのテントはモンベルのムーンライト9。その名のとおり、9人用である。かなり手際が悪い上に、風が吹いている。どうにかこうにか、テントの本体にポール(いわばテントの骨になる棒のようなもの。しなって曲がる。)を通し終えたころ、お父さんが携帯電話を取り出した。

「あのさ〜、ペグって付いてる?ない?つーか要るの?要らないよね。雨降らなきゃ。うん、今から立てるわけ。じゃぁ。」とデカイ声で話している。

オイオイ…。ペグというのは大きな釘のようなもので、テントのカドの金具に引っかけてから地面に突き刺し、テントが動かないように固定するものである。風があるときなどは、まず最初に2ヶ所ほど、テント本体を適当に地面に固定してから張ると張りやすい。そういうものである。それがないというのは何だかスゴイなぁと思いつつ観察を続けた。

案の定、フライシートという、テントをおおう大きな屋根の役割をする布を彼らはかぶせることができず、風でぐらぐら落ち着かないテントのなかに荷物を押し込んでテントを動かないようにしていた。

ペグで固定した上ででもその状況で大型テントにフライをかけるのはちょっとムズカシイのに、素人二人が借り物の巨大テントでペグなしテントにフライをかけるのはまずムリだろうと判断した私は、そのままにしておいた。ちょっと手伝えばできるのなら、フライを固定して置くくらいならするのだが。今晩は絶対雨だし…。

彼らはテントの横に折り畳みテーブルと椅子を出し、卓上バーベキューで肉を焼き出した。風はごんごんと強まり、子供が椅子から離れると子供用椅子が風にあおられてぶっ倒れる始末だ。残り少なくなったペットボトルのジュースが風で倒れ、お母さんが「もう!」とぶつぶついいながら片づけている。こんな状況での外ゴハンのどこが楽しいのか私にはまったく理解できないが、どこの家族も朗らかに大風の中、外でバーベキューを食べている。みんなマゾなんだろうか?

少し疲れた気持ちになりつつ、私はテントのジッパーを閉じ、今度はランタンの明かりを小さくし、MDプレイヤのイヤホンをして陽水のうたに耳を傾ける。

ぽとん、ぽとん。雨が降り出した。雨音を聞きながら、陽水の「傘がない」を聴く。はまりつつ、ああ、眠くなってきたなぁと思い、ランタンの明かりを消そうと上半身を起こした。そのときである。ぼかんとテントに何かが当たった。

「とぉぉぉりゃ〜。」ココロの中で怒りのオクラホマスタンピードが猛る!とにかく一気にマジ切れしてしまい、テントの中から飛び出した。外には小学生くらいのバカガキが6人くらいでボール遊びをしている。私は平静を装いつつ、「もう休んでいる人もいるから、静かにして頂けませんか?日が沈んでから、この場所でボール遊びは非常識ですよ。」と声色を押さえつつガキどもに注意した。

案の定、ガキどもはフリーズしている。やっと気づいたのか、ほろよい母親が、「すいません〜。ほら、あんたら、テントに入っておきなさい。どうもありがとうございました。」と言った。まぁ許すことにした。ここで、「あんたら、おばさんが怒ってるから謝りなさい。」とでも言おうがものなら、叱責罵倒ねとねと攻撃を泣くまでやるところだった。

私の潮岬はここでいったんお別れだ。次は11月の連休にしよう。にわかアウトドアの人たちは暖かくないと出てこない習性がある。私は今度こそランタンを消し、眠った。

翌朝は5時に起き、そそくさとその場を離れた。そして、人がいない方、いない方に逃げ、最短ルートの約1.5倍の距離を走り、家に帰った。

ちなみに、昨晩の「フライを張れなかったにせ郷ひろみ一家」は夜中にテントを放置し、車に逃げ、私がその場を去る時間に時を同じくして、テントを撤収して帰っていった。一体何なんだろう?

「アウトドアブーム、逝ってよし!」私がこのゴールデンウィーク後半で得た結論である。


2002年05月04日(土) 今日もまったりカブで行く

目が覚めるとまだ5時だったのでまた寝た。しかし、朝日に暖められたテントはビニールハウスのようなもので、あぶり出されるように目覚め、テントの外へ出た。

最初は天気が良かったのに、さっと雲が出てきたと思ったら、ざばっと雨が降り、5分後にはまた日が射す。まさしく、「晴れのちくもり。時々雨」という感じである。今日は海沿いを走ろうかと思っていたが、そんな気にもなれず、カレーパンのフライパン焼きとハッサク、コーヒーで朝食を取り、テントの中でだらだらしていた。

すると、「どか!」っとテントに何かが当たる物音がした。なんやねんと、勇んで外を見るとどこかの「お子さま」がキャッチボールをしていて誤ってぶつけたようだ。「むっ!」としつつも放置。しかし、後々考えると、ここでばち〜んと行っておいたほうが良かったのかもしれない。

外はまだすっきりしない。まだ10時である。最南端が売りの土産物屋を見にゆくことにする。中には、ものすごくベタな土産物がたくさんあり、かなりココロ惹かれた。「長生き手拭い」「健康音頭手拭い」「観光名所を描いたバンダナ」などなど、どしぇー!と叫びながら飛び上がりたいアイテムが目白押し。その中で、自分のために「岬の小石の上にカエルの置物を貼りつけ筆で潮岬と書いた」置物を購入。350円なら納得の値段だ。

そこで、ふと、はがきセットに目が止まった。そうだはがきを書こう。2日前の5月2日は私が小学校一年のころからの親友の誕生日だったのだ。彼女はいつか一緒にキャンプに行こうと言いつつ、結婚してぼちぼち2児の母である。その彼女に潮岬からはがきを書こうと思い立った。もう一枚は妹へ書こうと思った。彼女は遠くに住んでいるのだが、何かカワイイ絵はがきがあると、日常を綴って私に送ってくれる。メルアドも持っていて、メールのやりとりもあるのだが、それではがきが来るとちょっと違った感じでうれしい。

テントへ戻り、もう一度コーヒーを入れ、ころがってはがきを書く。小雨のしとしと音を聞きながらはがきを書くようなツーリングもいいんでないかい?と思ってしまった。

ちんたらしていると、日が射してきた。ようやくお昼を過ぎた頃だ。切手を買って、はがきを出そうと思い、カブでキャンプ地を後にした。荷物を持たずに、前かごに携帯できる畳めるトートバックにいれたお茶だけ入っている。なんだか全然ツーリングぽくないので嬉しくなってきた。(何でかは謎。)

まず、昨日も行った大型スーパーの向かいのでっかい本屋さんへ寄る。すると、車雑誌の棚に、NAVI誌のスモールカー特集があったのですかさず買う。買うときにレジで、切手を売っていないか聞いたら、ないとのこと。そこで、売ってそうなところを聞いたら、「役所のとなりの郵便局の販売機にありますよ。」と言った。ふむふむと、その店を後にする。

隣のヤマザキデイリーストアで、やきそばパンを購入して役所を探しにゆく。が、小さい町で国道から一本入ったところにあった。切手を購入し、ポストにはがきを投函し、あたりを見回すと、何度も来ているのに知らない風景があった。お好み焼き屋さん、寿司屋さん、などどこも暇そうだ。国道沿いのどこにでもあるファミレスは長蛇の列だったのに。

裏道をうろうろと見て回ると、防波堤に出た。そこには地元の人たちが軽のワンボックスやトラックを止めて釣りをしていた。わたしもその一角にカブを停め、防波堤に腰掛けてやきそばパンを食べた。

しかし平和な風景である。表通りは渋滞し、キャンプ場も一晩明けると、テントが2倍に増えていた。キャンプ場のトイレも紙がなくなっており、待ちきれないおばはんが、男子トイレに入ってしまうという地獄のような状況だった。

空がだんだん明るくなって来たので、ちょっと走ることにした。ちょっと観光化されすぎた潮岬に変わるキャンプ地を探そうと思い立ったのだ。地図を見て、県道の川沿いにあたりを付け、走ってみる。途中、雨は降ったり止んだり。どぼどぼ降って来たときは、鉄工所の屋根の下で雨宿りをした。となりの田んぼに目をやると、レンゲの花が咲き、ハチがぶんぶんと飛んでいた。素直にああ、きれいだなぁと思っていると、ボビャボビャボビャ〜とマフラーを変えた他府県ナンバーのステップワゴンが爆走していった。ああいう人達はぜったいレンゲの花に気が付くことはないだろうなぁと思った。何故かは分からないけれど。

そこから少し川を遡上して行くと、3台ほど車が止まっている。見てみると、地元の軽トラとワンボックスだ。釣りをしたり、テーブルを出して、コーヒーを飲んだりしているようだ。よく見ると山小屋風のトイレもあるので、地元の人たちがちょっと川遊びにくるところなのだろう。

私はカブを停めて、地図で位置を確認し、お茶を飲んだ。川の流れる音、雲の流れる音、それしかない世界。次はここでテントを張ろうと決めた。

さて、ぼちぼち帰ろうかなぁと思ったが、まだ3時である。ついでだから紀伊大島に立ち寄ることにした。ここは、島だが橋で結ばれている。以前、ダンナさんのバイクに二人乗りで渡ったことがあるのだが、ただ、渡っただけであまり印象がない。今度はカブでトテトテと見ようと思ったのだ。

風にあおられながら橋を渡り、まず、港に行ってみることにした。その島は葉っぱのような形で、葉脈のように道が作られている。中央の葉脈が県道で、そこから出ているのが、地元の道である。その地元の道に入ると、道幅が狭くてびっくりした。ランクルやハマーで走ったら両側の家をなぎ倒しそうな感じだ。てこてこと港へ降りると、またも地元の軽トラックとワンボックスがたくさん止まっており、おっちゃん、おばちゃん、中学生に、カップルまで、皆、釣りをしたり、野良猫にエサをあげたりしている。野良猫がなんかもらおうとして、釣り人の背中を見つめているのがおかしかった。

港からはギアを1速に入れ、急な坂道をゆっくりと県道に戻った。次は島の先端の灯台を見にゆくのだ。駐輪場にバイクを止め、てくてくと歩いて行く。ほんの500メートルほどなのだが、坂が多く、膝が笑ってしまった。運動不足か?

途中の土産物屋を覗く。何故か、トルコの民芸品ばかりを置いている。説明を読むと、なんでも昔、トルコの船が遭難しているのを助けて、それから交流が続いているとのこと。「南紀のおみやげにトルコの民芸品」なかなかいいかもしれない。今回はカエルの置物を買ったので、次にしよう。

灯台に付くと、とてもちいさな灯台で思わず笑ってしまった。3階だてくらいのアパートくらいだ。とてもカワイイので、灯台のまわりの芝生に仰向けに転がり、灯台全部が入るように写真を撮った。灯台に上ると、まさしくここは本州最南端で、海がまぁるく見える。写真を撮ろうとしたが、変なババァの一家が並んで写真を撮りたいらしく、「あのおねぇちゃんがどいたら、撮ろうね〜。」などとババ声で孫とおぼしき子供に言っている。

いくら景色が良くてもババァに急かされて写真を撮るのは本意でないのでさっさとどいた。今度は観光客がほとんど来ない真冬に来て写真を撮ろうとココロに決めた。

ぼちぼち夕方になってきたので、スーパーで夕食を見つくろう。ここ、南紀はマグロが取れるので、生のマグロが手に入る。中落ちを集めた物に、刻んだネギが付いている、「ねぎとろセット」が250円だったのですかさず買う。今日はゴハンを炊こうと決めた。つまみに、串カツと、鶏チーズフライ、トマトを買った。

そして、キャンプ地へ戻るとそこは阿鼻叫喚、まさに人間地獄と化していた。この続きは明日なのだ。(書くのもおぞましいという気持ちだが。)


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