日々是迷々之記
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病院が終わる時間を見計らって、駅でダンナさんと待ち合わせをした。今日の目的はクルマの試乗。最近モデルチェンジしたクルマでちょっと気になるのがあったのだ。しかも、わたしの友人がそのクルマを扱っているディーラーに勤めている。「好きなだけ乗っていいよ〜。」という嬉しい返事をもらったので鼻息荒くお邪魔させてもらう。
着くと、友人が「どもども〜」といって現れた。早速クルマに案内してもらい、いろいろと説明してくれる。ダンナさんのディープな質問にもてきぱき答えてくれるので、「むむ!ヤルナ!」という感じである。しかし、そのクルマはすごかった。とりあえず、文句の付けようがないのだ。セカンドシートはバックドアのところから、ワンタッチで倒せるし、セカンドシートを倒すと、178センチのダンナさんが余裕で横になることができる。うむむ。乗用車でこれが出来るとは…。とダンナさんも感心していた。クロカン4駆だとできるクルマもあるけど、ステーションワゴンなのだこれは。
早速試乗させてもらってまたもビックリした。オートマなのだが、変速ショックが全くないのだ。遮音性も高く、ウィンドウを締め切っていると、オナラもバレるという感じだ。(しないけど)しかし、昔の高級車にありがちな、「すべてを包み隠してソフトに仕上げた」クルマではなく、快適性は高いが、剛性感を感じることができ、踏み込んだときの力強さはかなりある。しかし、もっと行け、もっと行け、みたいな気持ちにはならず、渋滞していても、穏やかな気持ちでいることができた。うむうむ。完璧ではないか。
こないだ乗った車と同じ馬力で、これだけ味付けが違うんだと感心した。走らせる楽しさでは前のクルマが勝ちだが、今日乗った車の方が末永くおつきあい出来ると感じる。
その分、値段も立派なので、簡単に購入することはできないが、春にクルマを買うときまで、かなり楽しめそうである。どれにしようかな〜って悩むのもお買い物の楽しみの1つだからだ。
自転車に乗っていると、ムカムカしたり、ニコニコしたりいろんな事が降りかかってくる。今日はまさにそれを体感した一日だった。
今日は図書館に本を返しに行くつもりだったので、お弁当とお茶を持って病院に行った。途中、自転車専用路(地面が赤く塗装してある)を走行していたら前からふらふらと自転車が走ってきた。やばい。瞬間にそう感じた。その自転車のおっさんは、右手でハンドルを握り、左手はズボンの中でもがもが動いている。視線は定まらず、何かしゃべりながらこっちへ向かってくる。私は咄嗟に車道に降りてすれ違おうとしたが、視線を感じた。そのおっさんはこっちを凝視している。人は見ている方に寄って行ってしまうものだ。案の定、おっさんも車道に降りてきて、正面衝突した。スピードが出ていなかったので私はこけなかったが、おっさんは派手にひっくり返った。
「なんでぶつかるんだ。このやろう。お前がどけ。」みたいなことを言っているのだと思う。しかし、ろれつが回っていない。口から泡を吹きだしたのでこれはやばいと思い、その場を立ち去ることにした。体制を立て直し足早にこぎ去った。後を付けてきたらやだなぁと思い、ふと振り返ると、まだ道路にへたりこんでいる。やれやれ。
しかし、ほっとしたのもつかの間。どうもハンドリングが悪い。自転車から降りてタイヤをチェックすると前輪がパンクしていた。ぶつかった衝撃でパンクしたのだろう。いきなりムカムカが再燃してきた。先週もパンクしたのに…。しかも病院まであと1キロくらいはありそうだ。新タイヤを持っているがここで交換していると、病院に行くのが遅くなってしまう。今日はリハビリだけでなく診察もあるのだ。わたしは自転車を押して、早足で歩いた。
どうにか病院には間にあって、リハビリと診察を終えると、タイヤ交換にとりかかった。外で修理するのは2度目なので10分くらいで出来たが、お昼時だったので知っている人に何度か話しかけられてしまい、何だか恥ずかしかった。「すごいですね〜。」と言われることが多いが、何がどうすごいのかは謎だ。悪意で言っているのではないことは当然分かっているが、どういう意味なんだろう。でも、まぁ、いいやとがしがしとポンプで空気を入れ終わった頃には背中に汗をかいていた。
そこからは図書館まで慎重に走る。もうスペアタイヤがないのだ。一日に2回パンクすることはまぁないやろってことで、スペアタイヤは一本しか持ち歩いていないのだ。何だかお腹が空いてきたので、図書館の裏の神社に立ち寄った。大きな石に腰掛けてマイタケゴハンのオニギリと、魔法瓶のウーロン茶で昼食にする。そこは日向なので、鳩が体を丸く膨らませて、うとうとと座り込んでいた。空気は冷たいけれど、空は晴れていて気持ちがいい。二杯目のお茶をゆっくり堪能した。
さてと、ぼちぼち本を返さないと暗くなるなぁと思い、図書館へ向かった。すると、なんと今日は休館日だった。何で金曜日が休みなのだ、地域の図書館は月曜日なのに…。とぼやきながら返却ポストに本を返した。
家に帰ると何だか疲れており、コタツに入ってお茶を飲みながらテレビを見ていたら寝てしまった。電話が鳴ったのでふと目を覚ますと、ダンナさんが今から帰るよ〜とのことだった。
おお〜、もうこんな時間だったんだと、主婦モードに戻り、晩ご飯の準備に取りかかった。今日の話のネタは泡吹きズボン内いじくりおやじだな、ふふふと静かに笑いつつ…。
深夜にくるくるとテレビのチャンネルを変えていたら、NHKのプロジェクトXが始まったところだった。70年代の本田技研の歩みを特集しており、私は見入ってしまった。
一人の天才・本田宗一郎氏と彼にあこがれる400人の若き技術者達が織りなす物語。これを見て私はカナダに住んでいたときに見たホンダの車のCMを思い出した。「Built with technology, driven by passion」でそのCMはフェードしてゆく。「テクノロジーで作り上げました。情熱を持って体感して下さい。」といった意味だと取った。当時、ホンダの車に乗っていたワタシはとってもミーハー的に感動してしまい、「もうホンダしかないな。」と固く誓ってしまった。
あれから約9年の月日が経ち、今欲しい車はホンダではない。「新車」を考えたとき、とても「Driven by passion」と思える車がないのだ。昔はヨカッタという話に意味はないと思うが、走ることの楽しさを体感できるようなエントリーレベルの車が絶滅して久しい。時代の流れもあるのだろうが、どんなクラスにせよ、どこのメーカーも「走りの楽しさ」を体感できる車はホンの一握りではないか。
右足の踏み込みで回転をコントロールし、意のままに走る、曲がる、止まる快感を得られるのは、3列シートのミニバンではない。自分の収入の中でやりくり出来る価格で、小さなボディに全てが手中であると感じられる自信。そしてコントロールしてやるという期待感。コントロールできたときの達成感。それがエントリーカーの使命だと思う。そこから自分の嗜好を見いだし、乗り換えていったりするのではないか。フルフラットシートや、回転対座はカタログ上を賑わせるスペックでしかない。
それは二輪の世界でも同じことで、ホンダのバイクは年々つまらなくなってきていると感じているのは古くからのバイク乗りならかなりいるだろう。私も3年ほどしか乗っていないがそれでも感じてしまう。来年のニューモデルにはたまげてしまった。なんと20年ほど前のバイクをリメイクして新車として販売するらしい。しかも当時は250ccだったものを230ccにしてだ。このエンジンは、今2車種に搭載されているものだと考えられる。ということは、外装部品は全て当時の物を流用すれば、何も新しいことをせずに新車が発表できるわけだ。
しかも売れると思う。バイク界はレトロブームだ。10代の人たちにとってバイクはファッションであり、就職したらバイクは卒業。そんなスタンスの乗り物に成り下がっている。そこにレトロなバイクを40万円を下回る価格で出したらそれは売れると思う。
でも、そこに、情熱も思想もない。あるのは企業としての損得勘定だ。排気ガスの規制、少子化、レジャーの多様性、いろいろな要因はあるとは思うが、それでもケツの毛を抜ききるまで売りまくる商法はあまり好きではない。オシャレだからと言って、太くて前後同径タイヤを履いたバイクや、3列シート7人乗りの車をそんなに売り出すのだろうか?
しかし北米市場ではいまだに支持されている。特にオフロードバイクはホンダの独壇場だと云えるだろう。それは北米の人は70年代の排気ガス規制法を世界で初めてクリアしたホンダの技術力を認め賞賛し、それにホンダ自身も答え、技術力をフルに生かしたバイクを送り込んでいるからだ。
このままの方針なら、きっとホンダの車に乗ることはないと思う。なんせうちはアウトドアするために車を買うけれど、スポーツ性能、作り込み第一だからだ。車なんて、何に乗ってもバイクよりは物が積めるってわかっているから、乗っている時間をいかに楽しく過ごせるかがキモなのだ。
走る、曲がる、止まる。乗り物の原点はここにあると思う。それは思想、理念の現れであり、マーケティングからは到底生まれようのないコンセプトの根元ではないだろうか。
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