日々是迷々之記
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2001年11月20日(火) コタツ布団に関する考察

お昼はそれなりに暖かいが、朝方と夕方はしっかり冬な今日この頃。私は今日こそはクリーニング屋に行かなくてはと思った。11月に入ってすぐ、コタツの掛け布団をクリーニング屋に出したきりなのだ。

そのクリーニング屋は市場の行きしなにあり、ふと通りかかると「11月10日まで冬物クリーニング2割引!」との張り紙があった。ここで家のコタツ布団のことを思い出した。あれは一昨年の冬のことだった。コタツの上に電磁調理器と鉄板を置き、お好み焼きをしていた。そこでわたしが油を塗ろうと、ホウキ状の油塗り用品(正式名称不明)を持ち上げたところ、受け皿も一緒に持ち上がってしまった。

そして受け皿は転がり、コタツ布団に油がぼわんと染みてしまったのだ。それ以降、コタツは使用されることなく、ちゃぶ台として使われることとなった。

「今こそコタツ生活を復活させるのだ!」鼻息荒く私は家に戻り、コタツ布団を引っぱり出し、どうにかこうにかそのクリーニング屋に託した。

それから約3週間。取りに行かなかったのは理由がある。それは運ぶのがしんどかったのだ。乗り物がないのでヒモでくくってドラム缶状態にして持っていったのだが、長方形のフトンなので大きく、分厚い。手が回りきらず、店に着いたら手がじ〜んとしていた。

「は〜しんど。引き取りはダンナさんに頼もう。」と思っていたのだが、ダンナさんが帰ってきたときはコタツ布団のことなど忘れきっており、今に至る。

今日は夕方特に冷え込んだので、一念発起。引き取りに行くことにした。店に着くと、私の布団は変わり果てた姿で私を待っていた。何だか厚さが倍くらいあるのだ!「水洗いしてからドライしたからフカフカやで。」おばちゃんの笑顔に屈託がない。ど、どうも…。と言って引き取って帰ろうとすると、「クルマで来てはるのん?」と聞かれた。私が歩きですと言うと、「気ぃつけや。」とのこと。私の顔は既に縦線状態@ちびまる子である。

外に出ると、買い物帰りのママチャリおばちゃんの視線が熱い。そりゃそうだと思う。なんせコタツ布団は、iMacのボックスよりでかい。歩くと膝にぽこぽこ当たって歩きにくい。しかし膝に当たらないよう持ち上げると、今度は前が見えない。例によって腕が回りきらないので強引につかんで歩く。重たくないのがせめてもの救いだ。いっそのこと頭に乗せて歩こうかと思ったけど止めておいた。

夜道をふらふら布団と共に歩きながら思った。世の中の人はどうやってコタツ布団をクリーニング屋に運んでいるのだろうか?この29年の人生の中でコタツ布団を持って歩いている人を見たことないということは、みんな自動車で運んでいるのだろうか?それともいっそのこと洗わない!のか。いっそのこと、FTPでクリーニング屋さんのサーバーにアップできればいいのになぁ。

そういう本当にどうでもいいことを考えつつ家に戻ると、背中は汗だく、手はしびれてシビシビのダルダルだった。あ〜しんどと、セーターを着替えて座布団にへたり込むと、いつの間にか寝てしまっていた。

というわけでコタツ布団に翻弄されて、一日は過ぎていった。

今日の教訓・コタツでお好み焼きを焼くときは気を付けよう。


2001年11月19日(月) さびしい気持ち

病院に入院していた頃、顔見知りになったひとに本当に久しぶりに会った。彼女は恐らく40才台で独身、体の具合もあって今は生活保護をもらいながら一人暮らしをしている。

今日、彼女と会ったのは救急外来の前だった。以前から痩せている人だったが今はやせ細って顔色も悪い。帽子を目深にかぶっているのも何か理由がありげだった。なるべく動揺を隠すように、明るい感じでどうしたのとたずねてみた。

特に理由はなく、ゴハンを食べる気もしないし、夜眠れないしってだけだと言葉少なに言った。そして、久しぶりやなとも。そこで彼女は目を伏せるように「先生、なかなか来ぇへんなぁ。」と言い、タバコを吸いに外へ出た。

すると同じ頃に知り合いになったおばちゃんにあった。恐らく母親よりも年上くらいだけれど、非常に話しやすい方だ。わたしの顔を見て何も聞いていないのに、彼女のことを教えてくれた。最近どうしてるのかな?と思って昼食に誘ったら声が暗く、何も食べていないとのことだったので、アパートまで会いに行ったら、死にそうな顔をしていたので、救急車を呼んで彼女を連れて来たのだという。目深にかぶっていた帽子は、栄養失調で抜けてしまった髪の毛を隠すためなのだそうだ。

「あの子はあかんわ。一人でおいといたら死んでまう。入院させたらな。」私もそう思った。いいかげんなところがなく、年下のわたしにまで敬語で話しかけるようなきまじめなタイプだ。外に出るのも自分から行くタイプではないし。

おばちゃんが彼女を呼び戻して説得を始めた。「さびしい」と彼女は繰り返す。おばちゃんと私が「ほぼ毎日リハビリに来ているから、顔を見せに寄るから。」と言うと、「逆効果やねん。その時は楽しいけど、自分らが帰ってしまった後がつらいねん。会う前よりつらくなるから。」と言うのだった。

その言葉に私は返す言葉が見つからなかった。どうしたらいいのか分からない。今日会えたら、明日以降会うことを楽しみにしていればいいと思うのは能天気すぎるのだろうか?しわしわになってしまった彼女の手の甲を見ると言葉が出なかった。

「アホかあんたは。そんなこと言ってたら死んでまうで。ええから入院して点滴して1日3回ゴハン食べてたら1週間で元気出るわ!」おばちゃんが早口で言った。そのとおりだ。わたしもこういう風に的確な言葉を衒うことなく口に出せたらと思わずにはいられない。

「あぁ、ここにおったんかいな。」先生がやってきた。私の主治医の先生でもある。先生は私と目が合うと、「もう帰りや。」という感じで目配せをし、彼女を伴い救急外来へと帰っていった。私は会釈をして病院を離れた。

こういうときに私は幸せであることを感じずにはいられない。私自身はたいした人間ではないのだが、人には恵まれていて、本当に辛くなったときには誰かが助けてくれたり、ヒントをさしのべてくれる。だから本当に彼女の感じるような孤独感、ひいては悲しみを感じたことはないと思う。

幸せであることを恥じる必要はないけれど、そうでない人にかける言葉を持てないのは悲しい。このままでは私のまわりの「いとしい人々」が悲しいときに私はなにも出来ないではないか。まだ見えない不安そのものが不安になってしまう。

明日病院に行ったら、きっと彼女は入院しているだろう。ちょっとだけ顔を出して、さっと帰ろう。長くいることが彼女の後の悲しみにつながってしまったら嫌だから。

さびしい気持ちは夜の闇に増幅されてしまうだろうし。


2001年11月18日(日) ヒソカな楽しみ発見

昨日、おもしろいものを見つけた。「2ちゃんねる」という有名な掲示板の中にあるのだが、「この三語で書け!即興文ものスレ」というものだ。

スレというのはスレッドのことで、たくさんある掲示板の中のひとつの流れがスレッドのことだと理解している。3つの単語が掲示されていて、それを利用して15行まで小説風の一文を作り、最後に次の人のための3つの言葉を残して行くというものだ。小説自体は繋がっている必要もなく進められる。

今日は思い切って書いてみた。お題は「トパーズ」「鬼ごっこ」「消しゴム」だ。う〜んと思ったけど書いてみたら自然と言葉は出てくる。「トパーズ」は宝石だと知っているけれど、どういうものかははっきり知らないのでその辺から話を作ってみた。

そして数時間後、また見に行くと、わたしの後ろに話が作られていた。う〜ん、何だか面白い。またたびたび書きに来ようと思う。

やっぱり書くのはなんだか楽しいなぁ。
って、HPの更新もやらなきゃね。

参考リンク


nao-zo |MAIL

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