日々是迷々之記
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| 2001年11月14日(水) |
茶碗蒸しについての考察 |
またも茶碗蒸しである。昨日の失敗が心に残るので今日も挑戦した。
松茸のお吸い物のだしではイマイチだったので今日はかつをぶしとどんこ(干椎茸)でだしを取った。といってもみそ汁のだしと共用なのでまずかつをぶしだけでだしをとり、茶碗蒸しの分だけ取り分けて、そこにどんこを投入した。
さて、問題のタマゴである。これは昼に一個のタマゴを溶き、その60%を炒り卵にして食べてしまった。で、残りを夕食に転用した。ふふふ。これでいいに違いない。
最初のどんこのだし汁にきれいにした百合根を投入。薄口しょうゆとみりんで味をつける。そこに、冷蔵庫から取り出したタマゴの溶いたモノを入れる。なんだか少なくて、これで本当に固まるのか一瞬不安になってしまった。昨日と同じように湯気の立った蒸し器へ。
途中で開けてみると思わぬ事態が。なんと水滴防止のためにかぶせていた、さらしふきんがだらりと垂れ下がり、茶碗蒸しの表面にくっついていた。トホホとはがすと、ふきんにタマゴ液の固まりが…。しかし、そのくっついた部分を内側になるようにふきんを畳み直して事なきを得た。これくらいは大丈夫なのだ。
さらに数分後、竹串を刺してみるとできているような気がした。サトイモのみそ汁、焼きしいたけ、野菜フライなどとともに食卓へ運ぶ。少し冷めた頃を見計らって食べてみた。
むむ!味が薄い。でも食感はばっちりだ。味はおいおい調整して行けばどうにかなるだろう。ひとつギモンが浮かんだ。わたしの茶碗蒸しは全ての具が沈殿しているが、市販の茶碗蒸しは具が浮いているような気がする。どうやって具の浮き沈みを調整しているんだろう。タマゴ液の濃度によっては浮き沈みするんだろうか?
いやはや、茶碗蒸し道はまだまだ続きそうだ。
昨日、電話でダンナさんと話していたら、炭水化物の取りすぎを指摘された。なぜなら昨日の朝食はゴハンと納豆、お昼は食パンと紅茶、晩はヤキソバとゴハンとおみそ汁。ふむふむ確かに。1個60円だったので思わず購入してしまった特大キャベツを消費するがための無謀なメニューになってしまっていたようだ。「キャベツ炒めソバ入り」のようなヤキソバ、「キャベツ煮」のようなおみそ汁。うう、いかんいかん。
ということで健康な体は健全な食生活から!と思い立ち、今日はまともな夕食を作ることにした。挑戦するのは茶碗蒸しである。実は茶碗蒸しを作るのは初めてではない。実家にいたころは家族もいたので普通に作っていた。しかし、今は一人なので実家にいたころのように6個一気に湯気の立った蒸し器に入れるような作り方はできないのだ。たったひとつの茶碗蒸しをどうやって作るべきか、自分なりに考えてみた。
まず、具はたくさんの種類を入れずに少数精鋭主義で行く。今回は百合根と銀杏のみ。でも、百合根は一個分、銀杏は5個入れて、寂しくならないようにする。ダシは「永谷園松茸のお吸い物」を使用。これは干し椎茸や鶏肉のようなダシの出る具を入れないのでせめてと思い、人工松茸のチカラを借りることにした。蒸すのはジャバラ式蒸し器を鍋に入れてすることにした。正式名称は不明だが、ドーム型に穴の開いた金属板が並べてあり、鍋の径に合わせて直径が伸縮するタイプのもので、何故かカナダの雑貨屋で購入した思い出深い一品だ。
まず、百合根をむく。泥の中にあるものなので当然だが、すきまにみっちり泥がつまっている。がしがしと流しながらバラす。そして銀杏。固いカラと中の茶色の皮を外すため、プライヤーではさんでヒビを入れ、手で剥いた。しかし、めちゃくちゃ剥きにくく、銀杏の表面は月のクレーターのようになってしまった。もしかすると何かいい方法があるのかもしれないなぁとふと思ったが、もう後戻りはできない。
お椀に「松茸のお吸い物」を空ける。すると、海苔、ダシの粉末、お麩、ネギが入っていた。うむむと考えて、海苔は取り出し食べてしまい、お麩は傍らのみそ汁に投入した。そこにぬるま湯をカップ半分ほど注ぎ攪拌。湯が冷めてきたら、タマゴ一個を投入して攪拌。時を同じくして茶碗蒸し茶碗に具材を投入、上からタマゴ液を流し込む。
そして湯気の上がった蒸しなべに入れ、フタをして蒸す。数分後、竹串を刺してみるとちゃんと固まっているようだった。
な〜んだ簡単じゃないのと思い、食卓へ饗する。傍らには炊き立ての新米がツヤツヤと輝き、オクラのおひたしはネバネバ、そして鮭の切り身は皮を焦がして待っている。ずずっとおみそ汁をすすり、やにわに茶碗蒸しを食べる。むむ!固い。コンビニの焼きプリンのようだ。味は茶碗蒸しというより、出汁巻きのようだ。でも、百合根はほくほく、銀杏もぷりぷりして美味しかったのでヨシとしよう。
食後、ネットで「茶碗蒸し 作り方」の検索をしてみた。すると、平均してタマゴ一個あたり400ccのだし汁を入れているようだ。なんてこった。わたしはその5分の1くらいしかダシを入れていないではないか。それは固くて当たり前なのだ。しかし、今回の茶碗蒸し、タマゴ液の量は丁度よかったので正しい茶碗蒸しを作るとなると、タマゴの量は5分の1個ということになるのだろうか?う〜ん、それはめんどくさい。
やはり茶碗蒸しは一人暮らしで作るものではないのだろうか?鍋物、ギョーザ、ちらし寿司に加えて、またひとつ一人暮らしでは作る気のしないものが増えてしまった。
日記にタイトルを付けるのってちょっと変かも、と常々思いつつ、今日も変なタイトルを付けてしまった。誰かの曲名なんだが、誰か分からないけど、今日は間違いなく完敗の日なのでこれでいいのだ。
ほぼ一ヶ月ぶりにリハビリが復活し、朝から自転車に乗り病院へ向かった。この時期の一ヶ月は、風のニオイ、木の葉の色、街の人々の服装など、いろいろなものを変えていた。しつこくひきずっている風邪のせいで咳き込んでしまうこと以外は気持ちよく走れる。自転車はシアワセの乗り物だと思う瞬間だ。街路樹はニコニコとその葉の色を変え、青空は白い雲をのほほんと浮かべている。いいぞ、いいぞと私もつられてニコニコしてしまう。
しかし、ニコニコは病院に着くまでだった。久しぶりのリハビリは阿鼻叫喚、おたけび地獄、膝はイタタと突っ張り、筋力激減、ほんの一時間ほどで精魂尽き果ててしまった。しかも先生は、ちょっと腫れていることを考慮に入れて、「軽〜く」しか押していないそうな。トホホホ。全然だめじゃん。
帰り道もクルマのスピードに合わせてリズミカルにペダリング♪なんて気持ちには到底なれず、ママチャリ並のスピードでトテトテと走ることしかできなかった。もう夕方近かったので軽く昼食を済ませ、椅子に腰掛け紅茶を飲みながら、雑誌を読んでいると知らないうちに寝てしまっていた。気がつくと日が沈んでいる。悲しいことに、首が横を向いていたので死にそうな気分だ。
やはり私のカラダは確実になまっているようだ。しかししかし、こんなことでは遊びを満喫できないので、やるしかない。とりあえずの目標は、来年の春にカヌーで琵琶湖に漕ぎ出し、湖上から花見をすることなのだ。
フフフ、楽しそうだなぁ。さぁ、明日も病院に行くぞ。 あ、寝る前に湿布を貼らないと。(涙)
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